エピソード15  王子生誕の祝杯

 実際のところ霊は何処にでもいるのだが自分の目で霊を見たことがない人間に説明しても意味がない。海に流されていない死体は家屋や路地裏、排水溝はもちろんの事。時にクローゼットや殺人鬼が自分で作ったコレクション部屋などで発霊することもある。ただ霊が生前に犯罪者ではなかった場合、霊体としての力は弱くなってしまう。屋根裏や壁の中に埋められた被害者の多くは声しか発することができないことが多い。

 生前に受けた暴力によって痛めつけられた魂は発霊しても力を持つことができないのだ。エクソシストは彼らを除霊する際に依頼人が何をしていたかを調査する必要性がある。少しくらいの悪事は報酬のために黙っておいても良い。依頼人の素行があまりにも酷い場合は警察組織に協力してもらい報酬を諦めて裏切ることもある。殺人鬼の多くは霊害すらも許容して楽しんで暮らしている場合も多い故に自ら霊害の被害を訴えるケースは稀だ。ただ霊害自体は殺人鬼の住む場所の近辺(隣家や廃屋、路地裏)でも起きることがある。殺人鬼と依頼人が赤の他人であれば心置きなく調査ができるというわけだ。(ほぼ確実に報酬がもらえる)

 墓場に埋葬された霊は夜の間に移動することで墓場から住処を移す。その場合は拠り所になる場所を求めて移動している際の霊害を解決することは難しい。ポールド墓地に埋まっていたモナと他の二人は政治家だった。発霊したタイミング次第ではポールド城下町の何処かにいる可能性がある。このことをメイス軍曹に伝えることは避けておくことにする。

 あと少しの間だけ首が腫れる感染症について調べてみてもいいのかもしれない。

「ポールド王国がテロリストの存在を偽装して罪のない地下住民を見せしめに逮捕していたとしたら…ということか。悔恨の念で生まれた霊がいるかもしれないな。今日の地下街の捜索差し押さえに俺も参加してもいいだろうか。ついでに夜中に地下街をうろつく権利が欲しいな。借金を返済したとはいえそれなりに肩身が狭いのでね、頼むよ。地下街がどんなに薄暗くても霊体が朝方から夕方にかけて出現するとは限らない。だがこの国のエクソシストたちがどういった形で霊払いの仕事をするのかは気になるところではあるし、報酬が入ったからな、どんな形であれ街の中で過ごしたいところだった。少し調べてみようじゃないか」

 自らが逮捕した無罪と思われる人々への罪悪感を表情に浮かべていたメイス軍曹の瞼が大きく開いた。

「構わないよ。霊払いの依頼ということで私が二千ドル出すよ。微々たるものだが頼まれてくれるのなら街に滞在する君に文句を言う人間などいないさ」

「二千ドルか、金はいらない。君にも家族がいるのだろう。俺にも朝飯を奢ってくれよ。あと安くて量の多い蒸留酒のボトルを三本わけてくれないか。霊払いの後はカロリーを補給しなきゃならないのだ」

 メイス軍曹から放たれていた陰鬱な気配が消えた。生きている人間が小さな悔恨を払拭した時に見せる表情を良いものだ。それに金の心配は邪悪を寄せ付ける。困っている人間が頼み事をした後に抱く罪悪感はお断りだ。

「お安いご用だ。オレンジロードに行こうじゃないか。名前の通りオレンジ色の薄暗い商店街だが、なんでもあるぞ」

「その商店街のことは墓場の清掃人に聞いたな。ところでメイス軍曹は闘技場の観戦はするのかい。深夜に俺を逮捕したと言うことは夜勤だったのだろう?ラジオは聞かないのか。昨日のスティール・クレセントの試合の結果を知りたいのだが」

「ハッ。ネイマール・クライシスの試合のことを言っているのか?昨日は防御に徹したスティール・クレセントがカウンターを入れることなくタイムアップで判定勝ちしたよ。全く一匹狼の鉄人が必死で耐える試合ときたら地味で仕方がないね。まあネイマールの方はなかなか攻めきれなかったから、それなりにいい試合だったのかもな」

 ネイマールの試合であってスティールの試合ではないということか、悪くない。どうやらギャンブルには勝ったようだ。勝負は結果が全てだ。これで新聞代が浮いた。今日の内にストーナー嬢に分け前をもらうとしよう。だが彼女に連絡する手段がない。

「カロリー補給をしたら墓場の連中に無線で連絡を取りたい。捜索差し押さえの開始は何時ごろになる。冠婚葬祭の社長と話をするのはその後にしようと思っている」

「午前十時になるだろう。ポールド冠婚葬祭の事務所はオレンジロードにあるから早いうちに挨拶しておくといい」

 良いペースで霊害の調査が進みそうだ。金回りも良くなれば資材の調達も捗る。

「確かポールド城下町の大通りは四角で囲まれていると記憶しているのだがパレードはそこを一周するのか」

「そうだな。演目の内容はいつも同じだ。昼間は街の商人たちがいつもより安い値段で食べ物を売って飲んで食う。子供以外はみんな酒浸りだね。本当に良い一日だ。テロを起こそうと思う奴なんかいないはずだよ」

 メイス軍曹の表情は先ほどとは違い朗らかだった。期待に応えられると良いのだが。何も見つからないこともある。

「そうだな。テロリストの検挙が偽装されたものなのなら必ず意味がある。しっかりと調べようじゃないか。霊の出所を調べるのは大事な仕事だ。首の感染症と関連してモナ・バートンの霊は看守の首を刎ねるために霊体に同化したナイフを持っていた。これにも必ず意味がある。メイス軍曹も警察の人間だからよくわかるだろう?」

「なるほどな。霊がナイフを持っていたのか。霊が人を殺害する方法が生前に何があったかを匂わせるというわけだ。かなり面倒な仕事だな。俺には到底できそうにないよ」

「面倒な仕事なのは確かだ。だが俺の故郷にいる霊は軍隊を消滅させるほどの異次元だからな。千里の道も一歩からだ。調査を進めていけば俺の目的の達成に近づく。手抜きなどしない。ところで、一つ聞きたいことがある。夜にある王家の大通り往時パレードのプログラムについてだ」

「おう、午後七時にエクソシストを有するキリシテ教団の司祭たちと騎士団を率いたハルベルグ・シュベルト王の一行が王城正面西側から。王子は東から精鋭揃いの騎士団数人を率いて出発する。そして馬車に乗った王族たちが街を移動する。最後に表城門から離れた交差点で合流した王と王子が祝杯を交わす生誕の儀式が行われる」

 十年前に王子が生まれた際も王は司祭たちと行動を共にしていた。アデル王子は離れた場所にある病院にいた。そこには騎士団がいたはずだ。十年前の新聞ではその後病院に入り込んだ暗殺者を騎士団が制圧したとされている。ポールドの王は崖から子を落とすライオンのように王子を試しているのだろうか。ずっと隣にいてやろうと思うような人間ではないのは確かだろう。エクソシストとキリシテ教団が交わった組織と王。十二年は干支を一周する時期だ。何かがあるな。ヴェイプフェンサーは霊との交戦が主な仕事になる。除霊の儀式については何も学んでいないこともあるから図書館や街の本屋で調べ物をするべきかもしれない。

「わかった、もしよければ俺も警備に参加させて欲しいのだが」

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