アステカ・テイラー 最終話
夕暮れを過ぎても話にあった小屋など見当たらなかった。舗装された道は徐々に森と山に囲まれた獣道になっていた。ニルはいつも通りに胸のランプに火を灯した。
「道を間違えるはずがない。何かがおかしい」
「ニル。よくぞたどり着いた。小屋ではないがこの場所で良いだろう」
周囲を見渡しても誰もいない。だがこの声は確かに師の声だ。静寂に包まれた山道に霊の気配は無い。
「ハハハ、未熟だな。私は目の前にいるぞ」
「ヴィクター。生きていたのか」
目の前にいたのは紛れもなくヴィクターローズだった。ブロンドのしなやかなロングヘアーに白い肌。光を放つ蒼い眼。華奢な体を包む麻のシャツとベージュのレギンス。飛び跳ねても問題のなさそうな羽馬の蹄のような金属ブーツ。いつものように師匠は熱伝導のグローブをつけていた。腰にある細身のレイピアはプラチナのような光沢を放っている。
腕を組んだヴィクターは昔と変わらない高潔で尚且つ鋭い気迫を放っている。
「すまないな、ニル。私はもう死んでいる。アデルだったか。彼に聞かなかったのか?アステカ・テイラーは既に殺害されている。私がお前の脳内に語りかけたのと同じようにアデルにも声をかけておいた。彼はお前とは違う素質を持っている。だからこの先で鍛錬しないと、お前は彼に殺されてしまうだろう。アステカはアデルに殺されたのだからな」
「何を言っている」
「信じられないだろうが、彼の中にはもう一人、別のものがいるのだよ」
本当に死んでいるのだろうか。では目の前にいるのは何だ?口調も態度も気配ですら本物だ。
「ひとまずだ、お前が乗り越えた試練については上出来と言ったところかな」
言葉に詰まった。これから先も試練を乗り越える度に師が助言をと賞賛をくれるとは限らない。それにアデルは既に未来予知の先の通りになりつつある。
「そしてこの道をお前に教えたのは、お前が救った人たちではあるのだが。この道を進んだかどうかはお前の行いが決めている」
ヴィクターは指差しでニルを睨んだ。
「この先にあるアッシュドーン国。その国の真実を見抜くこと。それがお前に課せられた次なる試練だ。この国はなかなか手強いぞ!前にしか道はない。わかるよな」
少し緩んでいた気持ちが消え失せた。向き合った師にニルはハッキリと答えた。
その言葉はおそらく幻影の先にある闇の中に吸い込まれていくだけだ。アデルに向けた言葉だ。あの時、この言葉を語ったのは師でもなく未来でもなかった。積み重ねてきた現在にいる紛れもない自分だった。
「全てが試練の一つ。望むところだ」
エクソシズムインセンス 北木事 鳴夜見 @kitakigoto
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