エピソード33  香剣士「ヴェイプフェンサー」

 依頼人を殺害された怒りを収めるためにタバコを吸いたいところだな。だが相手の十字兵器の能力が何か…。全速力で走ってきた…か。足が速いのだろうか。壊れた無線の破片が見えた。とすれば目が良いのかも知れない。ボウガンを使うのであればそちらの方が戦いに適応していると見た方が良さそうだ。人間との戦いは想定が難しい。

 語りかける前に仕掛けた方が良さそうだ。墓場の前の庭園の中にルミナスが踏み込む前に射撃するべきだ。背後には農夫の男がボウガンの射線に入っている。手段を選んでいる余裕はない。銃の早打ちは得意だ。

 一瞬で銃を引き抜いて発砲した。弾丸はルミナスの左耳を吹き飛ばした。

 体制を崩したルミナスは言葉を発することなくボウガンに手をかけた。だが次の発砲でボウガンを弾いた。

「勝負あったな。お前を殺すことはできない。投降しろ」

 長髪の隙間から鈍く輝く目で睨みつけた。ボウガンのガトリングに触れた。

「能力を使う前に俺を殺さなかったことを後悔させてやる」

 ボウガンのガトリングが地面に落ちた。手負の堕ちたエクソシストは手のひらをボウガンに押し付けた。十字を模ったボウガンのマウントスクリューから血が流れ落ちた。押し付けている腕に向けてもう一度発砲した。だが遅かった。

 マウントスクリューから伸びた血は鎌のように湾曲して固まっている。それは先日交戦したサキュバスの陰部にあった血の霊紋のようだった。

 左足を引いてレイピアを構えた。やはり四十年代の十字兵器の設計案は霊の特徴を反映している。あれは強力な殺意無くして使うことのできない兵器だ。キリシテを破門になったエクソシストたちは十年前の感染症の対策にワクチンの代用でヴェール香を使用した。あの十字兵器で霊払いをする場合は体内に葬送香を注入するということになる。耳を抑えたルミナスは自分の血を舐めた。

「バイバイ、ヴェイプフェンサー!」

 ボウガンから伸びた血の鎌が射出されていた。咄嗟にレイピアでガードしたが鋭利な血の塊が湾曲しているために切先が僅かに背中を突いた。背中に刺さった血の鎌を弾き飛ばしたニルは全速力で前方に突進して反撃に出た。

「あああー、血がなくなっちまうぜ」

 ルミナスは息を吐いて十字兵器に血を溜めた。血は細い剣のように十字架から伸びていた。

「俺もフェンシングは出来るぜ。十字兵器を持っていないお前とは違ってエリートだからな」

 やはりルミナール司教の手下たちは戦闘にこだわりがあるようだ。有利を取った遠投可能な武器を近接に切り替えた。

「その穢れた血のレイピアでは銃弾が止められないな」

 元はボウガンだった大柄な十字兵器をレイピアとして振り回すのは難しいはずだ。

 猛進していたヴェイプフェンサーは立ち止まり左手の銃を突き出してルミナスの頭に向けて発砲した。だがルミナスが大柄な十字兵器のボディを盾にしたため攻撃は失敗した。

「頭を狙うよな。うんうんわかるわかる。いいね」

 右手で十字架の交差した部分を持ち、左でクロスの長い部分を持ち替えている。血の刀身を伸ばしたボウガンを低く構えた。ヴェイプフェンサーは銃を地面に投げた。

「いいね、戦おうぜ。俺の武器でフェンシングをするのは難しいからな。別にいいだろう」

 両手で持った血のレイピアを野球のバットのように後ろに引いたルミナスはヴェイプフェンサーの頭部に振り下ろした。

「おお、その剣の形を成していないレイピアを両手で構えたね。それで?あれ?」

 剣を振り下ろしたルミナスは今までに感じたことのない違和感を覚えていた。手応えがないのではない…敵は咄嗟にレイピアで頭をガードしただけじゃない、相手の体に衝撃が響いていない。振り落とした血の剣から十字兵器に伝わる感触はまるで岩を叩いたようだった。見たところヴェイプフェンサーは体格が大きいわけではない。「なぜ?」一瞬よぎった思考で体が硬直してしまった。「ガン!」衝撃が響いた。驚いたことに十字兵器を持たない敵は振り下ろした血のレイピアにそのまま自らの剣を叩きつけていた。腕が軋む感覚と足が震える感覚が同時に冷たい水が伝うような感覚が全身を駆け巡った。

「どうした?血が足りてないのか」

「ふざけるな。なんだ?その力は」

 まるで巨大な体躯の騎士が力任せに大剣を振り下ろしているかのようだった。刀身どころか切先を持ち合わせていないレイピアが頑丈なはずの血の剣に何度も振り落とされる。その度に体が軋んで体勢が崩れていくのがわかった。ヴェイプフェンサー。エクソシズムインセンスの特異体質は体温が高いことだったはずだ。それだけで剛腕を引き出せるのか?

「ガン!」「ガン!」「ガン!」「ガン!」「ガン!」

 何発も叩きつけられる重たい攻撃のせいで防御体勢を維持できなくなったルミナスは武器を地面に落とし、膝をついて首を垂れた。遠距離武器を近接に持ち替えてしまったこともあり反撃の術はなかった。

「俺は自分の発する熱に耐えられる。要するに骨と筋肉が頑丈にできているのさ。このレイピアも同じように高熱に耐えることができるわけだ。一応ではあるが溶岩で溶かすことはできるらしい」

 全身の疲労が息をすることさえも邪魔している。息を荒げたルミナスは敗北を認めた。

「うるせえよ。殺せ。もう腕が動かない。ロバート様に連絡を入れるのも難しそうだ」

「罪を認めて償うつもりがあるなら生かしておいてやる。俺は一度も人間の命を取ったことはない。先ほどお前が言っていた裏切り者のハイデル・モールスという男と連絡が取りたいのだが」

 歯を食いしばって勝者を睨みつけた男の体が震え始めた。

「なるほどな、その棒切れのようなレイピアで俺を殴りつけた後に聖職者を気取った説教をするのか?くだらないね」

 歯の隙間から泡が吹き出している。ルミナスは歯に毒を仕込んでいたようだ。

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