エピソード34  銀銃「グリッパー」

 ポールド墓地に差し込む日差しは赤く色づいていた。これ以上の戦闘を行うのにはカロリーが足りない。七人のエクソシストのうち、二人を戦闘不能にした。ルミナール・ロバートが一日を諦めて睡眠を取るとは到底思えない。リボルバーを拾う前に無線好きの男の生死を確認する。もしかしたら生きているかも知れない。その時だった。

「銃を手放すなと言っただろう!ニル。お前には十字兵器を与えていない。だから絶対に手持ちの武器から手を離すな。頭を冷やすんだ。どうせ依頼人を殺されただとか苛烈な戦闘に夢中になってしまったのだろう。だからといって武器を地面に投げるな!お前が両手で持った折れないレイピアは確かに強い。それはチューブを介してガソリンタンクに繋がれているはずだ。だから手放したのは銃だな!でもな、銃弾が尽きたとしてもだ…絶対にその銀銃を手放すな。他に敵がいなかったとしても、理解しろよ。いつでも私はお前にそれを言える。未熟なお前のために思念を残したからな」

「師の声…幻聴か。まだ失神するほどの疲労感ではない。それにしてはハッキリと聞こえるな」

 頭の中に広がるモヤモヤとした感覚と胸の中に広がるプレッシャーが浮遊感を生み出した。レイピアを鞘に収めてから墓地の前にある庭園に投げ捨てられている銀銃を見た。エクソシズムインセンス専用の銀銃が夕陽に照らされて光を反射させている。銃の周囲が赤黒く歪んで異様なオーラを放っている。なんだ?これは。

「いいか時間がないぞ、ニル。今お前が直面している事態を解決するためにはここで死ぬわけにはいかないのだ。銀銃の名前は『グリッパー』だ。名を呼んで彼をなだめろ」

「グリッパー…?なんだその話は。聞いたことがないぞ。彼?グリッパーは男なのか?」

 地面に横たわるリボルバーの名前を呟いた。二人のエクソシストと連続して戦ったこともあり相当体と精神に負担がかかっているようだ。銀銃が震えて砂利を弾いている。幻覚も見えてきたようだ。やはり十字兵器を持つ人間とは戦ってはいけなかったのだ。

「さあ、時間を稼いだ。今は何も考えるな。お前に立ち塞がる上質な試練があるなら、あともう少しだけエクソシズムインセンスの極意を教えてやる。だがまだ熱量が足りていないな。お前に手を貸してくれる連中に用意させた飯と酒をたらふく胃袋に詰め込むことだな。いいか練習がてらで良い。誰かにもう一つ銃を借りるのだ。それは急げ、今日中にこなすことだ」

「占い師のような口ぶりだな。酷い幻聴だ」

 ハンドを拾った。「本当なのか?お前の名前はグリッパー」どうやら今感じているものは幻覚ではなかったようだ。名前を呼ばれた銀銃「グリッパー」は蒸気車のエンジンのように振動している。どんなに劣悪な環境でも故障しないから、代わりに霊払い用の銃を買う必要がないと思っていたが、このリボルバーは呪われていたのか?

「あなたはやはり死んだのか?」

「ハハハ、その通りだ、その質問には答えられるね。やけにおせっかいで人の世話を焼くお前だからなそれぐらいは想定している。だが私の存在は自動機械(オートマタ)のような霊体だ。計算しかできない演算ボードほどの機能しかないぞ。言っていることはわかるよな。その場で感じている不安や作戦などに対してはアドバイスできないということだ。死ぬ直前に教えを乞うても無駄だ。いいかお前の持っている貧弱な武器は霊体を消滅させることに特化している。私が起動したということは、邪悪な道を選んだエクソシストと戦って生き延びたのだろう?だから私がお前に語りかけているのだ。ならば武器の構造を知ることだ。時間がないはずだ。注意深く観察しろ。今持っている武器だけではないぞ世に溢れかえっているものを見るのだ。私が起動するトリガーは十字兵器を持った人間との連続した戦闘だ。十字を模った武器を奪ったのではないか?身の回りにあるライフルやショットガン。それらもよく観察したまえ」

 師の声とは別に遠くから声がする。濁ったフィルターがかかった声はラジオのノイズを纏っているようだ。

「ニル…!酒…と…を持ってきた!勝ったの?ああ、ユーズおじさん!どうして?」

 意識が遠のいていく。力を振り絞って自分はオートマタの霊体だと語った師を呼んだ。

「師よ、あなたは天にいるのですか。単刀直入に申し上げます。あなたは『ボグトゥナ』が何かを知っているのですか?」

「ほう、その名称を覚えたか。『グリッパー』の名を呼ぶ段階ですでにたどり着いたのか…早すぎるともいえるな。相当な試練が待ち受けているというわけだ。なるほどなお前はそれなりに選ばれたエクソシストだったようだな。そうだな、『ボグトゥナ」についてはお前がその目で見て理解するといい。ただ結果だけを見てはならないぞ、過程を見なければ霊が生まれた理由はわからない。最初に教えたエクソシストの基本を守れ。今現状にある情報をもう一度見直すことだ。だから言っただろう?都合の良いアドバイスなどはできないと…』

「あなたの声が聞こえて光栄です。我が師、聖女『ヴィクター・ローズ』」

「私は今、この世にはいない。その言葉の返事はこれしか返ってこないから、二度と言うんじゃないぞ」

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