エピソード35  ロバート司教の従者

「ルミナスは一人で戦いに行ったと言うことになるな。まだ戻ってこないのであれば死んだと見て良さそうだ。歯に仕込んだ毒を噛む前に無線に記録を残しておくなどやつにはできないだろうな。期待するだけ無駄だろうな。ボウガンの十字兵器の能力である血の弾丸による不意打ちが通用しなかったのであれば敵は相当な手練れだ。王子の護衛についているエクソシストはバチカンの刺客で間違いないだろう。お前たちは余計なことをせずに私に従えばよい」

 部下たちの返事は沈黙だった。これまで王の威権に隠れ、バチカンに知られることなく禁忌の実験を繰り返していた我々は同志を二人失った。追放されたエクソシストたちは人為的な発霊を試すこと十二年の歳月の中で初めての未知の危機に遭遇していた。戦闘能力の高い仲間の死だけではなく入念な準備をしてきた人為的な発霊の計画に狂いが生じたことにより、普段は常人を蹂躙するだけの仕事が思いがけないことに生死をかけたものとなってしまったのだ。多種多様な民族で構成された体格も顔の色もバラバラの部下たちの言い表すことのできない不安が伝わってくる。あと少しの辛抱だ、どの道貴様らが生きていくことはできないのだから死ぬまで命令を守っていればよい。

「数分後に我々はこの場所でポールド王の拷問を行う。この計画は王子が死んでから行うつもりだったのだが…まあ良い。不幸や失敗の連鎖に伴う負の感情はどのような状況でも素晴らしい悔恨を生み出すものだ。少しばかり計画が狂ったとて既に王の精神は崩れかけている。決められた運命というものは何一つ変わらないのだ」

 王城の中間階層に位置するルミナール・ロバートの研究室の照明は煌々と部屋を照らしていた。武器を床に置いたエクソシストと無線担当のハイデルモールスの六人は絨毯に片膝をついて司教ルミナール・ロバートを見上げていた。

 カモフラグランス(死香)の濃い匂いが充満する研究室の窓の向こう側にはポールド王城裏にある夕陽に照らされているホロウ山の岸壁が見えた。まだ外が明るいのにも関わらず光り輝くシャンデリアから放出される乱反射した宝石の光が赤を基調とした絨毯とエクソシストたちに降り注いでいる。研究室には生活に必要な家具がなく中心に一つの椅子だけが置かれている。長い間火を入れていない暖炉の上部にあるクラシックバロック柄の壁にはハンマーや爪を剥ぐためのニッパーと大型のオイルライター。そして棒形の線香が配置されていた。拷問用具を睨むと拷問への欲求が湧いてくる。この世でこれ以上の高揚感はない、これから先、侵略した国で霊を大量生産する道が見えている。王族の二人も部下の出来損ないたちも私の天下取りの礎になるのみ。

「ロバート様。バチカンの執行人と戦う時は近いのですか?姑息な手段を使う敵の情報が知りたいのですが」

 全てを打ち砕く聖なる銀槌を持つブラウニーは砂漠の国からヨーロンに出稼ぎに来たエクソシストだ。この男は部下の中では比較的、真っ当な男ではあるが喧嘩が早く、特に理由なくバチカンのエクソシストと喧嘩をして追放された。霊払いに関しては世界でもトップクラスの実力を持っていたらしい。ただ目の前の怨念霊を殴りつけるのみの武人である。真に優れているエクソシストだったのかもしれない。だがそれだけでは国を動かすことはおろか人を守ることもできない。この男に欠けているのは慈悲や愛ではなく自己だ。自分が何者であるかがまるでわかっていない。自己があるからこそ他人と関わることができる。優れた力を持っていることが理解できていてもただ槌を振り回すだけではエクソシストとしては失格だ。出会った時の話を聞いたところ依頼人を仕事を持ってくる人形のようにしか思っていなかったようだ。霊の根源を探ることなくただ破壊するだけではそのうち狡猾な知性を持つ霊に殺されてしまうはずだ。だがバチカンの刺客に送り込む鉄砲玉としては申し分ない。

「ブラウニーとルーペロ。ワンダは城中を歩いて回れ。三人で王に拷問を行う教会周辺をくまなく巡回するのだ。ロワイルは無能のハイデルと無線機のアンテナがある電力室に迎え。おそらくレジスタンスの密偵は情報を流すためにこの城のどこかに潜んでいる。ハイデルは無能だが私と同じ場所にいる時間が最も長い従者の一人だ。情報を流すことができる時間があるのは確かだがこの無能にはそんな器用な真似は出来まい。カイロ、お前は王の悔恨を生み出すためにカモフラグランスを焚け。霊体になった王を死体に封印する間は援護を頼む。次の人為的な発霊で生まれるものは今までとは訳が違うぞ。倉庫から葬送香をなじませた線香を全て持ってくるのだ」


 褐色の肌に太い体格でドレッドヘアーのルーペロ。十字兵器はサイレンサー付きの銀銃、銃を持った使用者はカモフラグランスを体から発することができる。対霊体に特化したエクソシストだがサイレンサーをつけた銀銃の暗殺能力は高い。エクソシスト時代に自らの依頼人を全て殺害して財産を奪った罪でヨーロン全土で指名手配されているため鎖帷子で顔を隠している。


 真っ白な肌の盛り上がった筋肉を持つ大柄な男。この中で最も長身のルーペロ。通訳の話によるとそばかすのある穏やかな表情をしているがこの中で唯一の大量殺人鬼だ。だが殺人を犯したのはロシナだったこともありヨーロン地方では誰も顔を知らない。ロシナのエクソシストは十字兵器を持たないらしい。この男は霊が見えるだけの怪力で、霊払いの際は葬送香やヴェール香を体に振りかけて戦う。闘技場にいる闘士ならばダントツでトップに君臨することができる野生的な才覚を持つ。


 金色の短い髪に細長い体で小柄なワンダ。十字兵器は通常の騎士の剣と同じサイズではあるが剣の先が十字になっている。そのため剣に鞘はなく背中に背負っている。

 十字兵器の能力は「香の拡散」剣に香をふりかけて霊を切り刻むことができる。エクソシストとして仕事をしている際に霊体の内臓をズタズタにした幻覚を見たことがきっかけで殺人への欲求を持った。数人を殺害しているが犯行はバチカンの調査の上では霊害として処理されている。理由もなくバチカンの仕事を無視して放浪し流れ着いたポールドで殺人を犯したことで逮捕された。警察の書類上は死刑になっている。


 中肉中背のだらしない体をしたロワイル。ボサボサの黒い癖毛でメガネをかけている。十字兵器は「血の膜」十字の形をした小さなセロハンテープから自らの血で作った膜を生成して香を閉じ込める。そしてそれを霊に投げる投擲兵のエクソシストだ。この男に犯罪歴はない。だが爆弾を作る趣味があり自らが製作した小型爆弾を鎖帷子とロープに装備している。十五年前にベルリの戦地で使用許可の降りていない独自の爆弾を所持していたところを同僚が発見。その後バチカンに人格の適性を指摘されたことで愛着のあった小さな十字兵器の没収を命じられたことに腹を立てたロワイルは放浪の旅に出た。金に困っていたロワイルはポールド王国で爆弾を売り買いしたことで警察に逮捕されてワンダと同じく書類上の死刑となった。


 カイロ。痩せ型で体格は無能のハイデルと変わらない。この男は元々はポールド王族に支えていたエクソシストの末裔だ。霊は見えるが戦闘能力はない。その代わり香の調合ができる。ロバートに与えられた十字兵器は十字のバルブがあしらわれた「香のシェイカー」だ。街にいるバーテンダーが使うシャカシャカと振るものとは違い十字のバルブを回してシェイカーの中に入れた香料を調合することができる。

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