エピソード36  ボグトゥナの依代

 ベルリ軍人のショットガンとアンデルセン爺さんが持っていたライフル銃。先ほど挨拶をしたスティールクレセントの拳闘グローブ。敵が所持していた二つの十字兵器。これがなんだというのだ。よく観察をしろだって?

 託宣ともいうべき師の言葉は修行時代と変わらず理解に苦しむものだった。自分の銃に血を抽出する針のようなものはない。

「銀銃の名前はグリッパー。グリップ…だから銃そのものがグリップになるということになるが。まさか今からグリッパーの規格に合うライフルの銃身を探し出せとでもいうのか?そんなことは不可能だ」

 縦長の通路に設置された照明のぼんやりとした光に羽虫が集っている。電球が消えかけているせいで虫はソファーでくつろぐようにゆったりと電球の上で休んでいる。集中力が戻ってきたおかげで微細な現象も認識できるようになった。

「追加の銃身があるとするなら設計上六角形の形にピッタリ合うように嵌め込む形にしなければならないぞ。そうでなければ熱で溶かした銀以外の銃弾は引っかかって暴発してしまう」

 墓場管理事務所のテーブルで一人酒盛りをするダージリン・ニルギルは銃口を除いてからボソボソと呟いた。十五本あったジントニックとありったけのチーズとパンの袋は既に空になっていた。残ったのは一本の安いワインとトマトのパイだけだった。銀銃のマズル(射出口)を見ると独特な六角形の形をしている。銃弾が飛び出す穴は通常の弾丸を使用することもできる。冷えたトマトのパイに刺さったスプーンを取り出して持ち手を摘んでからマズルのなかに入れた。

「要するに銃身の空洞は丸い形をしているわけだ。六角形の形は銃身外側にあるデザイン状の飾りだな。これに噛み合うパーツ、追加の銃身があるのか?そんなものがあるとは思えないな。この国の武器商人とオーダーメイドの商談をしている暇はまるでない」

 薄い味のワインを煽ってからハイデル・モールスの無線連絡を確認するためにユーズが置いていったリュック型無線を見やる。既に時刻は午後八時。予定では王城内にいるレジスタンスの密偵が連絡をよこしてくるはずなのだがまだ連絡はない。大量の酒と食べ物を胃袋に収めたのにも関わらず空腹感が押し寄せてくる。ポールド警察でレジスタンスの一員でもあるメイスに渡されたガムのことをふと思い出した。姿の見えない占い師と死んだ師匠が同時に自分の運命を指図されていることに苛立ちを覚えた。頭を冷やすことに囚われている。その感情が苛立ちを催しているならどうするべきだろうか。

「唐辛子とロシナのウィスク酒で作られたガムでも噛むとするか。いやダメだ、占い師のいうことは五割方当たることが多い。この事務所の冷蔵庫の食材を失敬して代わりにドル札を置いておくか。そうしよう」

 ガチャリとドアノブが回る音がした。重たいブーツの足音の先を見るとストーナー嬢がそこにはいた。気配を悟ることができなかった。師匠に言い渡された難題に気を取られているようだ。武器の観察は一旦後回しにしたほうがよさそうだ。

「ニル!私たちが置いていった食べ物は全部なくなった?追加のバナナを持ってきたわ、南国のレアな食べ物よ。あとは麦のブランだけど…別にいいよね」

「ストーナー、ここは危険だ。食べ物を持ってきたくれた礼と言ってはなんだが。金を払おう」

「何よ、キスして体温を上げてくれとでもいうかと思えばお金を渡すの?貧乏なジジイみたいなことをするのね。今は体温を下げる必要があるわけ?それはどうするのかはわからないけど」

 格闘家バカの女が色気のあることを言うものだ。だが今はそれどころではない。この細身の美人は兄の勝利が人生最高の幸運だったのだから俺が不幸を呼び寄せたとは思っていないようだ。

「この案件が片付いたら、格闘技の観戦でも行こうじゃないか、ストーナー」

「へえ、しっかりデートをしてからってわけ?武器を眺めて酒を飲んでいる霊払い師が紳士のフリをするのはなんか嫌ね」

「しっかり仕事をしなければ遊んでいられないのさ」

 札束をリュックから取り出そうとしたその時だった。無線機のリュックからノイズが鳴り響いた。「ザーザー」

「おい無能。お前が裏切り者だったら体に爆弾をつけて、いやチガウナァ。その前にたっぷり拷問してやる。どうするんだっけ。昨日も徹夜で爆弾を作っていたから頭が回らねえや。とにかく余計な動きをしたら殺す。それ必要あるのか?」

「何が必要なんですかロワイル様。この無線機ですか?ポールド城の無線は全てこの特別仕様のマシンで聴くことができるのです。ほらこの赤いボタンを押すと周波数を自動で切り替えることができるのですよ」「ガチガチ、ブーン」

「うるせえ。俺は爆弾の知識以外は頭に入らねんだよォ。ゴテゴテしていて気持ち悪い機械だな。デカくてダッッセえなあ。もっとスマートなものを作れよ、俺の爆弾みたいにさ!無能の分際で機械いじりばっかりしやがって。アア!それは俺もか?殺すぞ!」

「それはそれは失礼しましたあ。ごめんなさい!殴らないで、痛い!汗が飛んでいますよ。あれ?反応があります!墓地と警察署の職員が無線で話しているみたいですね。あれ?おかしいな。今は城の警備でどの警備員も別のエリアにいるはずなのに!城の内部に繋がる警察職員ようの出入り口の鍵が空いていたら大変ですねえ。どうしますか?」

「テメェ!無能を極めてやがるな!バチカンのエクソシストがしみったれた墓地に行くわけがねえだろうが!ぜってぇに正面からドカン!って感じで…ええ、入ってくるはずだぜ。とにかく貧乏臭えエクソシストが日雇いで働くのとは訳が違うんだァ。ロバート様の言いつけを守れ!言われたことは言われた通りにするのは仕事ができるやつの鉄則だぜえ…あれ?どっちだっけ」

「わかりました。そうですね警察官たちがこの城に入る場合は専用のエレベーターに乗る必要がある…エレベーターの扉とボタンは施錠されているから城に入るためには鍵がないといけない。鍵を事務所に忘れるようなアホはいないですね!だから侵入者がここまでくることは不可能だ!今気づきましたよ。そうかそうか、ロワイル様の言う通りだ」

「ハハハ、当然のことを考えられねえよなお前はヨォ。そう言うことだ。いいかバチカンのエクソシストとはいえだ、ロバート様が王様野郎の拷問を実行するためには教会まで辿り着く必要がある。俺も参加したかったなあ、これまでとは全く違うお悔やみを抱えた強い霊が生まれるって話だア!ヒヒィン!ヒィヒィ。ゲホッ、教会のある主城に入るためには警察署のビルと城をつなぐ連絡通路を渡る必要があるぜ。あの場所にはブラウニーがいるはずだ。奴らはまず教会から最も遠い場所で巡回を行う。ブラウニーは化け物だぜ?現代仕様のバチカン野郎が持つ十字兵器も一発で粉々になるさ!あいつは人間じゃないからな」

「連絡通路には霊相手でも人相手でも最強のエクソシストがいるってことですか。すごいなあ。そろそろ電波塔管理室に到着しますね。おや?無線に反応が!たった今電波塔の主要電源の前で誰かが通信をしています!音声をあげますよボタンを押します!」「やったじゃねえか!テメェは本当にヨォ!無線の才能だけはあるな!」

「ブチッ」

 騒がしいエクソシストたちだな。残り五人のエクソシストのうちの一人は爆弾を所持している。香を混ぜた投げ物をするタイプのエクソシストのようだ。ハイデル・モールスは墓地管理事務所に直接連絡を入れることができる状況ではないようだ。おそらくあと数時間でルミナール・ロバートは王を殺害するつもりだ。

「何これ?ただの会話じゃない。リアルタイムだったの?」

「それで間違いなさそうだ。武器の謎はまだ解けてはいないが、ルミナール・ロバートが何をしようとしているか…その謎は解けた。王が持つ悔恨が生み出す霊体は政治家や一般市民とは全く別の深淵と混沌を持つ。おそらくロバート司教はベルリで行方不明になった将軍ヒステラーが今何をしているのかを知っている。おそらくやつの部下は特別な拷問を受ける王がその後何になるのかを知らない。そうか俺の故郷をさまよっているのは…だが今すぐにボグトゥナを発霊させた場合、城ごと吹っ飛んでしまうはずだ。噂によるとヒステラーは人体実験を繰り返していたとのことだが。霊体が大きくなるまでの予備段階があるのか?時間がないぞ。王子を殺すことでポールド王が後悔させることが当初の目的だったようだが予定が変更になったと見てよさそうだな」

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