エピソード37

「どこにいるんだよ。その、誰だっけ。レジスタンスの密偵だ!そいつはどこにいるんだ?ハイデル!」

「おそらく、この場所から逃げたのではないのでしょうか。私の無線の傍受に気づいたのかもしれませんね」

「やっぱりお前は無線ができるだけの無能だな!畜生、ロバート様に良い報告ができると思ったのによぉ。十年前はよかったなあ、この国の城下町に毒を撒き散らすための風船を作ってさあ。小さな気球に乗せて飛ばしてよお、パンッって町中に毒をばら撒いたんだ!お前も覚えているか?まさに俺の血と汗の結晶がさあ!ウイルスを撒き散らかしていくんだ。肉を大量に食わないと血が足りないもんだからよ!あの時は人生で一番、頑張ったぜ。ポールドのホロウ山と墓地のある谷間から吹き抜ける風が俺の血の膜で包んだウイルスを運んでいくのはよお、それは清々しい気分だったぜ!」

「ははは。十字兵器ってすごいですよね。僕も欲しいなあ」

 ゲス野郎。その時のことを忘れることは絶対にない。俺はルミナール・ロバートを許さない。ルミナール・ロバートがなぜ首が腫れるウイルスをこの国に撒いたのか。そのことを聞いた俺にやつが言ったことは邪悪を極めているせいか理解できなかった。

「どうした?不安なのか、それとも悔しいのかハイデル?この国は平和が過ぎる、少しくらいは王の記憶に残る事件が起きなければ困るのだよ。心配をするな。ワクチンは用意してある。お前も街の人々を救うために動いてもらうぞ。安心することはできない。だがお前が抱いている不安は偽物だ、私が考えていることが正しい。だから今からすることに対して疑問を抱く必要はない」

 自らの計画でウイルスを撒いてそして感染の拡大を食い止める。自作自演とも言える行動を起こしたルミナール・ロバートが口にした「街の人々を救うため」王に承諾を得たとはいえウイルスを撒く指令を下した当人が冷徹に放ったこの言葉はこの十年間、頭の中から消えることはなかった。この時までは半信半疑でレジスタンスの密偵の仕事をこなしていただけだった俺が革命を誓ったのは言うまでもない。それから十年の間この国が腐っていく様を間近で見てきた。首が腫れる感染症の事件以降、人為的な発霊を試す実験を行うロバート司教はエクソシストとは程遠い地獄の使者だった。

 感染症に苦しむ民衆にワクチンを与えることは間違ってはいない。だが感染症を発生させたのは王の側近だったのだ。命を奪われた人々の魂はどうなってしまったのだろうか。奴らは霊が見えるエクソシストなのに人が世に残す怨念や悔恨がまるで怖くないのだろう。そんなことだから俺がエクソシストではないことを見抜けないのだ。高度な知能を持ち狡猾かつ邪悪な精神を持つ彼らの目を欺けたことは不幸中の幸いだった。俺は腐りきったロバート司教とその部下たちと同じ城で生きていくだけではなく。多くの罪のない人々を殺害することにも加担した。だからこそ革命を起こすべきなのだ。とにかくバチカンを破門になった偽物のエクソシストたちをこの国から消し去らなければならない。罵詈雑言を浴びせられて、ゴミのような扱いを受けたとしても反抗せずに間抜けなフリをすることに恐れや悲しみを抱くことなどなかった。だがそれと同時にこの国を救うきっかけとなる希望は何一つ見当たらなかったのはいうまでもない。鎖国をしいてるこの国に流れ着く力のある持つものは荒くれ者や犯罪者ばかりでたちまちロバートの飼い犬になってしまうからだ。

 だが今は違う。ダージリン・ニルギルという男の姿を見てはいないが十字兵器を持つ二人のエクソシストを倒したヴェイプフェンサーが近くにいる。彼はこの国の唯一の希望だ。

「死んだ王の霊が何かをやらかすのかなあ。この国はどうなっちまうんだろう。俺たちのボスであるロバート様はジャーマネシアとかルーニア、オースナーに侵略するのかね。でもそれには兵力が足りないよな。アデル王子も飼い犬みたいに手懐けちまえば国を動かせるってわけだ。俺も香水を作るだけのカイルみたいに頭が良くて品性があればなあ。そうだったらロバート様の考えていることをもっと詳しく聞けるのになあ」

「カイル様はポールド唯一のエクソシストの血筋ですからね。ロワイル様のような武器を持たない腑抜けですよ」

 爆弾を売買していたお前も立派な飼い犬になったじゃないか。死刑囚の分際で。ジャーマネシアの面汚しめ。カイルが腑抜けなのは間違いないがこんなクズに媚を売るのはもううんざりだ。地獄に堕ちろ。

「わかっているじゃねえか。カイルってやつはロバート様と同じ気配がするぜ。暗黒だ。常に何か別のことを考えているよな。卑怯な態度は取らないけどあいつはドブみたいな心を持っているはずだぜ。俺みたいに愚痴愚痴言わない分だけ頭の中は歪んでいるわけよ。あいつの焚く葬送香は濃い匂いがするよな。まるで二度と霊がこの世に戻ってこないようにって、そういう意志が感じられるぜ。いやでも戻ってきて欲しいのかもな。ヒヒヒヒヒヒ」

 隣でペラペラと喋る太った爆弾男と俺が交わした会話が墓地にいるベルバトール・ユーズに伝わっていればいいのだが。俺は夕日が沈む前にヴェイプフェンサーが墓地の事務所の裏口から警察署に入ることができるように警察職員たちに嘘の伝令を下した。今あの場所はもぬけの空だ。きっと来てくれる。

 ルミナール・ロバートは一体何を考えているのだろうか。なぜ王を拷問にかけるのだろうか。そんなことをしてしまったらこの国は象徴を失ってしまう。兵力ともいうべきチェスの駒はおろか盤上である国民がついてこなければ他国の侵略などはできない。

 クラロウの言う通りだ、ポールド王国が隣国を襲撃するためには兵力が足りない。国民の多くは騙されているだけでこの国のエクソシストを信用してなどいない。

 隣でブヒブヒと鼻息を荒げるクラロウはロバート司教の部下の中では最低のレベルだ。俺より扱いが良いとはいえ、この男は第一線からは外された。とはいえ一般人とは体の作りが違う、だから俺は覚悟をしなければならない。王城の電波塔管理事務所には誰もいない。最初から誰もいないのだ。クラロウがそれに気づいた時、俺は何をされるのか…。元から俺はこの国に戸籍がない。だが決して犯罪などは犯していない。ロバートに性犯罪者扱いされるたびに偽りの身分を恥じた。頭を冷やすのだ、ローブの下に隠し持ったナイフをクラロウの首筋に突き立てる隙を伺う。後戻りなどはできない。

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