エピソード32 ルミナス・アーロウ

「どうやらヴェイプフェンサーは陸路を選んでこの国を出るようだ。作戦がうまくいけば牛飼の蒸気車に乗って一旦ポールド墓地に向かうことになる。どうする、このことをボスに言うなと口どめされている」

 リュックから伸びた無線のカールコードを指に絡めてから周りを見渡す。長年働いてきた墓地の事務所は曇り空からさす日差しに照らされていた。もう少しでこの景色を見ることもできなくなるだろう。革命の時は近い。

「ユーズ、どうやらそのエクソシズムインセンスの男は十字兵器を所持したフォート・アラモアを殺害したようだ。先ほどルミナール・ロバートのクソ野郎のお達しで通信を繋いだが無線機は破壊されていたことが確認できた」

「なんだって?あいつは本物じゃないか!フォート・アラモアってやつは相当な実力だったらしいな。お前がいうには姿を消すことができるのだろう?十字兵器ってやつは本当に存在するのか?もしかしてその十字兵器を使った上でその男が負けたのか?なんてこった!アメロスタのコミックヒーローみたいだ。お前もロバートの飼い犬として長いが遂にこの時が来たな!ハイデル」

 エクソシストとしての力は皆無であるハイデル・モールスはエクソシストの中に混じったレジスタンスの密偵だった。ルミナール・ロバートの話すことを収録するための盗聴器を王城のあらゆる場所に仕掛けている。

「どの道、王は長くない。腐り切ったロバートは俺に話していないがアイツは何かを企んでいるぞ。さっきも言ったが王はたった一日のうちに衰弱して力がなくなっている。俺たちが何もすることができなくてもいずれポールド国の王は死ぬだろう。ヴェイプフェンサーの男を城の中に入れることは簡単にできるが…その、アメコミヒーロー『超人アトミックマン』みたいなやつはまだ来ていないのか?ボスにはボスの役割がある。俺たち真の革命家はこの国の真実を国民に知らせることならいつでもできた。ただ一つのそれも致命的な問題は俺たちじゃ到底エクソシストには敵わないってことだった。そうだった。それも過去の話だ。この流れに乗るしか俺たちの生きる道はない。後も先もないんだぜ。前に進むしかなくなった」

 日々常々ルミナール・ロバートに羽虫扱いされているハイデルがこれほどまでに感情を露わにするのは珍しい。遂にこの時がきたのだ。十字兵器は実在したということはこれまで手に入れた情報の暴露を出し渋っていたボスの思惑が理解できた。エクソシストたちの超人的な力は本物だったのだ。ヴェイプフェンサーが何をして看守殺人事件の霊害を解決したのかはわからなかった。エクソシストに操られていたこの国の運命は変わろうとしている。

「お前の言うとおりだ。いいかニル殿の言うとおりにするんだ。ボスはヴェイプフェンサーを地下で待っているのか?その場合は予定が変更になったと伝えるんだ」

「わかった。どうやらエクソシストの六人は撤退するようだ。今からユーズと合流する英雄を追いかけてくるものは誰一人としていないはずだ。できうる限りでいいから手厚くもてなしてやれ」

 坂を登ってくる蒸気車の走行音が近づいてくる。排気される蒸気の音と車輪の音はまさに希望を運んでくる街宣車の音だった。坂を登り切った蒸気車には牛ではなく数人の人影が見える。

「ユーズ、いるのか?ダージリン・ニルギルだ。エイディンの小僧とアンデ爺さんは墓参りに来ている事務所に迎えてくれ。ついでに掃除人のストーナー・クレセントが出勤だ」

「また後で作戦を練ろうじゃないかハイデル。気をつけろよ。噂じゃ真の革命家のメンバーにルミナール・ロバートの密偵がいるとのことだ」

「ああ、わかっているよ。少なくともここ数日の間、ロバートの野郎が王城の中から姿を消す時間がある。戦闘狂のエクソシストも俺も信じられなくなっているんだろうな、アイツは何かを隠している。きっとアイツしか知らないことがまだあるんだ。じゃあな」

「ニル殿こちらへ」

 蒸気車に乗っている四人のうち二人がチーズ袋と同じ色をした蓑を剥がした。目の前で車の荷台を降りる王子と護衛の騎士はカジュアルな服装だった。ストーナーはすぐに事務所の裏口に向かった。ヴェイプフェンサーは十字架のような形をした小剣を手に持っていた。どうやら戦利品を持っているようだ。

「本当にエクソシストを倒したのか?ニル殿。すごいじゃないか!」



「ああ、エクソシストは縛り上げて農場の近くの森で拘束している。待て、何か音がする。王子を早く墓場の事務所に連れて行くんだ、俺は後から合流する」

「農夫の爺さん。アンタも霊園に入れ」

 気絶したフォート・アラモアの武器を探すのには少々手間が掛かった。十字兵器である小剣の能力は聖域のヴェール。どうやら自分の姿を隠すことができるようだ。透明化した小剣が力を始動した瞬間に弾き飛ばすことができなければ、あの場所で死んでいたかもしれない。石畳の上で透明化していた十字兵器の持つ能力「聖域のヴェール」使用権限と契約は自身の血液を剣に注ぐことだと思われる。十字兵器についての知識は浅いがバチカンが世に生み出したこの兵器のナンバーは四十年代だ。戦争の最中にあった時代の十字兵器は邪悪な性質なものが多い。よってエクソシストの精神と体を破壊する危険性が高い、他人の十字兵器ということもあり現状使用するつもりはない。

「待ってくれニル殿、俺たちの手に入れた情報によると追っ手はこない、とのことだった。万が一にも俺たちの密偵がレジスタンスの裏切り者だったとしても…」

 ユーズの返事を遮るような風を切る音がした。

「あっなんだ、目が見えない」

 無線好きのユーズの片目に弓矢のようなものが刺さっていた。それは銀色の円錐を模った、七十センチほどの矢尻のようなものだった。地面に崩れ落ちたユーズは即死したようだ。振り返ると黒いローブを羽織った長髪のエクソシストがニヤニヤと笑みを浮かべていた。青白い顔色にシャープな顎のラインはどこか中性的だった。

「尋問する必要がなかったな。どうやら、あの無能は裏切り者のようだな。ハイデル・モールス…アイツは存在感がなさすぎて顔が思い出せないな。だから無線は嫌いなんだ。ナメクジが夢中になるものは役に立たないように見えるがいざとういうとき、敵に回すと厄介になるものだな。おいヴェイプフェンサー。俺の名前はルミナス・アーロウ。宣戦布告だったな。久しく口にしてないな。キリシテとバチカンの規律はくだらないね。俺の無線は今電源を落としている。なんせ俺はロバート様の命令を無視したからな。ポールド城下町にある建物で無線の破片を見つけてから全力で走ってきたんだぜ?でもお前たちを殺せば結果オーライってところだな、王子だけを連れ帰るとするよ」

「それはこちらとしても都合が良いな。お前はここで死ぬから偽りの司教に報告をすることなどできないさ。お前たちはすでにエクソシストではない、それに俺の依頼人を殺したな。なぜそのボウガンのような十字兵器で俺の背中を撃たなかった」

 アーロウと名乗った小柄な体格の男が持っているボウガンはガトリング仕様になっている。その都度弦を引っ張る必要があるようだ。

「お前はヴェイプフェンサ―だからな背負っているリュックの強度がわからないし頭への攻撃は避けるだろうな。そんな気がしてさ。俺はフォートのように力を出し惜しみしたりしないぜ?」

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