エピソード31 無線担当エクソシスト「ハイデル・モールス」

「うおお、何かがおかしい!ロバート!何かがおかしいぞ!シャドウマターは確実にアデルを殺したはずだ。だが私の中に渦巻く憎悪が何かの運命を指し示している!」

「今現在、街を巡回している私の部下がアデルを捜索しています。この国の王に相応しいのはあなたです閣下。冷静さを取り戻してください」

 ここ数時間の間、王は見たこともない程に取り乱している。王子暗殺に何かの手違いがあったのだろう。朽ちかけているとしても王族の持つ類まれなる直感は本物だ。アデル王子は生きている。ハルベルク・シュベルト王の顔は歪み切っていてまるで凡夫のようだった。高級な質感のローブは赤ワインで汚れ、王の口髭や白髪頭は乱れている。

「閣下、落ち着いて水を飲みなされ。ワインの飲み過ぎです」

 だがどうやってアデル王子の護衛たちは変異型怨念霊の襲撃を防いだのか。七人のエクソシストたちは横暴な素質があるものばかりだが王子襲撃の際に全員が西側の大通りにいたのは確かだ。まさか街の中にエクソシストが紛れ込んでいたとでもいうのだろうか。だが今進行している計画を達成するには良い兆候だ。それはとても良い気配だ。非常に素晴らしい。目の前で実感の伴わない悔しさをあらわにする王の肩を抱いて教会の椅子に座らせた。胸の中で渦巻く憎悪か、良い表現だ。

「ハイデル!巡回している部下たちの報告はまだか!」

 ハイデル・モールス。この男はキリシテに破門された後この国に流れ着いた十字架を持たないエクソシストだ。十字架を持たないエクソシスト、すなわち役に立たない無能だ。この男も横暴で女を何人か殺害してしまった経歴があるらしい。ただひとつの取り柄である無線を使う技術だけが腐らない。戦闘能力は非常に低くエクソシストとは思えない程貧弱なクズだった。霊が見えるかどうかも怪しいレベルだ。

「ハッ、ロバート様、王城前の地域では何も見つからなかったようです。王子を襲撃したセリエールは馬車を破壊した後に消失したと思われると報告が上がっています。近くにあったホテルにもこれと言った痕跡はなかったとフォート・アラモアからの報告がありました。ただ」

「ただ?理屈をこねるな。報告は全て聞かせろと言っているのだ、無能が」

「申し訳ありません。ホテルの客室にヴェール香の残り香があったようなのです」

「なるほどな。少しはできるやつがあちら側にいるということか。武力以外に取り柄のないアンデルセンのやつが手を回したとは思えないな。本当に偶然エクソシストが宿泊していたとでもいうのか?だがシャドウマターと同格の霊体との戦闘訓練を行ったのは私だけだ。とすると、手練れだな」

「フォートとの無線をつなげ」

「直接通信なされるのですか?」

「通信を盗聴されているのなら対策を行え、できないのなら黙って無線を繋げれば良い。次はテロリストのフリをした貴様の体に爆弾を巻きつけて突っ込ませた方が良さそうだ。役立たずめ」

「はい今お繋ぎいたします」

 大型の無線機は教会のオルガンに取り付けられている。ケーブルと機械が埋め込まれたオルガンの機能はすでに失われている。この教会は随分前から祈りを捧げる場所ではなくなっている。はるか昔にキリシテを破門になった時に王を洗脳することができなければバチカンの強者たちの襲撃を受けていただろう。霊体を操る術を学ぶためにこの国の門を閉じて正解だった。バチカンの密偵がこの街にいるのであれば消すしかない。

「ザーッ」反響した不快なノイズが教会に響き渡った。

「フォート様の無線が破壊されているようです。通信をオフにしている場合はこのようなノイズは発生しないはずです」

「わーっ、ミストリナ!こっちに来ないでくれ。お前が死んだのは私のせいではない。許してくれ!」

 うるさいな。天を仰いで騒ぐポールド王の首をへし折って黙らせてしまおうか。殺意に満ちた激情と同時に湧いてくる爆発的な負の感情をこらえた。錯乱している王は計画の最終段階で利用する必要がある、堪えろ。やはりバチカンの回し者だろうか。フォートが持っていた短刀の十字兵器は「聖域のヴェール」を持っている。霊体が放つインビジブルマーダーシーンに似た隠れ蓑の機能がある。この武器を持つフォートは一対一なら負けることはない。あの鼻高の暴れん坊は少々頭に血が昇りやすい性格だった。おそらく追跡をした後にわざと姿を晒して何者かに挑発的な態度をとったに違いない。妙に戦闘にこだわる男だった。愚かな。頭がもう少し良ければバチカンを追放されることもなかっただろうに。

「バチカンの刺客が来訪しているのかもしれぬ。わかった、フォートは東方面を巡回していたはずだ。今日は全員を城に撤退させろ」

「はっ撤退ですか?六人のエクソシストでかかれば王子が雇ったと思われる傭兵を排除できるのでは?」

「ふん、奴らが選ぶ道は幾つか考えられる。バチカンのエクソシストが王子を護衛しているのであれば。王子をこの国から脱出させた後にバチカンの刺客は我々を暗殺するためにこの国に戻るだろう。だが奴らは国の平和維持を視野に入れて異端を裁く傾向にある。この国の転覆を避けるために王子の身を街の何処かに隠し、今ここで休まれている閣下の精神鑑定を行う。そして王子か王のどちらが国を動かすことができるかを判断する。それと並行して我々の殺害を実行するだろう」

「ということはいつぞやの占い師のように王城に入り込む可能性があるということですね」

「そうだ、俺の言いたいことはわかるだろうな」

「何者かに変装したバチカンのエクソシストを迎え撃つということですね」

「違う!貴様はどこまでもいっても呆れた無能だな!誰も城に入れるなということだ!食糧と生活用品の配達人も下手人も、全員の身分証を確認しろ。当然のことがわからないのならお前は今すぐここで処刑する!」

「申し訳ありません、では私はすぐに王城に入る人間の監視に着手します」

「そうだお前はそれができる。他の連中はなぜあのように単細胞なのか不思議なくらいだな。通信の管理ができるエクソシストは貴重だ。処刑はせぬからお前はお前の仕事をこなせば良い」

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