エピソード30  十字を模った兵器

「俺の名はダージリン・ニルギル。先の方を歩いている爺さんにボディーガードとして雇われている。見たところエクソシストのようだな。屋上から飛び降りても平気とはね恐れ入ったよ」

 さて、戦う前に鼻高の男にしゃべらせる必要がある。胸ポケットに手を入れて蓄音機の電源をオンにした。

「クソッタレ!道化師のフリでもしているのかよ。そのボロのリボルバーの遠距離射撃で俺の無線機をぶっ壊しておいてよ。お前、歳はいくつなんだよ。ヴェイプフェンサーは年齢不詳だから気をつけろと聞いたことがあるぜ」

 ルミナール・ロバートの情報が聞けるだろうか。攻撃を仕掛けてくる気配がない余裕を見ると腕っぷしには自信があるように見える。一度銃口を下げてからレイピアに手をかける。まだ間抜けのフリをしておく。

「なんだその話は女のヴェイプフェンサーが世界に数人いると聞いたことがある、美人らしいな。俺も会ってみたいものだな。君の名前を聞かせてくれないか」

「フォート・アラモア。宣戦布告するからな名前を名乗ってやるよ。やっぱりお前はエクソシストだな」

「もともとベルリで軍人をやっていた、君がさっき言っていたことが正しい。銃がうまいただの傭兵さ。君は銃を使わないのか、その十字架は剣なのか?エクソシストは祈りを捧げるイメージがあるのだが。悪魔よ消え去れ!とかいうのだろう」

「ハハハ、お前、何がしたいんだよ。知っているぞ!そのレイピアにはヴェール香と葬送香のカートリッジを装着して霊払いができる。お前はヴェイプフェンサーだ。これ以上とぼけたフリをすると殺す」

「君は俺を殺した後にどうする、王子を殺すのか」

「王子は次の…チッ、陰湿な尋問のやり方だな。それなりに手慣れているな。なんだこいつは盗賊の一味にでも成り下がったのか?」

 フォートは何かを言いかけたことを誤魔化すように独り言を呟いている。

「王子は次の、なんだ」

 フォート・アラモアと名乗った男は十字架を強く握り締めた。

「ダージリン・ニルギル。お前のレイピアは十字架を模っていないな。ベルリで武器の十字を捨てたのか?よほど乞食のような生き方が気に入っているようだな」

 これ以上フォートが喋る事はないだろう。

「ああ、これのことか?俺は野良犬でね、十字架を模った武器はまだ授かっていない。上司も師匠も皆失踪したからな」

「これはこれは、舐めた態度でイライラさせてくると思えば、自己紹介がてらに自分は見習いのままだとぬかすのか!どれ、その人を刺すことができないレイピアを見せてみろよ。ぶち殺してやる」

「キリシテを破門になった一派の人間が何を言っている。お前たちに十字兵器を持つ権利はない。ルミナール・ロバートは禁忌を犯している。その汚い言葉遣いもそうだが、お前たちはどれだけの間、神に背を向けてきた。覚えているか?人間を拷問して悔恨を植え付けて発霊を促すことがどういうことなのか理解していないのか?」

「おいおい、それを何処で聞いたんだよ。なぜ俺たちのことを知っている。さて王子を攫う前にお前を殺す必要があるな。よく喋るとは思っていたが。情報を探っていやがった」

 左手に銀銃を構える。右手でレイピアを引き抜いて臨戦体制に入る。熱を使わない戦いは数日前に体験したがこの男は一人だ。ロシナの国境にある山にいた蛮族のように矢を放つ援護射撃部隊などはいない。

 眉間に皺を寄せて呼吸を整えたフォート・アラモアは十字架の剣を胸に掲げて目を瞑った。

 みたところ十字兵器の種類は小剣。霊以外と戦う場合に別の機能を備えている可能性がある。

「野良犬に宣戦布告をする必要はない」

「同意だね、俺は俺の仕事をする。それに君はすでに宣戦布告をする権利を持っていない」

 祈りを捧げ終えたフォート・アラモアは右足を前に出し左足を下げ。広げた手を揺らして構えている。ヴェイプフェンサーはそれに合わせてフェンシングの構えをとる。

「他人に盗賊などと言えたものではないな。野蛮な構えだ」

 フォートからの返事はなかった。踏み込んだフォートはニルの腹を狙ってナイフを突き出した。対して一歩引いたニルは連続して放たれる突きを交わした。確かに霊払い専用のレイピアに殺傷能力はない。だが人間との闘い方はいつも決まっている。

 防御と回避を崩すために乱打される小剣の攻撃は銃を撃たせないように立ち回っている。洗練されてはいるが野盗やチンピラのものより早いだけのように思えた。

 フォートは不意をついて顔面に十字兵器を突き出した。それに合わせて十字を模った剣のガードにレイピアの刀身を引っ掛けた。次の瞬間にフォートの武器は広場の石畳の上に叩きつけられた。

 武器を失ったフォートは咄嗟にファイティングポーズをとった。だが目の前にいるはずのヴェイプフェンサ―は消えていた。

「何処に行った」

 フォートの首筋にレイピアがあった。ヴェイプフェンサーは剣を弾き飛ばしてすぐに背後に回り込んでいた。レイピアは首に突き刺さってはいなかった。フォートの顎の下に水平に伸びている。そして背後で切先と持ち手を掴んだヴェイプフェンサーはレイピアを引っ張り一気に首を締め上げた。

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