エピソード24  レジスタンス

「ホテルの前とロビーには警官隊を配備していない。貴様と戦っても勝てないかもしれぬが俺を甘く見るなよ」

 鼻息を荒げるアンデルセンは盾を背中にからったままでヴェンプフェンサーを見下ろした。胸ぐらを掴んでいないだけで威圧的な態度だった。まるで酒屋で女にいいところを見せようとしているチンピラのようだ。古風な情熱は持つ老兵が王子を裏切る可能性はないだろう。

「誇り高きアンデルセン騎士団長に感謝を。俺の覚えた戦い方は暗殺術だ、貴方のような美しい技ではないでしょう。それにエクソシストは真っ当な人間と戦うことを禁じられている。どうやら貴方はルミナール・ロバートと戦ったようだが、それは禁忌に値します。気負う必要はないかと」

 アンデルセンは二歩下がってため息をついた。王子と会話をしている様子から察するにこの老兵は騙されやすい性格なのかもしれない。

「ふん、やけに物腰の柔らかい奴だな。まさかあのインビジブルマーダーシーンを放つ化け物がまだいるのか?この国の中にいて王子は生きていけるのか?」

 この国の中にいて王子は生きていけるのか?

 誘導尋問をしているつもりはないのだが。切迫した状況にある人間は強い力を持つ人間には友好的になる。占い師の予言に怯えた王がエクソシストである司教ルミナール・ロバートに縋ったように王子も俺のような人外と戦うことのできる人外を待ち望んでいたのだ。こちらとしては物分かりが良い方が助かるのだが。先ほど大通りで王子がエクソシストについての知識を語らなければ。俺は鞭打ちの拷問を受けながらこの老兵の質問に答えていたのかもしれない。とはいえ少し態度を変えるべきだ。戦友として共戦協定を結ぶなら今しかない。

「それについてなのだが、この国は他国と交流をせずに鎖国を行なっている上に王族の生活や言葉を国民が聞く機会がないと聞いている。王子は今どのような状況にある」

 アンデルセンは腕を組んだ。真面目な人間は言えることと言えないことが同時に頭の中を巡っている時ほど良い情報をもたらしてくれる。

「王子はすでに王族の住む皇居から離れた東の王城で暮らしている。どの道ルミナール・ロバートに逆らうことはできないだろう。父とは長く会話していない。あの子にとっても王子生誕祭のパレードは王と触れ合うことのできる限られた機会なのだよ。それに君のような旅人がこの状況を打開することはできない。どんなに強い力を持っていても多勢に無勢だ。私は死ぬ覚悟はできている。王子が死亡したと情報を流して生き延びたとてこれまでのような恵まれた暮らしができないのであればあの子は死んだも同然だ。もう手遅れなのかもしれない」

 逃げ道がないのなら都合が良い。

「王子の側近は君以外にいないのか?」

「とある事情があって王子は政治に関わる人間たちと会話することや接触を許されていない」

「モナ・バートンという女性とスティーブ・ハインリッヒ、ローネル・ウィンチという人間を知っているか?彼らは十年前に死んでいる」

 眉間に皺を寄せたアンデルセンの顔はなぜその名前を知っている?とも取れる表情だった。もう一押しだ、中流階級の墓場に埋められていた三人は首が腫れる感染症で死んでいた。

「そうか、霊でも見たのか。彼らは王子の側にいた数少ない政治家たちだった。王子こそが王に相応しいと推していたのだ」

「待ってくれ十年前だぞ。王子はミストリア王妃の腹の中だ…まさか、例の占い師か」

「そんなことも知っているのか?その情報をどこで手に入れた」

 アンデルセンは目を見開いて大声を出した。そしてすぐに手で口を塞いでホテルの入り口を伺った。王子生誕祭パレードは中止したが王の側近や偵察が来る可能性はある。妙に外が静まり返っている。

「半分は王子と会話した時に聞いただけだ。あの子が言っていただろう。この国に現れた占い師が言うには先の三十年の間、王権を握るのはただ一人だと言っていたじゃないか。そして真の王のそばにはエクソシストが付いていると」

「そういえばそうだったな。だが十年前のことだぞ。三人の人間が王子の側についた原因が占い師の予言だったと何故推測できる。少し勘がよすぎやしないか」

 老人とはいえアンデルセンの愚直さには参ってしまった。占い師の予言が何を暗示していたとしても王子の未来は消え掛かっている。ギブアンドテイクでこちらもカードを切る必要がある。

「騎士団長はこの国を変えようとしている真の革命家という組織を知っているか。彼らは王子のために活動をしていると聞いた。組織に属する人間と話をした。テロが起きる時間を予測できたのも彼らのおかげだったのだよ」

「話は聞いたことがある。だがそんな矮小な組織に何ができる」

「彼らは町中の無線を傍受して情報を手に入れているらしい。まだ俺は聞いていないがルミナール・ロバートたちが無線で話している言葉をいくつか録音しているらしい」

「ルミナール・ロバートたちをキリシテの異端審問会にでもかけるとでもいうのか。あいつらは随分前にキリシテ教を破門になっているのだぞ」

 この国のエクソシストたちはどうやら禁忌を犯した報いは受けていたようだ。鎖国を強いている国の王を手懐けてしまえばやりたい放題できるのだろうな。いや鎖国すらも彼らの思惑の一つなのかもしれない。

「彼らは新聞やラジオを通して王族ではなくルミナール・ロバートの悪事を明らかにしてこの国から追い出そうとしている。今騎士団長が述べたルミナール・ロバートたちがキリシテを破門になっているという情報は切り札になる。一度、真の革命家たちとあってみないか。このまま王子と死ぬまで籠城しているわけにもいかないだろう」

 王子の側近である騎士団長、その男の頭の中しかない記憶が状況を打開する切り札になるかもしれない。アンデルセンは自らが口走ったことと真の革命家のやろうとしている国への抵抗を照らし合わせているようだ。十五秒ほど思考した。

「わかった。まさか存在すらしてないと過小評価されているレジスタンス共の力を借りることになるとはな」

「明日の早朝、テロリストが潜伏していたとみられる骨董店の裏にある路地のマンホールの前で待ち合わせよう。彼らには俺から連絡をしておく。俺もエクソシストの訓練を受けた人間だ。ルミナール・ロバート達はキリシテから破門されているにも関わらずエクソシストの肩書きを使って国を穢している。加えて霊を操ることを試すような禁忌を犯している。なのであれば許すことはできない。今は異端審問会が開くことができなくともバチカンの法王に禁忌を確認した報告をすることができれば勝機があるかもしれない」

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