エピソード23 盾持ちのアンデルセン
「なんだ!この匂いは!臭いぞ。どうなる?僕は死ぬのかな。おや?ダージリン・ニルギルとやらが生きている」
王冠をつけたままのアデルぼっちゃまがはしゃいでいる。そのそばで立ち尽くす老兵が王子の前に出て警戒心をあらわにしている。
「毒ガスが一瞬にして消えたと思えば馬車の上にあの男がいるではないか。何かがいたのか?あり得ぬ。あの男はかなり怪しいな」
「爺や、それは違うぞ、霊払いが成功した場合、霊体をかたどる物質や粒子は消滅してしまうのだ。アイツは勝ったのだぞ。すごいな!馬の頭がなくなって馬車が大破しておるではないか。あの貧弱な装備で化け物を倒したのか」
アデルぼっちゃまは霊体についてよく学んでいるじゃないか。物心ついてから父にはあって自分にはないエクソシストの従僕が現れるのを心待ちにしていたのかもしれない。馬車の床を蹴ってわざとらしくポールド東大通りに降り立ってからレイピアと銃をホルダーにしまった。コートのガンパッチを掴んで整える。
「アデル王子はよく勉強しておられる。だがここであなたには死んでもらう必要がある」
周囲を見渡しても民衆はいない。騎士たちの命令通りにしているようだ。ポールド国民は王族に恨みもなく尊敬をしていることがわかる。静寂の中で老兵が激昂した。その声は通り全体に響き渡った。
「奇怪な毒ガスを放ったのは貴様だな!どれ、その奇怪なレイピアを抜くがよい。頭を潰してやる。舐めた真似をしてくれたな。無礼者め」
歩道で呆然としていた騎士団たちが集まり王子の前で横隊列を組んだ。かなり離れた距離にいる警官隊の足音が響き渡る。今の発言には意味がある。アデルぼっちゃまのいう通り、この貧弱な装備では目の前にいる騎士団と警官隊には勝ち目がない。王子を殺すという旨の発言をしたが、ヴェイプフェンサーに残された勝ち筋は王子の持つ知性にある。騎士団の向こうにいる王子が叫んだ。
「なるほど!待て、爺や。あいつは相当に頭が切れるぞ!ルミナール・ロバートとは違って勇気と気概に満ちておるわ」
「危険極まりない。怪しい旅人が何を考えているかはわからないが。詐欺師かもしれませんぞ。王子、建物の中に避難してくだされ」
建物の中に避難することは間違っていない。だが死んでもらう。騎士団長に負けず劣らずの気迫で叫ぶ。
「王子を襲撃したテロリストは別にいる。先ほどのガスは霊体が放つものだ。見ろ!俺の持っている貧弱な装備で馬の首を引きちぎり馬車を破壊することができるとお思いか、騎士団長殿!爆弾を用いたなら轟音が鳴り響いたはずだ。貴方たちには聞こえたか?馬車が崩れ落ちる音が!」
「ふん、王子、あやつの言っていることは筋が通っております。確かに激しい戦闘があったにも関わらず。我々には音が聞こえなかった。王子のおっしゃっていたインビジブルマーダーシーンだったか。アレは実在するのですか?」
「ああ、僕にはわかるよ。僕を殺そうとしていたのが誰か。爺やが剣を持たなくなった時を覚えているか。覚えているだろう。インビジブルマーダーシーン(見えない殺害現場)のことを僕に教えたのはルミナール・ロバートだよ」
盾持ちの老兵はヴェイプフェンサーを睨んだ。馬車を破壊するほどの化け物と対峙していた男は剣術も極めているに違いない。メイス軍曹と繋がりがあると思われる銃を持った伝令兵がヘッドホンを外して老兵に声をかけた。
「あの男はどうやらエクソシストのようです。西通りの王にはまだ何も伝えていません。アンデルセン団長、どうしますか?」
舌打ちをしたアンデルセンは唇を噛んだ。
「霊払いをする魔術師のような人間ほど剣術が上手い。一対一では敵わないかもしれない。それはよくわかっている。だがしかし、王子に死ねというのは許せぬ」
王子はアンデルセンのローブを掴んだ。
「死んだふりをしろということさ。父の意思とは別でルミナールは僕が邪魔なのさ。そのことを一番よく知っているのは爺やじゃないか」
アンデルセンは黙り込んだ。まさかルミナールが刺客を差し向けたとでもいうのだろうか。ヴェイプフェンサーは殺さずに尋問をする必要がある。奴は探偵のように何かを調べていた。だからこそこの場所でテロが起きるタイミングを知ることができたのだ。だとすれば王子の身の安全を確保すれば良いだけのことだ。
「死んだふりをする、か。伝令兵のセイルだったな。西通りの連中には王子はテロリストから追手から逃走中だと連絡しておけ。ルミナール司教殿が王子の護衛を余計につけないことはいつものことだが。何かがあるな」
やはりアデルぼっちゃまは賢い。膝をついて騎士団たちにこうべを垂れる。
「奥の方にホテルがございます。宿代が一番高い最上階の部屋に王子を避難させていただきたい。アンデルセン騎士団長、尋問でも構いません。少し私の話を聞いていただきたい」
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