エピソード45 ナチス
時間が止まったかのようだった。無表情のルミナール・ロバートは何かを考え込んでいる。振り返らずに立ち尽くすボグトゥナの背中からは生気ではない何かが漂っている。この気配は腹を減らした獣に近い。師匠の言葉、人喰らいの化け物。その言葉が頭の中で再生された。テープレコーダーの電源は入ったままだ、重要な証言が取れると良いのだが、幸いなことにアデル王子はまだ生存している。ロバート司教の手下はもうこの世にいないのだから。どの場所にいようとボグトゥナの生贄になったはずだ。ボグトゥナの隣にいる冷徹な司教は手で顔を覆った。
「しまったな、こんなことはあり得ない。まさか、旅のエクソシズムインセンスが墓場の事件を探っていたとはな」
追加の情報を得られるかもしれない。
「フン、察しが良くて助かるよ。エクソシズムインセンスは身軽なエクソシストでね、この国に流れ着いた時から幾つかの仕事をしたが、金が足りなくなってね。北の方に足を伸ばしたら散々な目にあったんだ。それで単発の簡単そうな仕事をしたわけだ。まさかこんな大ごとに巻き込まれてしまうとはね。これも運命というやつかな?皮肉なものだな」
「モナはどうだった?」
「何?なんだって?」
想像とは全く違う回答が返ってきた。まさかサキュバスの性的な施しの感想を言えとでもいうのだろうか。いや、そうではない次に俺がする質問の回答は重要な証言になる。
「どうだったって?変異型怨念霊のサキュバスだった。他の連中はモナバートンと肉体関係にあった人間に関して別の名前を口にしていたが、彼女だけは違った…霊体の姿のままでロバート様と叫んでいたからな。それ以前の調査では政治家が三人死んだ時期にこの国で感染症が同時に起こったことがわかった。その事実は国外のものが知ることは難しかったようだが、さらに同時期に首が腫れる感染症が牛に飛び火したようでね墓場を調べることになったのだが。最初は牛の霊体の仕業と思っていたのだが死んだ看守たちの証言でそれが違うことが直ぐにわかった。モナ・バートンを愛していたのか?彼女は首の中からナイフを取り出したが、直ぐに銀弾による銃撃で消滅させた。生前も体内にナイフがあった可能性が高い。お前の愛情はそういった拘りが強いものなのか?」
「そうか、本当にモナは除霊されたのか。仕方があるまい。貴様を殺して、アデルのクソ餓鬼を連れてこらねばならなくなった。そこを退け!民衆から請負った仕事をこなすだけの小物が偉そうな口を聞くな!このボグトゥナは完成することができなかった。お前が相手をすれば良いのではないのか?」
あちら側も欲しい回答を得るために言葉を渋っていたようだ。胸ポケットにあるガムを取るために銃をガンベルトに収めた。それを見たロバート司教は唖然とした。この状況で敵が取った所作は戦闘体制とは真逆の行動に思えたのだろう。喋らせても良さそうだ、チャンスはまだある。
「あれほどの代償を伴う降霊術をもう一度行うのに何年ほどかかるのだろうな。アデル王子と言葉を交わした印象ではあるが、とても洗脳されそうな子供には見えなかったぞ。要するにボグトゥナの完成には死者との婚約式が必要となるようだが。それにも準備が必要なのだろう?誰に悟られずにたった一人でもう十年辛抱するのか?」
「お前に何がわかる。そう決めたのはハルベルグ・シュベルト王だ!ボグトゥナとなる依代がそれを決めたのだ!」
「王は自分がボグトゥナになることを知っていたのか?そうとは思えないな」
「当然だ。それも儀式の一環なのだからな、王の願望を聞いてそれを実現すると約束することで契約が完了するのだ。約束を守ることはないが、その願望がなければ人工的に霊体を生み出すことはできない。数年前にこの国の王は自分の妻をもう一度見たいと言った。そして婚姻の儀式をやり直す。そうとも言った」
「それは王が信頼している家臣に語った言葉じゃないか。お前のことを信頼しているからこそ死んだ妻への思いを口にできた。ただそれだけなのではないのか。お前は呪術やカルトのようにその言葉を勝手に解釈して降霊術の契約書に書いたとでもいうのか?くだらないな。お前は国を統べるリーダーになどはなれはしないぞ。国民を騙し戦争に勝つことで城と永遠を手に入れるのか?それとも一度きりの人生で一花咲かせたいだとか、とにかくお前は何がしたいんだ」
現実、目の前にいる神のトナカイは条件をそろえたから存在する。それは間違いない。下賎な煽り文句を混ぜて回答したが、意外にもロバート司教はニッコリと微笑んだ。だがいい証言を録音することができた。
「ダージリン・ニルギルといったな。お前はどこの国の生まれだ?」
ルミナール・ロバートは十字の長剣を引き抜いた。重量を感じさせるマットな質感の剣を片手で構えて肩を揺らしている。どこの国の生まれだって?そんなことを聞いて何になる。いや違うヒステラー将軍は世界中にボグトゥナの製造方法を流布した。
「ジャーマネシアのベルリ地方だ」
「ククク、まったく。厄介なものだな」
「ハハ、成る程な。素晴らしい、エクソシズムインセンスのヴィクター・ローズの弟子か。ククク、厄介な連中だ、弟子とどうやって連絡を取ったのだろうか。まあ良い。ベルリにいたのであれば大体のことは理解できるだろうな」
「なぜそれを知っているんだ?」
ロバート司教は目を見開いて瞬かせた。感情の爆発は髪の毛を逆立たせ、周囲に光を灯すかのようだった。その表情は悪魔のようだった。
「ヒステラー将軍閣下も、私も、世界中に散らばっている同志たちはまだ道の途中だ!私はこのしみったれた田舎のポールド王国などには興味はない!ナチスのために私は生きている。命を投げ出すこともあるだろう!貴様は私が幸福や小さな国の支配を得たいと考えていたのか?師である聖女は細腕の剛剣と呼ばれていたが、貴様はまだ未熟なようだな」
ナチス、聞いたことがない名前だ。その組織の工作員が世界中に散らばっている。
「冥土の土産に教えてやろう。ヴィクターローズを裏切ったのはエクソシストだ!ヒステラー将軍の降霊術を行ったエクソシストの名前はアーデルハイト・ミネイルだ。彼女は今現在何をしていると思う?」
確か、ジャーマネシア防衛省の大佐だったな。エクソシストだったとは聞いていたが。
「リーダーを失ったジャーマネシアを治めているのは彼女だ!お前も国に戻ったらどうだ!邪魔をするならナチスのために死ね!」
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