エピソード46 

「ナチスのために死ぬ…か、俺はナチスのことをよく知らないからな。知らない概念のために死ぬことはできないね。その組織の代表者名くらいは聞かせてくれないか」


 唐辛子とウィスク酒が練り込まれたガムを指でさすった。生き残ることができる可能性は低いが、もう一声欲しいところだな。ロバート司教は顎を突き出し目を釣り上げた。そして十字の剣を前に突き出して深呼吸をした。身体中の血が頭脳に集中したかのような表情。溢れ出る邪悪な気配は変異型怨念霊など到底及ばないようにも思えた。


「薄汚いヴェイプフェンサーの分際で生意気を抜かすな!『ニューワールドオーダー・ルーンナチス』にはリーダーなどいない。いいか、この世界には目的を持ち独立した精神性を持つ人間だけが存在すれば良いのだ。この国の人間たちを見て思わなかったのか?家畜のように働いて寝食に勤しみ、遺伝を繋ぎ、何か問題が起きれば国が出した命令に素直に疑いもせず従う蟻のような連中を見ただろう!あのような人間たちがどれだけ惨めで哀れなものか。誰もが好奇心を絶やさず探究し、新しいものを発見する。すべての人間がそうあるべきだ!」


「その思考を皆が持たねばならない。私がこの国を手に入れた暁には彼らを立派な新人類にして見せるぞ。今の現代社会は進歩が遅すぎる!いまだに電気を使う道具の八割が生活に使うものだ。タイプライターやレジスター、計算機などカスのようなものだ。古臭い王権制度についてまわる剣と盾を持った原始人のような騎士。バチカンが従えるお前のような侘しい霊退治屋、ラジオや蒸気板、直ぐに壊れる蒸気車に蒸気機関車。加えて動きの鈍い戦車や大砲!あのような中途半端な道具を見るたびに絶望するよ。もっと早く!世界は進歩するべきだ。空に浮かぶ月を見ろ!あれに手を伸ばそうと思わないのか?今の世界は進もうとしていないのだ!ボグトゥナが戦争で使用されれば王族やバチカン、国家権力の長たち。その誰もが危機感を覚えるだろう。ボグトゥナを大量生産する方法はまだ見つかっていない。だがこの霊体を甘くみるなよ」


 月に手を伸ばせ。ああ月に着地したいということになるな。いや大きな夢を追いかけろ、という意味があるのだろうか。それにしてもよく喋るものだ。この男は誰かと思想を語り合いたいのではないか?目の前で言い放った壮大な妄言を長年付き添った部下と語りあわずにいたかと思うと哀れに思えてくる。


「成る程、新世界秩序ね、未来予知を記したマニアックな学術書でしか見たことがない言葉だな。要するにナチスとやらは飛行船が欲しいのか?映像を記録するカメラや精度の高い連絡手段だとか、そういうものを手に入れるために世界の人々を教育し直すと…わからなくもないな。それでボグトゥナを手に入れるために降霊の儀式に望んだというわけだ」


 それぞれの王族が国を守るためにボグトゥナを欲しがる…か。ベルリで見たレベルの巨大なボグトゥナが自由に操れるのなら不可能ではない。


「とはいえ俺は時代に流されて生きていくだけだからな。どのような形であれ時代が進歩することに文句はないのだが。その思想が実現した場合、危機感を覚えた権力者たちが次々に戦争を起こすことになるが、その場合、世界は崩壊するのではないか?」


 

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