エピソード47
呆然と立ち尽くすボグトゥナがブルブルと鼻を鳴らしている。ロバート司教は広角を上げて肩を振るわせた。
「未熟なやつだが勘はいいようだな!フハハ。いいか、考えてみろ。この世界の進歩が遅い理由が何かを」
成る程ね、ニューワールドオーダー・ルーンナチスとやらはその辺の凡人では思いつくことのないような斜め上で尚且つ高次元の思想を持っているというわけだ。
「戦争こそが世界を進歩させるとでもいうのか?」
「今頃気づいたのか?」
「気づくも何も、まだ起きてもいない戦争の先のことなんかわかるわけがないじゃないか。お前たちが創作した机上の空論なんて理解できるわけがないし。わかってやれそうにないね。それに戦争が起きればその分多くの人間が悔恨を抱いて死んでいく。そうなれば世界中に霊が溢れてしまうぞ。ナチスとやらは戦争で生まれた霊体たちの除霊も請け負ってくれるのか?」
ロバート司教は怯む気配を見せない。それどころか前に一歩踏み込んで殺気を放っている。
「恵まれた素質があるとはいえ師匠と同じで旧型の人類のようだな。惨めで哀れな様としか言いようがないな。犠牲無くして次の世界はない。お前にもナチスのために生きる道を示そうと説教してやったのに、全く鈍感なやつだ。もっとも期待はしていなかったが。強靭な意志と崇高な思想で繋がる我々の魂とは違うらしい」
それはどうも、今までの会話はナチス採用試験の面接だったのか?落ちてホッとしたよ。
「勝手に世界は進むものさ。エクソシストがでしゃばるものじゃない。お前たちは自意識過剰だ。結局、霊害が多い世界ではエクソシストが必要不可欠になるだろう。お前たちの思想など知らない人たちの多くが霊害に遭遇することと戦争が重なってしまえば、世界が進歩する前に人類が尽きてしまうじゃないか」
「ああそうだ、この世界には霊がいる。だからダメなのだな。お前から一つ学びを得たよ。この世界の進歩が圧倒的に遅れているのは霊がいるからだ。ただの問題ではない、霊は原因なのだ」
まるで話を聞いていないようだ。新時代の人類は人ではなくなるのかもしれない。
「霊は物質でも生者でもないが存在はしているだろう。その現実から目を背ける風情が十字兵器を授かったのか?人の悪意から生まれてしまった霊を払う術を学んだ人間とは思えないな。快楽的な殺人者や突発的に殺人を犯してしまった人間と比べても遥かに悪質で穢れているぞ。惨めで哀れなのはお前だ!ルミナール・ロバート!お前を禁忌者として拘束し異端審問会に出廷させる」
「バチカン、そうだそれも原因だ。まだ他にも厄介な組織がいることを思い出したよ。ああ旧人類どもを消し去らねば」
高度な頭脳が現状とその先を客観視して分析に努めているようだ。哀れなものだな。
「お前には私を捉えることはできない!霊体などまとめて消してしまえば良い!お前のように死んだものに慈悲や哀れみを持つ人間も必要はない。ただ迷惑なだけでこの世に必要がない亡者など、葬送香を閉じ込めた爆弾で吹き飛ばしてしまえばいい。それであっという間に片がつく。ナチスは既に対策を練っている!死んだものの声や残した思いなどに意味などない!この城で討ち死に、亡者となれ!ダージリン・ニルギル」
紙に包まれたままのガムを口に放り込んだニルはモゴモゴと口を動かして声を濁してから呟いた。
「いい証言が得られた。現状バチカンはナチスとは関わりがないらしい」
ニルは左手で銃を抜くと同時にロバートの足先に発砲した。足に防護策はなかった。ロバート司教の足から血が吹き出した。だがロバートはお構いなしニルに突進して十字の剣を振りかぶり襲いかかった。折れないレイピアと重なったロバート司教の剣が重く右手にのしかかる。
鍔迫り合いでは負けない。すぐに弾き飛ばしてやる。だが何かがおかしい。
「なかなか力があるやつだ。師匠と同じ体質のようだな」
ロバート司教が十字の持ち手を握りしめると同時に鉄の刀身の色が濃くなった。どうやら刀身に血液が溜まっているようだ。レイピアを握る手が重くなっている。
予想外だった。自分を過信していたというべきかもしれない。ロバート司教の十字兵器はニルの持つ折れないレイピアと同じタイプの「力の剣」だった。徐々に体が後ろに押されていくがかろうじて片手で持ち堪える。
「片手では押し負けてしまうぞ、私の十字兵器は重量を増すことができる。ダージリン・ニルギル!その小賢しい銃を捨てろ!どうした!師匠のように天井や壁をステップして曲芸をすることができないのか?」
そういえば、左手に銃を持っていたのだった。アドバイスしてくれてありがとうロバート。ニルは右手のレイピアと重なる十字剣の隙間に銃口を差し込んだ。そして眼前にある銃口を見たロバート司教が目を見開くと同時に発砲した。
「くそ!私の耳が」
かわしたか。三歩ほど後退したロバート司教に狙いを定めたニルは、脳天に当たれと念じて集中した。だが引き金にかけた指はピクリとも動かなかった。ニルは今までに感じたことのない寒気を感じた。ドロドロとした不快感は身体中に広がり関節と筋肉を急速に鈍磨させていた。
「スンスンスンスンスンスン、フゴッフゴッ」
動き出した…ようだ。知らぬ間に移動したボグトゥナがロバート司教の側頭部の匂いを嗅いでいた。ボグトゥナはトナカイのような面長ではなく。骸骨に毛皮が張り付いたような顔をしていた。鼻腔に通じる穴はあるが、口は布がかけられた蓋のない鍋のように窪んでいるだけだった。立派なトナカイのツノは遠い地の珊瑚礁のようにボツボツとした空洞が空いていた。
「スンスンスンスンスンスン、ゴッ」
ボグトゥナから放たれる腐った血と肉の匂いが王城の廊下を埋め尽くしていった。人口霊体の放つ野生的なプレッシャーは強烈な真夏の日差しのようにヌラヌラとひりついていた。そしてそれは先ほどまであったロバート司教の放つ邪悪な覇気を消し去っていた。
「まだ空腹には早い!なぜだ?待ってくれ。こうなれば除霊するしかない…」
空腹。成る程ね、血の匂いか。いや生者の匂いと言ったほうがいいかもしれない。カモフレグランスを使う心構えをしていたほうが良さそうだ。口の中の唐辛子ガムから少しずつエキスが滲み出ている。目が覚めるようなスパイシーな味が徐々に舌にふれているのがわかった。ニルは三歩下がってから、死地の真っ只中にいるロバートを見物した。
ルミナール・ロバートの持つエクソシストの力が試されるな。お手並み拝見と行こうか。
ロバート司教は十字剣を両手で持って構えた。ボグトゥナは毛皮ばりの骸骨のような顔面をロバートに突き出して物欲しそうに匂いを嗅いでいる。おやつを欲しがる猫や犬のような仕草だがまるで別物だな。
舌打ちをしたロバート司教は剣を振り上げて首を狙うつもりのようだ。歯を食いしばったロバートはフッと鼻から息を吐いた。ボグトゥナは顔を歪め、口角をあげた。窪んだ毛皮が徐々にパックリと裂けているのが見えた。顎の骨が湾曲して半径一メートルほどに広がった。
「ああ、こんなところで。ハイル、ヒステラー、ナチスに栄光を」
目尻が垂れ下がり汗だくになったロバート司教が十字の剣を床に落とした。体の自由を奪うほどの圧力に対抗するためにニルは口の中のガムを咀嚼した。きつけが効くといいのだが。
ルミナール・ロバートの上半身は一瞬にして消え去った。血飛沫が飛び散る瞬間の光景は人が視覚で追えるスピードを遥かに超えていた。過去に戦場で見た、手榴弾で弾け飛ぶ軍人たち、そのイメージがニルの脳内にフラッシュバックした。そして一瞬で我に返ったニルは動き出した身体中のシナプスを起動した。
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