エピソード5  ストーナー・クレセント

 端から端までの長さが70メートルほどの墓場を遮る門壁前は色とりどりの花が植えられた植物園が設置されていた。羽ばたく鳥や花の彫刻で飾られた堅牢かつ豪華な門の前に不釣り合いな木の椅子がおいてある。植物園の石畳の上にある椅子の席には軍人用の背中にからうタイプの受話器付き無線機が鎮座していた。

 俺は無線機にかけてある鉄製のマイクを取った。受話器のダイヤルには赤いテープが貼り付けられたボタンがありそれ以外は黄土色だった。城下町方面ポールド城の外壁を見上げると青空を遮るように赤い壁が聳え立っていた。例の監視用物見ヤグラはハシゴではなくて裏口から直接入ることができるようだ。階層にして十階のあたりだろうか。柱などはなく壁から突き出した四角い出っ張りがある。墓場にフラフラと繰り出した守衛たちの姿はあの場所から望遠鏡で確認したと見て良さそうだ。

「赤のボタンだな」

 ボタンを押すとブツブツとしたノイズが聞こえた。そしてすぐに無線のオヤジが出た。ゴソゴソとした音とともに回線が繋がった。

「早いじゃないか。ニル殿」

「右手の入り口を開けてもらえるだろうか。まるで別の城に住んでいる領主の様だな。大したものだ」

「そんなわけがあるか。一つ奥に入ればポールド城の警察署になっているんだぜ。入りなノックをすれば掃除の姉さんが開けてくれるよ」

「わかった、では地図を用意していてくれ。あと墓場に埋まっている故人を確認させてもらう」

「そりゃもちろん、墓地の登録証はある。書類管理も仕事のうちだからな」

「無線を切る。これはいつの戦争で使われたものだ」

「北ベルリと南ベルリの戦場跡にあったものだ」

「そうか、昼間に冒険でもしたのか」

「へっサルベージ(戦場漁り)なんかしてねえよ。街で売っていたやつを買っただけだ。俺だって戦争は嫌いなんだよ」

 回線を切断した音が聞こえたので聳える赤い煉瓦に囲まれた警察署を見上げた。晴れた空の雲に混じって白いガスが浮遊している。

「ガスを一定量吸った時のワクチンの解毒剤を聞いておかないとだな。まあ手持ちはそれなりにあるから問題ないだろう」

 ノックをしようと扉に近づくと掃除用具を持った白く大きな癖毛の若い女が扉を開けて出てきた。そしてかなり強い勢いでドアを蹴りつけて閉めた。

 短い丈の茶色エプロンにベージュのセーター。赤と茶色のチェック柄スカート、そしてベージュのスパッツを履いているブーツだけが丈夫なもので恐らく地面の高温に耐えることのできるもののようだ。やや低い鼻とグリーンの眼。そばかすに細身で眼鏡をかけている出立が先ほどの無線の親父の親族だと連想してしまう。無線オヤジの姿を見てはいないのだが。

「へえ、ヴェイプフェンサーって実在するのね。結構普通だな。熊並みの大きさかと思っていた。発熱が激しいと聞くけど近くでも暑くないのね。闘技場のファイターだったら噛ませの痩せ犬って感じ」

「イメージと違ってすまない、闘技場の掛け金は地下と城下町の表とどちらに入れているのかな。俺も少し金を増やしたいと思っている。なるべく無難で少し増やせるくらいでいいのだが」

「うん私のデータベースは完璧。ちなみに城下町面にあるのがリーブスファイトロード。地下がアンダーマッドドームっていうの。墓場の清掃で稼いでご飯を食べられる分は残して後の泡銭は全部闘技場にオールイン。勝ち越し数五十回。でも億万長者にはなれないの」

 早口で話すオタク気質の割にはスマートで若々しい印象だった理由は食べるものを減らしているからなのかもしれない。

「熱心な格闘技ファンなのだな。でもそれだけ勝っていれば金はたくさんあるのではないのか」

「兄貴が出場している試合に軍資金を全部入れると大体消えるんだ。勝率三割よ。なかなか死なないけどね」

 眼鏡の女は自分の拳で自分の顎を軽く叩いてニッコリと笑った。ギャンブラーとは思えない瑞々しい笑顔だった。体を鍛えているのだろうか。兄のトレーニングに付き合っていると見た。

「なるほどな、家族はみんな闘技場が好きなのか」

「いや、父さんと母さんはいない。兄貴は昼間の間、寝ているの。地下のファイターだからね。深夜枠よ」

「そうか、じゃあ今夜の試合があるのなら有金半分を君の兄貴に賭けてやるさ、面白そうだ」

「へえ、面白いほうに賭ける主義なの。さっき無難にかけるって言っていた記憶があるのだけど。まあ私は全額入れるから、ヴェイプフェンサーの霊能力でなんとかならないかな」

「はは、冗談だろ。今日は闘技場には行くことはできない。夜中の墓場で仕事をする。あと運命という概念は今この瞬間を指し示しているのであって先の未来が決まっているということではない。俺は行く先々で未来を悪い方向には変える事が多い」

「ふうん、プリーストと言っていることが違うわね。じゃあラジオかけながら灯台で見物しようかな。見たことないのよ。霊払い士の仕事。大丈夫イカサマはしなくても勝てるときは勝てるからさ。ウチの兄貴」

「ということは君の兄さんはカウンタースタイルのファイターってとこかな。チケット買うよ。運命は信じない主義だけどこう言うタイプのファイターは最初に目をかけた時だけ勝つ傾向にある。あくまでも俺の人生上ではの話だけどな」

「ああなるほどね、放浪者の勘ってとこね。この城に見える壁の内側は警察は勿論。城の使用人とか庭細工士とか簡単にいうと王城の下手人がたくさん住んでいるの。オレンジロードっていう少し狭い商店街があるからそこで寄って買えば良いと思う。代わりに買ってくるならそれは仕事だから。その場合は兄貴が買ったら一割もらう」

「わかった。ついでに墓場の案内をしてくれれば五割出す。君の兄が拳闘で勝ったらだが」

「はは、兄貴が負けたら私はタダ働きってこと?なかなか変わった賭けをするね。ヴェイプフェンサーってプリーストとは違うわけね。なんか親しみやすいなあ。もしかして貧乏な暮らしをしているの?」

「銃だけのプリーストと違って俺の仕事は経費がかかるのでね。兄貴が勝ったらと言ったのは君だけどな。その勇気に免じてベットするよ。プリーストは霊がみえないやつも多いからな。偉そうにしているだけで奴らはお飾りだよ。無線の爺さんと話したらまたここにくるよ。一万五千ドル渡しておく」

「オーケー。五割で七千五百か…前言撤回。結構持ってるじゃん相手が弱いといいんだけどな」

 ブツブツと癖髪眼鏡が言っている。

「俺はダージリンニルギル。君の名前はなんという」

「そういえばそうね。珍しい客で名乗るのを忘れていたわ。私はストーナー・クレセント。数日の間だと思うけどよろしくねミスターニル。あなたが今日掛け金を突っ込む私の兄貴の名前はスティール・クレセント」

「ありがとう。強そうな名前じゃないか君の兄貴。鉄人クレセントか」

「下馬評はあってない様なものよ。第一印象にはさらに意味がないの。名前なんか勝者にしかついてこない。でもミスターニル。兄に賭けてくれてありがとう」

 勝負師の言うことは時に理解がついていかないこともある。気品があるようでそうでない。どこか純粋な雰囲気のある女だ。

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