エピソード4 

「ああ勿論。だがしかし、みんなヘッドホンすりゃいいんじゃないかね。ポールド領土のラジオ放送は最高だぜ」

「それもそうだが、それでは墓地の守衛が務まらないだろう、墓の供えには決められた相場があるはずだ。盗まれたらポールド領土の王国直属警察に逮捕されるぞ」

「ありゃ。そうだったな。確かいくつかの家族が金杯を置いているね。それじゃあ霊がいれば誰も盗らないじゃないか。異論はあるかい」

「わかった、それに反論はしない。じゃあ今日だけ泊めてもらう間に守衛の仕事を代わりにやるというのはどうだ人手が足りないのだろう。あと首を刎ねる霊はあまり聞いたことがないんだ。資料にしたいから遺体のフィルムなんかを見たい」

「そうきたかい、新入りは寝込んでいるからなあ。俺は今日の格闘技の中継を聞くだけで仕事が終わるならいいじゃないか。よし幾らでも調べなよ。門を開けておく。最近電装の調子が悪いから開いてなかったらインターホンを押してくれや」

「恩に着る」

 無線機は大型の本体からガソリンの匂いを漂わせて振動した後止まった。どうやら墓場周辺の電気機器に異常があるようだ。

 受話器を適当に座席に投げた農夫は片手で持っていたハンドルを両手に変えて左に切った。無線で話すことに夢中になっていたこともありボールド城の中央入り口のバザーの賑わいは既に遠くになっていた。少し湿り気を帯びた排水路の城堀を横切ること数分でポールド城の南側にある城壁と岸壁の谷間が見えてきた。城下町の外にある食肉工場は岸壁に穴を開けて無理やり建設されていた。

 大抵の場合食肉工場や小麦を加工する場所は墓場の近くにある。ボールドも御多分に洩れずそれであるようだ。街の外の道路は整備されており蒸気車単位で見れば五十台が右往左往していても渋滞しないのではないだろうか(城下町への道を除いては)街の中にある衣類や武器を作る大工房に負けず劣らずの大きな円筒を有する工場が森を切り開いた場所に立っている。崖に沿って立ち上る煙から漂う焦げた匂いが立ち込める中、城下町西裏の門へと蒸気車が荷物を運んでいる。煉瓦造りの壁は城壁を少し越える高さで大きい道を挟んで聳え立っている。昼間ということもあって日差しの通りは良い方だった。

「農夫の旦那、仕事があるだろうから俺はここから歩くよ。墓に来る時に会えるかはわからないが牛の弔いは任せておけ。感謝する」

「ああ頼んだよ、あの無線ナードの爺さんが言っていた門の電装はとっくの昔にぶっ壊れてるぜ。黙って通るんだな。ショットガン必要かい。余分にあるんだよ。のたれ死んだやつが農場に放置するもんでね。街の人間とトラブル起こしているなら持っていてもいいじゃないか。ついでに水筒に水を分けてやる」

「ああ貰っておくよ。世話かけたな。最後に聞いておきたいのだが。牛は墓に埋める前に首を落としてから埋めたのか」

「いやそうしようとも思ったがそのまま埋めたよ。それが良くなかったのかね」

「断定はできないがわかったら報告するよ。じゃあまたな」

 ショットガンはベルリ軍人が持つために作られた忌々しいデザインだった。どうしても戦争は憎悪を催してしまう。ボールドをでる前に誰かに譲ってやろうと思いつつマガジンチューブを除く。銃弾はホルダーにある分だけだ。弾は二発満タンで込めてあるようだ。後で素手で焚いた香にくぐられせておくとする。水の入った袋は牛皮で作られているもので丸ごと貰ったので蓋を確認した後。乾燥したチーズとパンを一口齧ってどちらもリュックに入れた。

 西城下町入口に人気はない。さっさと通り過ぎる。もう一口パンを齧りたいが。少し思考に集中を割く。

「牛は首に苦痛を抱えたまま死んだのだったな。銀弾を使って頭を消滅させれば楽にさせてやれる可能性がある」

 肉体の苦悩は消し去るのが最善であることもある。あとはコールガールへの対抗策で。あらゆる霊障から身を守る「ヴェール香」。そして霊を安心させる「葬送の香」を準備しておけば現状の情報から交戦するであろう霊には対抗できる。ヴェール香と葬送の香は霊払いでは必ず使う。

「ヴェール香」は日干ししたレモングラスを利用している「葬送の香」はミントとひまわりの種が混ぜてある。ベースはジントニックを使っている。他の材料は聖水と少量の水銀だ。

 この二つある香料カートリッジをレイピアの持ち手に取り付けられたマガジンに入れる。次に背中の燃料筒から熱を送り持ち手から同時に焚きながら霊を掃除しながら仕事をする。霊障ではなく直接危害を加えてくる霊は銃で撃ち消す。夜になったら首からかけるランプの用意をする。

 右の腰に構えたレイピアを右手でそのまま握り前に引き抜く。そして親指を下にして剣身が鞘から外れる直前で親指を上にして通常の剣の持ち方にかえる。左腰からレイピアを抜くと持ち手の下に接続されたチューブが邪魔になることがある。剣の抜き方はヴェイプフェンサーの性格次第だ。エクソシストインセンス仕様、特注のレイピアは持ち手上部のクロスガードが少し分厚くなっているためそこがカートリッジを差し込むホルダーとなる。

 松明のように振ることで霊で溢れた土地で自分自身の通り道を作るために利用するためのものになる。その上で近づいてくる獰猛な霊に対しては剣で切り付けて攻撃するしかない。それでもびくともしない奴には銀弾を使う。よって両手が塞がることになるのでランプは胸に固定する。

 回しネジを回してバレットにある香の残量を確認した。ヴェール香と葬送の香がなければ墓場は愚か夜中の街でさえ歩くことはできないので仕事前の昼間にチェックする。厚みのあるガラスに包まれた新品の蝋燭半分ほどのカートリッジは満タンだった。

「まだ余裕があるな。俺の熱量(カロリー)はリュックのパンとチーズで足りるから後は少し眠るだけでいい。無線の爺さんはおそらく不眠症だな、ちょくちょく寝て起きてはの暮らしを繰り返しているのだろう。ラジオの聞き過ぎは良くない」

 城壁沿いに小さな集落がある。左は舗装された絶壁になっているのがわかる。見える限りで十軒の家屋があるが人の気配はない。昼間は工場に出ている市民の集落のようだ。板金の屋根や扉が見受けられる。職人の住まいではあるがこういった鉄で囲まれた場所は霊の居心地が悪いと相場が決まっている。それも合間って明らかに清んだ空気だった。

 日当たりが悪い場所でも鉄があれば怨念や遺恨は残らずに消えてしまう。だがそれは一般的な固定概念で不思議なことに墓場に鉄を持ち込むとひしゃげてしまうことが多い。政治や警察組織は強力な霊の存在を隠蔽している。凶悪な霊害が起きた場合はプリーストとエクソシストが除霊をして国から報酬をもらうことがある。

 そういったこともあり多くの国では墓場を石と植物で舗装して丁重に扱う風潮があるのだ。強烈な怨念を持つ人が殺めた遺体は国から離れた川辺で葬送される。そして海へと送られる。

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