エピソード3  ポールド墓所の霊害

「へえそりゃどうも紅茶葉の名前か。ニル殿。牛は霊になることがあるのか」

「もちろん。だが一匹では霊体を維持できない。数百匹まとめて感染病なんかで死ぬと「タウロススピリット」になることがある。人間をバラバラに千切ったりする以外は彷徨いているだけで近づく人間さえ居なければ問題はない」

「ありゃまあ、あちらの墓場のはずれに一〇年前の疫病で埋めた牛達がおるわ」

「なるほどね。墓場は夜間、霊の庭だから人間が入らないだろう。霊は霊同士で仲良くやっていればいいのさ。まあ問題が起きていれば解決してやらないでもない」

「いやあそれが、墓場の守衛が殺されたと聞いた。何人か死んじまったらしいんだ。どれ牛どもを精肉店に収めたら様子を見にいくか。干草でも備えてやるかね」

 どうやら仕事にありつけそうだ。

「そうだな守衛で雇われた人間達に少しばかりのソウルマナー(霊との距離の取り方)を教えてやってもいい。要するに何かしらを怒らせてしまったのだろう。牛が原因とも限らないのだが。まあなんだってやるさ。ついでに守衛の晩飯を分けてもらう。宿を借りられたら良いのだが、贅沢だろうか旦那よ。北で蛮族に襲われてひもじい状況なんだ」

 農夫は大事の育ててきた牛達のことを弔ってもらえる事に前向きなようだ。朗らかな顔をニルにむけた。車のハンドルの横の袋を投げようとして振りかぶった。

「なんだニル殿、そうなら早く言えよ。チーズだけは捨てるほどあるんだ。放浪者にも分けることが多いんだよ。食べて元気を出しな」

 袋をキャッチした俺は少し中の様子を見た。乾燥したパン切れと乾チーズが細かく切られて詰まっている。暇つぶしに食っていられる型だ。農夫の特権だなと思いつつ一口頬張った。

「うまいだろう、ボールドでは五ドルで売っているんだ」

「この美味さで五ドルは安いな。感謝する。本題ではあるが牛の疫病の種類はわかるか。この辺だとモスキートといったところか。ネズミは街中にしかいないだろう」

「疫病の種類で霊が違うのかね」

「いやそうとも言えるし違うとも言える。どう苦しんだかによって人間に与える仕打ちが変わってくる。もちろん死んだ人間の有様でも良い。レイピアで浄化するのが好ましいので立ち回りを考えなくてはならない。仮にそうでない邪悪な人間の死後霊なら銀弾で遠距離から消す」

「はあ、よくわかったよ。理由があるわけだ。うん。守衛ども殺したのは俺んとこの牛だなあこりゃ」

「なるほど、それで疫病はなんだ。それと守衛の死に方が一致していると」

「首が腫れる病気だった、何かはわからない。死んだ守衛五人は首を刎ねられていた。さっさと除霊してくれると有難いね」

「だが守衛は墓場から街に霊を入れないのが仕事ではあるが見回りをするわけでは無いのだろう。なぜ五人も死ぬ事になった」

「それが守衛小屋から墓にふらっと歩いていったらしいんだ」

「五人とも同時にか」

「そうと聞いた。駐屯所の高台にいた奴が見ていたらしい」

「そうか。タウロスは声を発さないから。人を呼ぶだけの「コール」がいたのかもしれない。わかった無線で直接話がしたい」

 コールが他の霊体と協力関係を持つというのは聞いたことがない。それに生者を呼ぶコールは成人よりも十代の若者を好むことが多い。薄らとではあるがタウロスとは別に何かがいるような気がする。正直な話、農夫と霊の話をしても仕方がないのだから言わないのだが。考えられるのは女性形をしたコールガールの呼び声。繁栄した国ではよく発霊することが多い霊だ。コールガールは男性にひどい仕打ちを受けたことを悔やみ発霊している。コールガールが呼んだ五人の守衛を通りすがりのタウロスが殺した事故という事が起きうるものなのかは定かではない。霊体が混在する墓場は報酬の割に合わない面倒な仕事をする場合が多い。

「出たとこ勝負だな。タウロス以外は銀弾でさっさと片付けよう」

 ザーザーと無線機の音がした。この農夫は蒸気車に無線を取りつけているようだ。片手で受話器を耳に押し当てている。

「へい五百番回線。墓の番号は三千ピッタリ。牛の墓だよ」

(ブツっ)「なんだ。回線を繋ぐ時は予約しろ。城下町の外から連絡を入れるな」

「すまんなあ。霊払い士が牧場にいたものだからさ。世にも珍しいヴェイプフェンサーだ。連れて行こうと思う。この男は宿が欲しいみたいなんだ。数日駐在所に住まわせてやれんかね。例の首を跳ねた化け物がいるかどうか調べてくれるようなのだが」

「ああ、昨日も新入りの守衛が墓場に行こうとしたんだ。必死で止めたんだが中々いうことを聞かなくて困ったね。結局銃の尻でぶん殴って気絶させたよ」

 ニルは軽い身のこなしで牛を飛び越えて運転席に飛び乗った。なぜこの通信先の男は呼び声が聞こえなかったのか。これは重要なことだ。農夫は受話器をニルに渡した。

「お前は、いや失礼。俺はエクソシズムインセンスのニルだ。昨日、守衛の君はヘッドホンをしていたのか?」

「おお、アンタがヴェイプフェンサーという訳だ。そういえば新入りを殴るまでは無線で格闘場の賭けをしていたね、いい試合の途中で若い奴が墓に出ようとしたものだから聴きそびれたけど賭けには勝ったんだ」

「それは何時ごろのことだ。賭博ボクシングの無線中継は一日中あるのだろう」

「深夜の2時ごろかな。一番人気の無いクレセントが勝ったから間違えないぜ」

「午前2時か、ヘッドホンを外した時に駐在におかしな点はなかったか」

「そうだな、俺は無線ばっかりやっているから耳が少し悪いんだよ。今は人手も足りないから。あまり覚えがないな。とにかく墓場に出なきゃいいんだぜこの仕事は」

「いや、音じゃない。その新入りの目つきだとか表情だ。あとは電気が消えたりしなかったか」

「ああチカチカはしていたな雨が降っていたから霊の仕業とは思わなんだ。あいつはいつもの間抜け顔だったんじゃないか。初対面で間抜けなやつはずっと変わらない」

「雨が降っていたのか。わかった。少し墓場に埋められた人種と生物を確認する。到着したら墓場の駐在所も確認する。良いだろうか」

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