エピソード6 調査ファイル1

 少し眠り込んでいたようだ。グレーの天井が見える。淹れたての安いコーヒーと硬いパンの香りがした。細長いポールド墓地の管理所の壁沿いにあるソファーから体を起こすと目の前には何かの電子機器が収まったグレーの鉄棚がおいてあった。腹の上をみるとピカピカに輝くチケットが見えた。手に取って眺めてみる、賭け事は数年ぶりだ。アンダーマッドドーム闘技場深夜一時三十分「ネイマール・クライシス対スティール・クレセント戦。競技、拳闘。試合時間上限十五分。あなたの勝敗予想は勝ち。負け確率八割五分のスティールクレセントに賭けました。試合後の配当金の受け渡しは明日の十一月八日の日付け変更十五分前まで」

 今夜、スティール・クレセントが勝てば借金の問題が解決するかもしれない。淡い期待に胸を膨らませつつチケットをズボンのポケットに仕舞い込んでからソファーのすぐそばにあるリュックを背中にからうことにした。勝率とは無関係だがそばかす癖毛のクレセント嬢が応援している兄貴は相当に人気がないようだ。期待というよりはゾワゾワとした緊張感が胸を満たしている。そのエネルギーが心に活気をもたらして眠気を吹き飛ばした。

 両腕を後ろに回してから二つに分かれたベルトを掴んだ。そのベルトには重たいレイピアと銀銃の入ったホルダーがある。腰の前でベルトを装着して前を向くと通信機器のおいてあるテーブルと天井まで伸びている大きな窓があった。向こう側に灯台の光が右往左往している夜の墓場が見えた。全ての墓が同じデザインだった。二つの武器が取り付けられたベルトはリュックと別々にすることが可能だが睡眠の後はかならずこの所作を行った後装備を身につけることにしている。

 昼間のうちに墓地の利用者と墓の中にいる人間に関する書類を一通り調べてわかったことがあった。牧場経営の旦那が語っていた十年前に起きた牛の疫病。それと同じ時期に三人の政治家が原因不明の病で死亡している。三人とも首が腫れていたとのことだった。ポールド王国の警察は数日前に起きていた牛の感染症との関連を否定しているようだがおそらく無関係ではないだろう。ポールド王国には製薬会社などはない。とすれば数人の政治家を消す準備をするために何者かが牛で実験をして特殊な毒の効果を試していた可能性がある。この場合同職の政治家が毒を生成していたかあるいは国に反乱を起こすことやターゲットである政治家に恨みのあった平民が事を企てた可能性もある。

 贅沢な暮らしによって引き起こされる病気と老衰によって死んだ富裕層は最も高い台地の墓地に埋まっているが彼らが生前に汚職や自身の犯罪をもみ消した印象はなかった。良くも悪くも平和ボケした貴族たちだったようだ、元より殺人事件や不幸な事故などの原因不明の病で非業の死を遂げたものが王国墓地に埋葬されることはない。

 だが首を腫らして死んでいった政治家三人は管理事務所の近くに埋葬されていた。政治に関わっていた富裕層の人間たちが稼ぎの多い会社重役と同じ場所に埋められているのは違和感がある。一方で牛の墓は崖を掘って作られた洞窟にあるようだ。台地の階層は全てで十五ある。下に行けば行くほど貧しい人間が埋葬されているようだ。

 現在の位置は十ブロック地点だった。

 牛の感染症が起きた十年前の新聞によると十一月八日、政治家三人の死亡した当日、ポールド王国の王ドミナント・ハルベルグ・シュベルト十世(三八歳)に待望の第一子であるアデルが生誕したと書かれていた。現在も存命のポールドのプリンスは現在十歳。十代目の王は今も健在だ。同時期に起きた事故や事件はいくつかあった。めぼしいものの一つはアデル王子の暗殺を企てた人間が捕縛された事件だった。元格闘家の男がポールド王国中央病院で出産の真最中だったミストリナ王妃の病室がある病棟の前で護衛の騎士に発見され戦闘を行った。暗殺実行犯は五人を殺害したのち現場に応援で駆けつけた騎士団に捕縛された。暗殺者として雇われていた男の雇い主はポールド東地域を統治していたポールド王の二番目の弟であるハルベルグ・セリエールだった。セリエールは後日処刑されて海に流されている。ポールド王の弟達数人は十五年前から既にこの世にはおらず第一階層の墓で眠っている。だが仮に暗殺が成功して王子を殺すことができたとしてもポールド王が支配する政権が変わることはなかったはずだ。

 当時王であるハルベルグ・シュベルトはポールド城の居館内部にあるキリシテ教会にてキリシテ宣教会ポールド支部支部長ルミナール・ロバートと十二人の弟子たちと共にいた。王は繋がりの深い主教と司祭たちは生まれてくる王子と母であるミストリナのために祈りを捧げていたと記録がある。王を暗殺することができれば王権を手にすることができたのにも関わらず何故セリエールは最初から王子だけを狙っていたのだろうか。新聞の記事だけではハルベルグ・セリエールがポールド王子アデルを暗殺した動機はわからなかった。暗殺者が処刑された後すぐに捕縛されたセリエールは舌を噛みちぎったのち指を自らの喉に突き刺して死んだとの記録があった。

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