エピソード7 調査ファイル1-2

 牛の首が腫れる感染症と同時期に起きた事件。その先で首を突き刺して自害した男。

 あまり見聞きしない首が腫れる感染症と奇怪な自害のイメージが頭の中で混じり合った。そして真っ先に浮かんだことは処刑だった。罪人が公開処刑される法律はポールド王国にはない。ベルリの南北戦争以前からその手の処刑は禁止されている。また王族といえども無闇に人間を殺すことはできないはずだ。

 王族や権力者たちが警察や国民に知られることなく人を殺すことができる毒が存在するとしたら…その場合牛の除霊をする仕事の先に王家とのトラブルが待ち受けている可能性がある。深追いは禁物だ。一介のエクソシストが権力者の不正を暴く必要はない。だが霊を倒す理由は金のためだけではない。旅には目的があるから入念に調査する必要がある。

 ベルリ南北戦争の後の時代。ヨーロン地方全土における王国統一条約が制定されて以降、強力な霊の発霊を防ぐために膨大な悔恨と無念を生み出すことになる残酷な処刑と紛争は禁止された。

 ソレはヴェイプフェンサーになる前に師匠に教わった数少ない法の知識の一つだ。ベルリの戦争はこの法律を侵していたということになる。国民や一部の上流階級の人間たちには公開されていない。平民たちは以前のように国家に反逆する組織や言論を用いて国の横暴や不審を主張をする文化人が消え失せてしまったことに気づいているのだが何もできることはないと考える人間が多いのも現実だ。

 ダージリン・ニルギルは南北戦争の戦場から離れた農村を飛び出して軍人となり師と出会った。

 平熱の高いニルがいくつかの試験を経て配属されたのは「南ベルリ戦地除霊隊」だった。夜間における作戦である戦地で死んでいった人々と戦う部隊として戦地を駆け巡ること二年だった。発霊後霊体となった軍人たちを二度殺すのではなく香を焚いて無念から解放することが軍人としての仕事だった。ダージリン・ニルギルは軍人たちと市民が混ざり合った異形の魍魎と戦うことでエクソシズムインセンスと呼ばれる異端のエクソシストとしての経験を積んだ。南にも北にも軍人にエクソシストがいたと聞いているが同じ部隊の軍人たちは霊が見えるだけで通常の軍人と同じようなライフル銃で戦っていた。ただ一つ違うことはライフル銃の弾丸は銀だったということだけだ。

 だが同じ戦場を共にした友たちは正体不明の巨大な霊体に殺害された。その未確認の霊体によって南ベルリと北ベルリを隔てていた壁に配備された部隊や国を統制する南北両方の政治拠点もある日の一夜のうちに消滅した。巨大な霊が発生したベルリの壁で戦っていた師は行方不明になった。戦争後に勲章を受け取る機会などあるわけもなく成り行きでダージリン・ニルギルは旅に出た。決着をつけることなく南北に分かれたままのベルリに住み着いた巨大な霊を除霊して祖国を取り戻すためにニルはエクソシズムインセンスとしての旅修行をすると決心した。

 現在の依頼である牛の感染症に関連がありそうなもう一つの事件があった。

 ポールド王国地下に潜伏していた数人の商人が国家反逆罪を企てたとして捕縛されたという事件だった。リーダーのスコット・ハンセンは違法なルートで入手したロケットランチャーとライフル銃、ポールド王国近辺の山岳地帯で採取することのできるアヘンを所持していた。ポールド王国新聞によると警備隊の聴取に対してスコットはこう答えたとされている。その取材記事の前書きではアヘンの影響で錯乱しているのか意味不明なことを口走っていると書かれていた。

「自分の妻と娘は悪魔に殺された。俺の目的はテロを起こしてヨーロンの十字架をへし折ることだった。王族に仕えているキリシテに邪教はないとされているがそれは真っ赤な嘘だ。キリシテはただの盗賊だ。奴らは戦争ができないなら悪魔を利用して、なんでもソレのせいにして戦争を起こそうとしていやがる。俺が死んで海に流されたとしてもキリシテの連中を絶対に許さない。海から這い出してキリシテに毒されたポールドを破滅させてやる」

 経験上こういった幻覚症状とも言える言葉を残して死んでいく人間は何かを目撃しているか知ってはいけないことを知ってしまったが故に事件を起こした場合がある。独特で妄質的な言葉が意味不明だったとしても遺言とも言うべき叫びには限られた時間の中で何を見て感じて考えていたかが隠されていることがある。スコット・ハンセンは処刑後、海に流されたが仮に闘争の末に国から逃走し山の中で野垂れ死んだ場合。霊体となり新聞に掲載された無念の言葉を森の中に響かせて彷徨っていたかもしれない。同時期に起きた事件とテロを画策していた男の発言を大雑把に照らし合わせてみる。

 ① 自分の妻と娘は悪魔に殺された。

 人ではなく悪魔に殺された。時に感染症は悪魔や天罰と揶揄される。

 ② キリシテはただの盗賊だ。奴らは戦争ができないなら悪魔を利用してなんでもソレのせいにしようと思っている。

 ベルリ南北戦争後の時代に霊体を利用すれば他国と争うことができる陰謀があるという妄言ともとれる。だが霊体と人が交渉をする事などあり得ない。

 ③ キリシテに毒されたポールド

 単純に毒というキーワードが引っかかる。キリシテに操られているだとか支配されているというような言葉をあえて選んでいない。牛の感染症と三人の政治家は毒を盛られて死んでいった可能性が高いことからキリシテ教会の関係者がは毒を使って何かをしていることを示している可能性もある。

 ④ 海から這い出してキリシテに毒されたポールドを破滅させてやる

 この男は平民にも関わらず霊の存在を認知している。死後の世界が海にあることを悟っているようだ。

 ポールド王国の領土は広く歴史も長い。だが同時期に起きた出来事には必ず何かの繋がりがある。事件を無理やり関連づけることはよくないこととはわかっているのだが何かが臭う。

 毒殺された牛と三人の政治家。プリンスの殺害を企て失敗した後に首に指を突き立てて自害した王族の男。その男に雇われた格闘家。テロリストの男が残した言葉。今ある情報の中で霊害の根源はまだ見えてこない。まずは墓地の霊害を解決することに専念する必要がある。

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