エピソード21  アデル王子との邂逅

 十五分の間、前の日にメイス軍曹から頂戴したラッキーアメロスタを吹かしていた。喫煙をしている旅人など気にもしない民衆を他所目にレイピアにヴェール香のカートリッジを装着した。銀弾は満タンに装填してある。街のどよめきが徐々に大きくなる。王子の乗る馬車が見えてきた。タバコの煙を吸い込んでから吐いて、路上の排水溝に投げる。それと同時に大通りには紫と黄色のパンジーとクロッカスが舞い上がった。

「あれが、アデル王子か。なるほどな。鎖帷子に白いローブを着た騎士団は老兵が一人と後は皆若い。盾だけを持った保守的な護衛だな。飾りに近いライフルが人数分で五丁他は警官しかいない。想像よりも少人数だな」

 ガス灯が四本、対角線上に取り付けられた馬車の真ん中で民衆に手を振る十歳のアデル王子は飾り気のない太い黄色のボーダーと2番目に太い紫のあしらいが施された青のローブを着ている。片耳に装着したイヤホンは無線に繋がっていると思われる。背丈は百五十センチほどで同年齢の子供にしては高く。まだ不似合いなダイヤが取り付けられた王冠の下でニコリと微笑む姿には聡明さが感じられた。

 格闘場の罵詈雑言とは真逆の黄色い声援が連続して湧き上がると馬車に取り付けられたランプがチラチラと点滅した。馬車のすぐそば、目の前を通り過ぎる騎士団の一人がヘッドホンについたマイクを摘んだ後に俺の方を見た。

「髪の短い細身のコートを着た男。武装している。なるほど向かって左に警戒しろというのか。悪いが今連隊を崩すわけにはいかない。あの男はなぜ俺たちの右側にいるんだ?何かが起きるのならあちら側にいるべきだろう」

 三本目のラッキーアメロスタを摘んでから熱を加えた。

「いいだろう、そこのヴェイプフェンサ―。こちらに歩み寄れ。タバコを消せ」

 二吸いで路上にタバコを放り投げた。革命家と繋がりがある王子の護衛は舌打ちをした。王子たちと民衆に挟まった警官たちがはけた。王子の馬車の前方で騎士団たちと歩幅を揃えて歩く。さすがメイス軍曹手回しのタイミングが良い。

「いいか、くれぐれも王子に無礼がないように、すでに王子がおられる馬車は問題の骨董屋は通り過ぎる。狙撃手がいるとのことだな。王子の方を見ろ!」

 王子が手を振っている馬車の中央に盾を持った老兵が仁王立ちしている。彼らからは邪悪さが感じられない。昔ながらの愚直な騎士、と言ったところだろうか。

「ぎゃあ!ガスだ。黒い煙が出ている」

 爆発音や建物が壊れる音が何一つしなかった。幸福に満ちた声の中で民衆の悲痛な叫びが耳に通った。同じように声を聞いた王子の護衛たちは後方にある骨董屋の方へと警戒を向けた。骨董屋の前にいた民衆たちを覆い隠すようにインビジブルマーダーシーンが広がっている。王子は馬車を降りて二人の銃士と数人の警官を従えてゆっくりと移動した。

 目の前にいるアデル王子に見惚れている民衆たちに警官が叫んだ。

「緊急事態だ!道を開けるんだ。王子に触るな、声もかけるな。お前たちも王城方面に避難しろ!」

 王子が歩みを止めた、普段なら絶対に踏むことのない花屋の前にある敷石に入った王子がこちらを見ている。想像以上に低く透き通った声だった。

「エクソシズムインセンス。生まれ持った高体温を活かして通常数人のエクソシストが行う霊払いにおける所作を一人でこなすことができる。確か霊の妨害から身を守る香を焚く。ライトで光を灯す。銀銃で霊に攻撃をする。あの黒い霧は光を消すからその空洞があるレイピアで香を焚いて霊の影響を避け、首からかけたライトで光を灯し。左手の銀銃で戦うということになるね」

 片膝を地面についてから。レイピアの鞘を引いた後に一礼をする。

「おっしゃる通りでございます。アデル王子。突然のことではありますが。私エクソシズムインセンスのダージリン・ニルギルに霊払いの許可を」

 黒い霧はすでに馬車を覆い尽くしていた。老兵が後退りをして叫んだ。

「何をしている、王子を早く避難させるのだ!すでに二人が霧のなかに巻き込まれた」

 王子が霊体に殺されてしまった場合。この国に居場所がなくなってしまう。政治には興味がないが、失敗は許されない。

「王子、ここは私に任せて、避難を」

 王子は微動だにしなかった。目を輝かせて腕を組んだ。何を考えているんだ、この子供は。

「少し前に父が城に招き入れた占い師が言っていたよ。この国の王はただ一人。先の三十年において権利を持つ王の側にはエクソシストがいる。僕の父は僕が生まれる前からエクソシストたちを従えているからね。きっと先の王は僕ではないのさ。でも君が今ここにいるわけだ。ということは僕の側にもエクソシストがいるということになるな。ダージリン・ニルギルと言ったね。さてランプに火を灯したまえ、そしてレイピアに熱を加えて、あの黒い霧と戦ってみるがよい。僕の運命がどうなるのか確かめてみようじゃないか」

 末恐ろしい王子だ、死への恐怖が全く感じられない。まるで現在の王と自分がどちらに王に相応しいのか、その運命を試しているかのようだ。それにエクソシズムインセンスのことをよく学んでいるようだ。この戦いの勝敗はヴェイプフェンサーではなく王子にもたらされるのだ。剣も銃も持っていないにも関わらずの堂々とした佇まいに圧倒されてしまう。だが仕事の時間だ、権力のある天才児のカリスマ性に見惚れている余裕はない。

 ベルトのシガレッツケースからハーベストミントを一本引き抜いてから咥えて、指でつまみ熱を加えた。そしてレイピアの持ち手を掴んで引き抜いて構える。左手でランプの電源スイッチを押す。銀銃のあるガンホルダーに手を添える。レイピアから放出したヴェール香が王子と騎士団を飲み込もうとしていたインビジブルマーダーシーンの方鱗を払った。

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