エピソード51
向かい合ったボグトゥナとダージリン・ニルギルは睨み合った。後ろ足を蹴り上げて頭を振り回した神のトナカイの体躯は少しずつ大きくなっていた。焦点が存在しない濁った眼球が邪悪な覇気を真っ直ぐとニルに向けている。それを見たニルは咥えたタバコを王城の連絡通路にフッと捨てた。銀銃「ヒッツ」と葬送香を纏わせた拳を前に構えて意識を集中させた。狭い通路で向かい合った二つの影を電灯の瞬きが歓迎する。赤いマントのように心許ない武器で敵を待つ闘牛士と闘争心をたぎらせる野獣が動きを止めた。
何かが起きる前に直感を働かせたニルは後方にステップした。
想像通りボグトゥナは突進することなく、角を伸ばして空を薙いだ。自らを殺傷できる可能性のある人間に対して貪欲な行動をとった相手に怖気付くことなく一歩踏み込んだニルはボグトゥナの頭部に拳を打ち込んだ。
「先ほどのようにはいかないか」
ボグトゥナは怯まなかった。すぐさま角を振り回した猛獣は通路のガラスを乱暴に裂き、次の一撃を放たんとしていたエクソシストを後退させた。
神のトナカイから五メートル程の距離が開いたニルは突進を警戒した。避ける道はなさそうだ。葬送香を纏った手をヒッツの銃身に添え、狙いを定めて発砲した。
ニルは自分の持つ十字兵器の特性を理解していなかったことに気づいた。射撃の瞬間の閃光は周囲を一瞬で真っ白にした、それだけではなく体温の高いニルにもわかる程、周囲の気温が高くなっていることがわかった。
「くそ、どういう原理なんだ?なぜ光を発した?」
回避行動をするために身を屈める、光で眩んだ目を擦ったニルが捉えたぼやけたボグトゥナは背中を丸めていた。
「どうやら、生き延びたようだ」
さらに視界が鮮明になった時もまだ目の前の神のトナカイは硬直していた。
「なるほどな霊体に対しての殺傷能力は高いというわけだ、それが異次元の強さを持つ兵器としての霊体だったしても」
ジリジリとしたヒッツの銀弾の硝煙が拡散して蜃気楼のように漂う中、ニルは視界を取り戻した。体を震わせたその体を観察すると頭頂部から背中にかけて亀裂が入っていた。頭頂部と背骨を覆っている霊の肉は形を変化させているが、通常の亡者のように回復する兆しはなかった。
唸り声も悲鳴も上げることなく体を震わせるボグトゥナは生まれたての仔馬のようだった。
霊体にとって銀は肉体を破壊するウイルスのようなものなのだ。だが普通の霊体がこれほど原型を維持していることはない。高熱を纏った銀弾によって致命傷を負ったボグトゥナは再起することはない…慈悲をこめて除霊する。そう心で唱えたニルは近づいて頭部に銃口を向けた。
「悔いも残らぬほどに滅茶苦茶にされてしまったな。救うことができなくてすまなかった。天に召されよ、ハルベルク・シュベルト王」
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