エピソード19 レジスタンス「真の革命家」
ポールド東大通りの賑わいは宴のものとは違い、一年に一度しか見ることのできない王族への愛に満ちた希望が感じられた。煌めきを纏った悲鳴や嗚咽は格闘技やサーカスを見る時とも違う幸福に満ちたものでその全てが祝祭の始まりを告げていた。
窓を開け放ち周囲の様子を伺う。するとホテルの下にいた警察が叫び声を上げた。
「ホテルの窓を開けるな!王子のご尊顔を拝むのであれば下に降りてこい」
窓から下を覗くと三人の警官が銃を構えてこちらを窺っている。その時、別の警察官が警察のバッジを掲げてから三人を止めた。
「私はポールド王国軽犯罪課のメイスだ。二日前に検挙した地下のテロリスト達の残党がまだ街にいる可能性がある。探偵である彼はこの通りに面した建物にいるかもしれない狙撃手を警戒しているのだ。多めに見てくれないか」
念の為にメイス軍曹には周りの警察官に俺の身分がエクソシズムインセンスであるということを口外しないようにいってある。警察官達や周囲の民衆からは不穏な気配はなかった。この街の屋上は全面封鎖されていることもあるから狙撃手はいないだろう。だが王子を狙った襲撃があるとするのであれば警察官の中に紛れて霊払いを行えば最悪の事態を食い止めることができるかもしれない。開け放した窓から返事をした。
「構わないさ。メイス軍曹。俺は今からそちらに合流する。探偵が武器の携帯をすることを許可してくれるとありがたい」
ホテルに叫ぶ警官と返事をする男のことは誰も見ていない。メイスと警官達が顔を合わせて何かを喋っている。
「ということなのだが君たち、彼に武器の携帯を許可してくれないか」
「なんだ、探偵か。この国の人間ではないな。狙撃手か…上からの報告はないが。私たちと行動を共にするのであれば良いだろう。わかったさっさと降りてこい」
「感謝する。では荷物をまとめるとしよう」
ガス灯と手持燭台の光が入り混じる大通りの歩道と道路の間にいる民衆達は皆安い布で作った偽物のローブを身につけていた。女も男もタンポポやパンジー、クロッカスの花をカゴいっぱいに抱えて微笑む王子を祝福するために用意していた。
リュックを背負ったニルの姿を近くで見た警察官達が眉間に皺を寄せている。
「なんだそのチューブに繋がれたレイピアは。銃は使い込んでいるようだな。探偵というよりは山を越える異端の旅人に見えるな。確かヴェイプフェンサー、だったか。狙撃銃は持っていないのか。なんか怪しいな」
握手を交わした後にメイス軍曹は警察官達を遠ざけた。
「君たちは持ち場に戻ってくれ。気にすることはない、ニル殿がヴェイプフェンサーだからといって彼らは逮捕したりしないさ」
「ところでニル殿。墓場にいた看守の無線好きの男を知っているかね。いや、彼と俺は知り合いでね」
「ベルバトール・ユーズか。それがどうしたというのだ」
王城方面、ポールド東大通りの奥から祝砲が放たれた。通りの民衆から大きな歓声が上がった。そのざわめきは国中から上がっているようだ。地面が震えると共に街から上空へと夜間パレードのための大型の電気ランプの光が差し込んだ。メイス軍曹はニルの耳元に囁きかけた。
「俺たちは「真の革命家」と呼ばれるお方の下で活動しているチームのメンバーだ。もちろん仕事をしながら休日にこの国が本来あるべき姿を取り戻すために、とある場所で会議をしている。行方不明になった死者の声を聞いた君に頼みがある。君のいう通りだった。ついさっき地下街の住民達は何かの訓練を受けるためにキリシテ聖杯堂の隠し部屋に監禁されていたという情報をつかんだ」
「俺たちはこの国のエクソシスト達の悪行をラジオや新聞とは別のやり方で民衆に知らせようと思っている。こちらには君が持っていた小型の蓄音機とは比べ物にならない性能を持ったレコーダーがある。いくつかの証拠は掴んでいるのだが。エクソシスト達が霊を利用して生誕祭で王子暗殺を企んでいるという君の推理。それが本当で君が王子を守ることができたなら、真の革命家のボスであるウォント・ハインリッヒにあってみないか?もちろん霊払いに必要な道具もタバコも金も用意することができる。我々のレジスタンスのメンバーの一人が王子の護衛を任されているのだが何か伝えたいことはあるか?」
メイス軍曹と無線好きの男ベルバトール・ユーズがこの国に潜んでいる反乱因子だったとは思いもしなかった。加えてウォント・ハインリッヒというボスの名前をこちらに提示してくるときたものだ。ここ数日間見てきたメイスの表情の陰鬱さには二つの意味があった。一つは純粋な罪悪感。もう一つは警察のふりをしてレジスタンスの仕事をしていることから催す緊張感だ。
「そうだな、悪くない話だがリスクもある。何かしらの霊害がアデル王子を襲ったとする。それを俺が解決した場合。俺はアデル王子に別件で依頼を受けるかもしれない。その場合は君たちの実情を知った上で王族と関わるのかもしれないのだぞ」
街の歓声を不快な響きのサイレンがかき消した。すっかり日の暮れたポールド城の上空に花火が打ち上がった。パンジーのような紫と黄色の花火には赤色が足りていない。人にも運にも恵まれていると思っていたがメイス軍曹と無線の男によってとんだ面倒ごとが転がり込んできた。ニコリと口角を上げたメイス軍曹の笑顔に花火の光が差し込むと顔の半分が影に隠れた。
「フン、私たちは王子のための革命を起こそうとしているのだ。君が王子と接点を持ちキリシテのエクソシストたちの陰謀を暴く。こちらとしてはそれの方がベストなのだよ。利害も一致したということだ、とある占い師の女がこちらの組織にいるのだが」
占い師の女?どこかで聞いたような。まさか俺の師が言っていたベルリの占星術師のことではないだろうな。その女はベルリの戦争でもジャーマネシアの王達に運命の宣告をしたと聞いている。
「占いね。未来予知の観測上にある運命は信じない主義なのだが。その女が何かを言っていたのか?まさか俺がこの国に来ることを予期していてペンダントでも授けるとでも?」
「ううん、惜しいな。未来予知の内容そのものが運命ではないのかね」
「全くもって違うな。日々の積み重ねや行いがもたらす現在が運命の姿だ」
「へえ。まあいいさ。占い師の女からヴェイプフェンサーのニル殿にこれを授けるとのことだ」
一見するとメイス軍曹が大きな荷物を抱えているわけでもない。となると小さなものなのだろうか。一体なんだ?
「このガムさ、唐辛子とロシナのウィスク酒、そしてヴェール香を織り交ぜたチューインガムに占い師のおまじないがこもっているとのことだ。占い師によるとこのガムを口にするべき日は今日ではないのでくれぐれも焦って使ってはいけないとのことだ」
たった一枚の板ガムの包装紙の隙間からは強烈な唐辛子の匂いが漂っていた。国政と深い繋がりのあるエクソシスト、それに反逆せんとするレジスタンス。死神のように戦地に現れる占い師。この国にはやたらとクセのある奴が多い。おそらくこの板ガムは高体温に耐久できるエクソシズムインセンスしか口にすることができないものだ。
「ロシナのウィスク酒ね。どこで手に入れたんだ?わかったありがたくいただくよ。わかった、君たちはこの国を統べるのに相応しいのはアデル王子だと考えているわけだ。仕方があるまい、緊急時の無線ダイヤルを教えてくれ」
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