エピソード18 ポールド王とキリシテ支部長
馬車の中が暗くなった。王城から届く松明とランプの光が弱くなり城門前の扉が閉まる。王子生誕祭のパレードが始まる。六人乗り屋根付きの馬車は王城からも街からも隔離された聖域だ。最初は気味の悪かったキリシテのエクソシスト達も今では立派な護衛となった。私は何度となく彼らに命を救われてきた。
「ところでロバート。アデルを護衛している騎士は誰だったか、思い出せない。精鋭騎士団たちは哀れな我が弟、亡霊となったセリエールと好戦することができるとは思わないのかね?」
「閣下、ご安心ください、アデル王子を護衛しているのは第一線を退いた老兵『盾持ちのアンデルセン』とその弟子の三人。それ以外は戦争を知らない銃を持っているだけの木偶でございます」
「そうか、だが何か嫌な予感がするのだ。十年前はセリエールが奴の意思で暗殺者を使役し、息子を殺そうとした。その時私は息子を愛していたのだ。だからセリエールのことは容赦なく消した。だがここ数年でまるで賢者のような知性に目覚めたあの子が邪魔で仕方がなくなった。それも今日で終わりだ。十年前に我が子を殺そうとしていたセリエールの霊体がこのパレードで降霊召喚される。なぜアデルは私ではなく母に似てしまったのか。セリエールの亡骸を教会の冷凍室に収めていて正解だった。アデルの母は海に送られている。ミストリナは霊にはならないのだろう」
「その通りでございます。万が一にもミストリナの霊が王子を守ることなど有り得ませぬ。セリエールの降霊召喚の実験は半年をかけて入念に準備いたしました。我々が人為的な発霊を促した霊体は世界でも珍しい凶悪なものとなっております。セリエールだった変異型怨念霊『シャドウマター』の放つインビジブルマーダーシーンによって彼と瓜二つの姿をした霊体を周囲から隠します。街の民衆はおろか、騎士団達は憤怒に取り憑かれたセリエールの姿を見ることなく息たえるでしょう。アデル王子も苦しむことなく天国へ行かれることになります。王子は確かに賢い、これまでも暗殺には失敗してきたのは確かでございます。ですがこの国には我々以外にエクソシストがおりませぬ。アデル王子のそばにいる密偵の男も王子達がエクソシストとの接触を試みた様子はないといっておりました」
忌々しい。ロバートにインビジブルマーダーシーン(見えない殺害現場)の実態を聞いた時にはエクソシストたちをこの国から追放するかどうか迷いがあった。だがこの国の王権と平和を長く保つために私はロバートの提案を飲んだ。霊が問題を起こし、それをキリシテのエクソシスト達が解決する。そうすれば必要以上に国家に反逆するものは現れない。国民の平和も守られる。街で起きる霊害はあえて放置することで霊の存在を身近に感じてもらえばいざという時にエクソシスト達が仕事をして国とキリシテの威厳を保つことができる。
「それは前にも聞いた。ほらあのことを覚えているだろう。巨大な霊体に叩き潰されたベルリの田舎から来訪した占い師がいたじゃないか。あの老婆がいっていたではないか。将来、この国の王は必ず一人しか残らないだと。なんと腹立たしいことか」
五十を過ぎたキリシテの長の表情は何一つ動かない。青い眼に美しい鼻筋。ブロンドの髪は長く艶やかだ。ルミナール・ロバ―トは他の司祭とは比べ物にならないほどの若さを維持していた。他の宣教師達とは違いキリシテ上層部の司祭達は洗練された衣服を身に纏っている。全身を覆った鎖帷子の上に黒のローブを纏い。馬車の中とはいえ十字架をかたどった剣を胸の前に掲げている。彼らは神を信じる神父とは程遠い戦闘民族の気配を漂わせていた。我が子を手にかける選択を選んだ不安な面持ちの王に語りかけた。
「最後に残る王は、あなた一人でございます。王子の取り巻きやこの国の警察、騎士や暗殺者ですらも愚かさゆえに強い悔恨をもつセリエールの憤怒には敵いません。さあ門が開きます。にこやかに朗らかに国民に笑いかけてください。閣下こそが真のポールド国王なのです」
ロバートの隣にいる男が馬車座席の間に取り付けられた無線のダイヤルを回した。
「内線を繋ぐのもこれが最後だ。十分後にシャドウマターをポールド東通りにて放て。いいか王子が通り過ぎてから事を起こすのだぞ。失敗は許されないぞ。貴様たちはシャドウマターが街で暴れ出す前に現場を離れろ。黒い霧に巻き込まれた場合の命は保証しない。報酬が欲しければ東大通りから三ブロック離れたマンホールを通って地下街にもぐれ。半年は出てくるな。くれぐれも新聞記者と警察とは関わるんじゃないぞ。肝に銘じておけ」
「おいロドリス、閣下の前で汚い話をするな。その男たちはいずれ消すのだから霊に殺されても良いではないか」
ロドリスと呼ばれた痩せほそった男は無線の受話器をそっと本体に引っ掛けた。
「ハッ。ロバート様、しかし警察組織の人間の話によると『真の革命家』と呼ばれる連中が町中の無線の傍受を行なっているとの報告が上がってきております。霊体を放出するための降霊の合図を送るのは今しかなく…」
顔色ひとつ変えないロバートと比べると部下たちは人間味があった。
「いいではないか。ロバート。この国にも亜細亜の小型蓄音機らや外国の無線機がいくつも流れてきていると聞いている。誰からも期待されていないどころか存在しているかどうかも怪しい真の革命家や毎年同じ時期にあるテロリストの検挙を不審に思っている警察職員もいるかもしれない。とにかく今日、我が息子アデルが死ぬ。そうすればアデルが私に言った、先の世界大戦に備えての他国との国際条約の制定。ポールドが平和を維持するために鎖国を敷いてきたにも関わらずに十歳の子供が生意気なことを。あの若き獅子はキリシテの政治介入すらも必要がないと言ったのだぞ。確実に殺すためには私はなんでもする!他国と馴れ合いなどしてみろ。ジャーマネシアのように国の一部を失うことになるぞ!」
「閣下。パレードが始まります。ヴェールの線香を焚きます。気持ちを落ち着けてください。この国の王はあなた一人です」
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