エピソード11 サキュバス1-3

カモフレグランス(死香)を焚いているとはいえエクソシストの声はサキュバスに届いてしまう。生前モナだったサキュバスの誘惑で看守の若者三人がドアの鍵を開けた方が良いかもしれない。このまま誘惑によって洗脳されている三人の赴くままにさせるべきだ。サキュバスは人の形をしているが霊的欲求が強く動物や特定の人物に恨みを抱いた霊体よりはるかに戦闘能力が高い。

 主にエクシストが退治する霊は三パターンに分けられる。

 ① 動物霊(アニマル)

 動物霊は一体を構成する同類の動物たちの数が多ければ多いほど危険だ。だが元が人間ではなかったこともあり知能が低い。臭いが強くどこにいるのかが分かり易いためレイピアと銀弾での攻撃も容易だ。

 判例の一部

 タウロススピリット。牛霊の集合体。二足歩行。神話に登場するミノタウロスとは違い武器は持たない。体長は三メートルほど。人間が食べるために育てられた牛が生前虐待を受けていた場合。あるいは熊やオオカミなどに襲われた時などに発霊する場合がある。

 チキンウルフ。鶏や鳥類の霊。体調は二メートル弱。牛の霊と同じように人間に虐待を受けるかあるいは酷い扱いを受けて死んだ場合に発霊する。エクソシストの教典によると霊体が集まって発霊するのには五年から十年の期間を要するとされている。頭部は鳥類だがさまざまな品種が混在した状態になる。タウロスとは違い狼男(ムーンウルフ)のように腕と足が長く前と後ろ足の湾曲した鉤爪が非常に長くエクソシストや野営している騎士団に対して非常に好戦的だ。ヨーロン地方で最も人的被害が多い霊体で騎士たちはチキンウルフとの戦闘訓練をしているほどだ。

 ② 怨念霊。(ゴースト)

 怨念霊は特定の個人に恨みを抱いている。怨念霊の霊害は主に街中の路地裏や家屋の中。昼間は人が多い場所の物陰に隠れて復讐の機会を伺っている。主にダージリン・ニルギルの生活の糧は怨念霊を成仏させることだ。ゴーストは攻撃性を持たない一方で出現するタイミングがわからないことが多い。霊害を起こした動機や生前抱えていたトラブルを調査する必要がある。時には除霊を依頼した人間に問題がある場合があるからだ。調査後に霊が出現する場所を特定して成仏させる。

 決まりきったテンプレートはない。ゴーストの姿や特徴はその都度違う。

 ③ 変質型怨念霊(サイコスピリット)

 変質型怨念霊は生前の歪んだ性癖や罪悪感を伴う犯罪(生前に犯罪が発覚するこ

 なく上手く立ち回ることで警察などに捕まっていない。あるいは身の回りの人間に悟られることなく寿命を終えるまで殺人や嫌がらせを行なっていた人物)

 判例はないが、サキュバスやサタン、バフォメット。ムーンウルフ。ヴァンパイア、ベルゼブブ。キリシテ教や童話、神話などの架空の物語に登場する神や悪魔などが霊体の分類名にあてがわれている。攻撃性が高いため基本的には銀弾での消滅を狙う。

 手のひらをまっすぐと掲げて無線の男に合図を送る。銀弾を打った場合サキュバスだけでなくガラスの前にいる看守たちを誤射してしまう可能性がある。サキュバスは頚部に牙があるはずだ。目を見開いた無線の男は頷くと腕を組んで三歩ほど下がった。

 捕食するか性交をするタイミングでモナ・バートンの名前を呼ぶプランをとる。

 通常サイコスピリットは霊になった後、殺人を行なっている最中に自分の名前を呼ばれることを嫌う。死後の世界では生前の自分を知っているものはいない。だがエクソシストは独自の調査や警察からの情報。依頼人への聴取によってそれを明らかにしてから霊払いを行って霊払いに臨む。霊が新たな被害を出す状況であり刻一刻をあらそう場合でも霊の攻撃対象を強制的にエクソシストに向けることができる。

 管理事務所にいる看守たちが銃の射線からそれたタイミングでサキュバスを消滅させる。それが難しい場合はモナ・バートンの名前を呼んで交戦する。レイピアのカートリッジ挿入口からカモフラグランスのカートリッジを引き抜いた。そしてヴェール香を差した。カモフラグランスの効果はあと数分持つはずだ。

「うぅーん」

 サキュバスが吐息まじりに喘ぎ声を発している。まだ事に及んでいないにも関わらず誘惑をするために浮遊している体をくねらせた。空中で体を捻る度に胸や尻が波打っている。

 回転したサキュバスの端正な顔立ちが見えた時に喉元に十字架の霊紋(刺青)が見えた。首が腫れて死んだ女の霊体、その喉にある十字架の霊紋…十年前に処刑されたテロリストのスコット・ハンセンは警察の調べによるとキリシテ教に何かしらの恨みを抱いていた。

 窓の向こう側にいた看守たちは魂の抜けた表情で墓地へと続く入り口のドアへ向かった。錯乱状態の彼らが鍵を開けることはできるようだ。鎖を外して鍵を開ける動作には震えや迷いがなかった。

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