アデルとニル
ミストリナ王貴妃の部屋の外を出ると、通路はなく日光に満ちた回廊があり階段があった。日差しに包まれた階段は灯台を思わせた。隔離された部屋のようにも見える。ニルには言わなければいけないことがあった。それは予感や未来予知ではなく現状、聴取するべきことだった。
「アデル王子、あなたはこの国の外に本当の父親がいるのではないのですか?」
アデルの方を見やったが、こちらを向くことなかった。
「父は知らなかった。うん、僕と母以外の人間は知らないのだ」
父であるハルベルクにエクソシストの素質があるようには見えなかった。だからそのことは言わずにいた。それにアデルがルミナール・ロバートの子供とも思えなかった。
「僕はどうやら隣国のエクソシストと母の間に生まれたらしい。母が直接言ったわけではなかった。自分で調べたのさ。この部屋にも何度も来た。今でも夢を見るんだ。未来予知とは別の感覚さ」
「それは、愛のある感覚ですか?」
空を見上げたアデルの表情が曇った。やはりそんな生やさしいものではないようだ。
「残念ながら。本当の父は、もう一人の父と似たものになったようだ、少なくともトナカイではないが、多分人ではない。エクソシストとしての極致、さらにそれを超えて化け物になったようだ」
未来予知と悪夢は父の影響だった。それがアデルを苦しめてきた。ある意味ではアデル王子を護っている力だ。人の中にある見えない脅威だけは察したり感じたりすることはできない。ニルは自分に足りないものを感じていた。
「その影響が、ルミナール・ロバートをこの国に引き寄せたのかも知れないな。まだ気は抜けない。この先、ニルのような人間と巡り会うことがあることもないな」
「この先ずっとさ、本当の父の呪縛と引力からは逃れられない。未来予知も悪夢も運命も呪いさ。だから拾った命を有効活用するよ。ニル、僕の師匠を探してくれないか?」
「私ではなく、別の師を探すのですか?」
アデルはクスクスと無邪気に笑った。
「ダージリン・ニルギル。君のことを必要としている人が多くいるはずだ。それは君がよくわかっているのではないか?この国で僕にレイピアを教えるつもりかい?」
「まあ未来が見えるあなたがそういうのであればそうでしょう。ですが」
「本当は僕は王にふさわしくない。なぜなら自分の命が続くこと、それそのものがこの国を獲ることだったからさ。なんであれ勝ったのさ。ポールドは僕のものになった。支配したかったわけじゃない。生き延びたかったのさ。それにニル、君とは違って僕は武器に魅力を感じないな。そうだなシンパシーを感じる何かが別にありそうだ」
「その未来は見えないのですか?」
「残念だよ。僕が見ている未来は絶望そのものだ。どうやら国や組織、人々との相性は良くないようだ」
だが一度未来を変えることができたのなら、と考えているのだろうか。優しい人間であることは間違いない。少なくとも今は。
「ニル、僕の未来をもう一度変えてほしい。多分君は、別の場所にいる僕の本当の父に会うことになる、何かを見つけてくれないか。僕は自分が思っている以上に恐ろしい力に目覚める。まあ気長に君を待つし、努力を惜しまないつもりだ」
アデルの実父と会うことはどうやら確実で、その未来で何かを見つけろと。
「ただ見るだけでは見えない何かということですね。わかりました。では行きましょう。遠くで閣下を待つ賑わいが聞こえます。かなり遠いですが、もうあなたしか王になれない。アンデルセン殿に迷惑をかけないように急ぎましょう」
ケラケラと笑うアデルはまだ子供のままだった。
「単純というよりは真っ直ぐなやつだな。僕の見た未来の話を本当に信じているのか?これから僕は王の仕事をしっかりやらないとな」
「そうですね、先日死んだ師匠の声を聞きました。不思議な話ですがこのライフルも師匠に授かった。多分エクソシストにはそれくらいの力はある。あなたが街で霊の痕跡を見たときに素質があることがわかった。未知の力についてもこれから学んでいかなければならない。それに私自身も探しているものがある」
ニルの心の中に言葉が浮かんだ。アデルに顔を向けた時、目が合った。王とエクソシストがこの時真に心を通わせた瞬間だった。
「全てが試練の一つでしかない。だから前に進むしかないでしょう」
「全てが試練の一つ、か。素晴らしい。覚えておくぞ!ダージリン・ニルギル!」
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