エピソード39

「調査報告の録音を開始する。今取り扱っている案件についてまずおさらいをしたいところではあるのだが、どうにも時間がない」

 墓地の事務所の奥にある休憩所は通路から窪んだ構造になっている。扉は簡単に開いた。ストーナー・クレセントが目を輝かせている。彼女はどうやら俺がルミナール・ロバートに勝つことが確実だと思っているようだ。占い師に加えて俺に呪いを施した師匠とは違う別の未来を思い描いているのだろうか。録音ボタンを押したままにした。

「いってらっしゃい、ニル!ああそうだ、アデル王子から無線を預かっているわ。必要でしょ」

「そうだな。助かる」

 墓地の入り口での戦闘後にアデルぼっちゃまと会話することはできなかった。ちょうど良いタイミングだ。俺はこの国を変えようなどとは思ってはいない。ロバート司教に八つ裂きにされる可能性だってある。だがこの無線で話すことは決まっているだろう。彼は幼い少年だが、れっきとした依頼人だ。報告には決して嘘があってはならない。ハイデル・モールスが無線で飛ばしてきた敵との会話の中で王は拷問を受けるという節の言葉があった。王の命の保障はできない。現状を鑑みると王の救出作戦などといった器用なことが叶う状況ではない。相手の数は多いことに加えて十字兵器を持った強者だらけだ。ロバート司教を含めて四人との交戦は避けられない。ルミナール・ロバートが小型のボグトゥナを完成させてしまった場合はアデル王子の生存を優先する必要がある。王子がいなくなるかあるいは王子がボグトゥナの巨大化を促す起爆剤として利用されるのが最も危険な要素になるはずだ。そのことを報告に加えるかは会話の中身次第と言ったところだろうか。

「ザザー、ブツッ。こちらアンデルセン」

「噂をすればね、どうぞニル」

 華奢なストーナーの手から小型の無線機を受け取った。携帯型の無線機はシャーシとスピーカー、不恰好な太いアンテナでさえ真っ黒だった。

「おお、ニル。ストーナーに話を聞いたよ。ハルベルク王が拷問されるとのことだったが、実際はどうなのか?」

「間違いない。直感としか言いようがないのだが。いや直感を覚えているのはアデル王子なのかもしれない。すぐに代わってくれ」

「わかったよ。お前が死んだ時のために王子がポールドから脱出するプランもある。だからアデル王子の依頼はきっちりとこなしてくれよ。レジスタンスの連中に協力を仰いで国から脱出する手筈も整った。意地でもアデル様の命を守る」

「依頼の報酬がもらえるかどうかは生きるか死ぬかというわけだ。わかりやすくていいじゃないか。何、言われなくても必死でやるさ」

 ゴソゴソとした音が黒いスピーカーから響いた。陽が落ちた墓地の事務所は静まり返っていた。

「ダージリン・ニルギル。直感と言ったな。お前のいう通りだ。今からしばらく経たぬ内に僕と父のどちらかが死んでしまうだろう。今僕は少しばかり熱があるんだ。どうやらこれは風邪だとかウイルスの影響ではないようだ」

「なんだと!アデル様に熱がある。誰か医者を呼べ!」

「黙れアンデルセン!今僕はニルと大事な話をしているんだ!」

「頼む、ニル。僕は王が何者であるかを父さんから学んでいないのだ。ルミナール・ロバートに洗脳されているとはいえ。ポールドの王は私の父であることに変わりはないのだよ。まだ教えて欲しいことがたくさんあるんだ。父が生き残ることができたのなら報酬は倍で払う」

 王の生存は保証できないとはいえない状況だな。なかなかに気高いぼっちゃまだ。今までにない覇気を帯びているのが無線越しでもわかる。きっと生き残るのはアデルだ。余計なおしゃべりは言い訳にしかならないだろう。

「最善を尽くします」

「ストーナーに地図を渡しておいた。部下が持っていた古いものだがこの国の城は改装をすることなどないからきっと正しい道を示してくれるはずだ」

「感謝します。聞きたいことがあるのですが、例の占い師が今どこにいるのかわかる人間は王子の近くにいますか?」

「うん…占い師?そうだニルは知らないのか…あの婆様は昨日、姿を消したとのことだ。そのことは国中の人が知っているのだけど調べていなかったのかい?」

 ユーズから唐辛子とロシナのウィスク酒を混ぜたガムを受け取った当日に行方をくらましたのか。死神の占い師がこの国に存在していたのは確かだ。これから先の占いをしてもらいたいところだったのだが。

「なるほど、わかりました。では仕事を始めます」

「あ!無線を切らないでニル!どうやらその占い師が伝言を残しているようだ!」

「ドオン!」

「ブチッ」

 衝撃音が響くと同時に墓地の事務所が揺れた。激しい揺れに呼応するかのように電球が電滅した。事務所のテーブルや椅子、食器や掃除用具がガタガタと動いている。かなり激しい爆発だ。まさかもうボグトゥナが完成したのか。

「な、何?まさか、昨日テロが起きた時みたいにルミナール・ロバートが変な霊を生み出したの?ニル」

 あともう少しで占い師の伝言を受け取れそうだったのだが仕方がない。ハイデル・モールスの姿を見たことはない、だがきっと彼は彼の仕事を終えたのだろう。無線のダイヤルを素早く回したが思った通りどのチャンネルにも反応はないようだ。

「それは違うな、ストーナー。無線が繋がらない。無線を中継する電波塔管理室に向かったハイデルとクラロウと呼ばれるエクソシストが交戦したようだ。爆弾を持ったエクソシストはまだ生きているかもしれない。だがこの国の警察や騎士たちは電波塔周辺に集まるだろう。今がチャンスだ」

「王城の電波塔?城下町と城壁の間に少しだけ飛び出た針みたいなのがあるのは知っているけど」

「ということは電波塔は程よく遠い地域にあるようだな。それは都合が良いな」

 墓地のある谷間にギシギシと軋む音が響いた。先ほどより強い揺れが墓地を襲った。その影響で幾つかの電灯は消えてしまっていた。墓地の管理事務所の棚やテーブルが傾いていく。狼の遠吠えと軋む金属が混じり合ったような咆哮が空間を埋め尽くしていた。墓地の事務所で微動だにせず立ち尽くすニルの精神に鮮明な映像が浮かび上がった。あるがままに目を瞑ったニルの脳内で再生されたのは変わり果てた故郷、南ベルリ戦線が崩壊する瞬間だった。

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