第43話 個性と他性

「で、黒服と。何考えてんだあんたは」


 黒シャツ、黒ズボン、濃いサングラス。そして黒帽子と関係者を示す黒色のカードホルダー。

 嬢ヶ崎が用意したスタッフの制服は、見るからに黒黒黒な装いだった。


 正直、違和感がすさまじくてどうしても顔が引きつってしまう。

 これを着こなせるのは、ゲームでメインを張れるレベルで顔がいい奴らだけだ。俺みたいなモブには文字通り『身に余る』装束である。


「んーんー似合ってる似合ってる。個展のオーナーとして鼻が高い」


 そんな無責任なことをのたまいながら、嬢ヶ崎は煽るように俺の周囲をぐるっと回る。

 ちなみに、なぜか嬢ヶ崎も俺達と同じ服装に着替えている。本人曰く「そっちの方が面白そうだから」だそうだ。改めて言おう、何考えてんだあんたは。


 不機嫌なまなざしをしきりに向けてくる九坂から全力で目をそらしながら、俺は雇用主に物申す。


「一応聞いておくが、本当にこれで目立たないんだよな。大丈夫なんだよな」

「もちろん。私の個展のスタッフには全員黒ずくめになってもらっている。なにせこの個展のテーマは『個性と他性』だからね。スタッフには自分の個性できるだけ消してほしいのさ」

「「『個性と他性』?」」


 俺と九坂の声がハモる。

 個性ってのはまだわかる。だがってのはなんだ?


「ああ、他性ってのは私の造語だよ。個性の反対の事さ」

「……?」

「人はよく個性って言葉を使うけれど、その個性は一体何をもっての個性なのか。他者から、もしくは外界から影響を受けまくっているこの社会で、自分の個性を声高らかに謳うにはどうすればいいのか。それを私の作品を通じて入場者に考えてほしいのさ」


 ふ……む。俺にとっては俺以外の全員が個性の塊みたいな世界だが、案外本人たちは自分の事を無個性だと評価しているらしい。いや、むしろ全員が個性の塊みたいな世界だからこそ、他者の個性からなる影響を強く受けていると感じるのかもしれない。


「もちろん、それには神薙クン達も含まれる。スタッフとして働くのはもちろんだが、私の作品を見てどう感じたかもちゃんと考えてくれると嬉しい」

「そうは言われても……」


 九坂が言い淀む。そりゃそうだ、ストーカーをしていたはずがいつの間にか労働と芸術鑑賞の時間になっている。どう転んだらこんなことになるんだろうか。


 だが、そんな俺達の様子もどこ吹く風。嬢ヶ崎は軽い足取りで中へと向かっていった。


「大丈夫さ、不安に思う事はないよ。それも含めて『個性』、もしくは『他性』なのだから」


 *****


 そんなこんなで半ば無理やり連れてこられた俺達だったが、結論から言うと嬢ヶ崎の個展はわりかし特殊なものだった。


 まず初めに、この個展に飾られている作品は全て『抽象画』である。

 おそらくこうであろう、と感覚器官に訴えかけては来るが、それが何であるかを確実に断言する事はできない。

『形』だけを抽出して、『色』をのせて描いた作品。それがこの個展に展示されている絵だ。


 題名もない。説明書きもない。ただ、鑑賞者がそこに『ある』と感じるのみである。


「これでどう思うってのがテーマか? 正直感想に困るぞ」

「何も難しく考えなくてもいい。要はこの絵を見て、ふと気づいたり心に抱いたことをそのまま話してほしいのさ」


 俺達の言葉に嬢ヶ崎はそう返すと、まるで絵本を読み聞かせるように優し気な声音で説明を始めた。


「君達にも経験があるだろう?『あ、これ綺麗だな』とか、『この景色を誰かと見に行きたいな』だとか。動機や理由なんてなくてもいい、そういう何気ない感情や思いこそが芸術にとって一番重要なのさ」

「………。????」

「すみませんオーナー。九坂の脳みそが理解を拒んでいます」

「うぅ……難しい絵ばっか……」

「ああ、すまない。つまりはこう言いたいのさ。『芸術は言語じゃないからこそ成り立つ』と」

「??????」


 九坂がさらに混乱する。まぁ、ゲーム内でも、デートでコイツを美術館に連れて行くのはバッドチョイスだったからな。芸術ステータスもヒロインの中で最低値だし、理解するのは土台無理な話だろう。


「彼女さんはどうも芸術には疎いみたいだけど、神薙クンはどう思う?」

「そう……だな」


 話をふられ、俺はふと一番近くにあった作品を観る。

 抽象画ゆえに、当然ながら何の作品なのかはわからない。ただ、その絵から伝わるのは『強い』というイメージだけだ。

 迫力……と言うよりかは暴力的で冒涜的。だが、その暴力性にひとまつの悲しさを感じてしまう。


 頑張って言葉にしてもよく理解できないが、強いて所感をそのままに話すなら


「これ、本当にお前の作品か?」

「ん?というと?」

「盗作ってことはないんだろうけどよ。なんだろうな、少なくとも、お前が描いたって納得できない。もっとなんかこう……誰かが書いた作品を、嬢ヶ崎なりにって感じの作品に見える」


 どうも、俺の知っている嬢ヶ崎のキャラとはように見えるのだ。少なくとも、ゲーム内の彼女は人を罠に嵌めて愉悦を楽しむタイプの人間で、決して暴力性を表に出すような性格じゃない。特に芸術に対しては真摯な態度をとっているので、こうした作品は描かないと思う。


 俺の言葉に嬢ヶ崎が目を見開く。まるで豆鉄砲を食らった鳩のように。


「えーと。なるほど、なるほど。それは、結構。いや、うん」


 しかし、しばらく俺の言葉を咀嚼したあと、嬢ヶ崎は嬉しそうに顔をゆがめて笑った。


「前もそうだったけど、君はずいぶんと刺激的な意見を出してくれるね。ハラハラするよ」

「……え?」

「ま、そういう捉え方もあるだろうさ。さて、では次に行ってみようか」


 酷く上機嫌になった嬢ヶ崎が手招きをする。

 どうしたらいいかわからず、なんとなく九坂に視線を送るも、「変な子には盾突かない。これ重要」とでも言いたげに首を振られた。解せぬ。


 そのまま、嬢ヶ崎の後を追って次の展示物へと移動する。

 ……と


「あっ」


 まず先に反応したのは九坂だった。

 それも当然だろう。何せ、幼馴染が呆然と一枚の絵を見つめているのだから。彼女が気づかないわけがない。


 バレちゃいけない。俺達二人はすぐさま帽子を深く被り、目元を隠す。


「確か、神薙クン達はあの人を追ってるんだよね」

「まぁ、そんな感じだな。絶賛追跡中だ」

「ふぅん────────」


 嬢ヶ崎は目を細めると意味ありげに俺の瞳を覗く。


「……『彼女さんに機嫌を損ねられると困る』」

「なッ……!」

「長く話したおかげで神薙クンの考えていることが少し分かるようになってきた。もし私の読み通りなら、君は彼女さんに対して友情ではないなにか…………おそらく損得勘定で協力している。違うかい?」


 嬢ヶ崎の追及に、俺は内心で舌を巻く。


「どうしてそう思うんだ?」

「君が君自身にする配慮と彼女さんにする配慮が違うからさ。誰にも影響されないであろう神薙クンが、なぜ彼女さんにだけは気を使うのか。それは彼女……いや、この場合は彼女じゃない。追っているのことを意識しているから、そしてそこには君が『損をする』何かがあるからに他ならない。そうだろう?」

「……それはちが」

「『違わない。だって彼には幸せになってもらわなきゃならないのだから』」

「!?」

「そんなところだね、着地点としては」


 俺の思考を先読みした嬢ヶ崎が、俺の声真似で言葉を遮って言った。

 推理というにはあまりにも発想が飛躍し過ぎている。しかし、なのに嬢ヶ崎はこの世界の誰よりも俺の思考を理解していた。


(まずい。情報を与え過ぎた)


 その事に俺は言葉を失う。

 そして、そんな俺の反応を見て、嬢ヶ崎はさらに口角を歪ませてに笑った。


「君がそこまでして執着する彼……。うん、実に興味深い。気になるね」

「おいやめろ。それは本当にシャレになんねぇんだ」

「ふふふふ。そんな反応が見れるだけでも大収穫だよ。彼はさぞかし人なんだろうね」


 嬢ヶ崎の視線が一之宮をとらえる。その表情が好奇心に塗りつぶされるのを見て、俺は猛烈に嫌な予感に襲われた。


 よくよく考えてみれば、この状況は俺にとって最も避けるべき展開じゃないか。


 一之宮が近くにいて、嬢ヶ崎が近くにいて、その気になれば二人がすぐ知り合える距離にいる。

 そして俺は九坂に協力している都合上、一之宮の前に出るわけにはいかない。すなわち、嬢ヶ崎が何をしたって止められない!


「バカッ、本当にっ……!」

「安心してよ、ちょっと世間話をするだけだからさ」


 俺の伸ばす手をするりと抜け城ケ崎は足早に一之宮のところへ向かい────────そして。


「────そこのお兄さん。形と色だけの落書きなんか見て、一体何を思っているんだい?」


 どこかで聞いたことあるようなフレーズを不遜な態度で吐く。

 こうして、とるに足らない存在だったはずの少女は、あっという間に俺を狂わせるジョーカーへと変貌した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る