第18話 勝ってメンポを確かめよ
目を開けると、まず見えたのは保健室の天井だった。
体を起こして、周囲を確認。
右方、異常ナーシ。左方、異常ナーシ。中央、依然として異常ナーシ。身体、シラユキがかけた呪いも解除されて異常ナーシ。
…………つまり
「ビバ! 縁切り成功!」
よっしゃ! 赤嶺カズサ攻略! 第一章、完!
いやー、素晴らしいチャート攻略でしたね。突然発生した特殊敗北をごり押しでリカバリーする。神薙シンラ選手、見事なファインプレーでした。自分で自分を褒めたいと思いますよ。ええ。
さて、冗談はさておき。無様で華麗な散り際を見せたことで、俺に対する赤嶺の執着は消えたと判断していいだろう。あとはケガを治して何事もなかったかのように教室に戻るだけだ。その時にはすでに赤嶺と俺はただのクラスメイトの関係になっているはず。
「さぁ、さっさとシラユキに報告だ」
ベッドから降り立ち、カーテンをスライドさせる。
シャッ。
「あの、シンラ。ちょっと言いたいことが────────」
「…………ちょっとタンマ」
ちょっと幻覚が見えた気がしたのでカーテンをそっと閉め、ベッドに深く腰掛ける。
…………ああ、わかってる。わかっているが、改めて確認しよう。
俺は確かにラスボス戦を終えたはずだ。呪いを背負い、なおかつ多くの苦難を乗り越え、その上で修羅相手に大立ち回りをして
だがしかし、なぜだ。なぜだろう。なぜだろうか。
非常に不可解な話なのだが、カーテンの向こう側にラスボスさんがいらっしゃる。
全滅したので宿屋のセーブポイントで復活したはずなのに、その宿屋の前で俺を倒したラスボスさんがスタンバっている。呪いも解けてHPとMPが全回復した俺を潰さんと出待ちしている。
……待て待て待て。おかしいだろ。イベントとか仕様とか通り越して、もはや一種のバグだ。致命的すぎるぞ。
「落ち着け、神薙シンラ。お前はいつだって冷静沈着だっただろ。これは俺の幻覚だ、赤嶺カズサに対する恐怖心が幻影を映し出したんだ。気にする必要なんて何もない」
そうだ、俺は負けた。縁は切れて、元通り。縛る物も縛られる事もない。
だから怖がる必要なんてないんだ。ありのままの神薙シンラとして一歩を踏み出せばいい。ただそれだけ。
俺は、俺は自由なんだァーッ!
「おい、大丈夫か? 私のせいで頭が「アイェエエエ!!!?ナンデ!? カズサナンデ!?」
幻覚じゃなかった、幻覚であって欲しかった。
「おおおお前、何で保健室にいるんだ! 俺はお前に倒されたはずっ!?」
「それを言うなら『お前は俺に倒されたはず』だろ。いや、発言は自体は間違ってないけどさ」
カーテンの前のラスボスさんが冷静なツッコミをいれる。
脳筋キャラに指摘されるとは、俺も相当バグっているようだ。早くこの場から逃げ出したい。
「なんだ? 私が保健室にいちゃ悪いのか?」
「いえいえいえ、滅相もない! ごゆるりとお過ごしください!」
嘘! はよ出ていけクソ女! お前と同じ部屋にいるだけで蕁麻疹が止まらねぇんだよ!
などと言えるはずもなく、俺は冷や汗を吹き出しながらベッドに正座した。
まずは要件を問いただそう。話はそれからだ。
「それで、なんの御用でしょうか」
「…………見舞いと謝罪。ケガさせて悪かったなって話」
「ああ、左様ですか」
いざ心して聞いてみたものの、案外カワイイ内容だった。
男勝りな性格の赤嶺でも流石に礼節はわきまえているらしい。俺はてっきり「なぁ、あの終わり方じゃ互いに不完全燃焼だろォ!? 満足するまで死合おうぜェ!」と斬りかかってくると思っていた。勘違いしてごめんな。
閑話休題。それ以外なら大歓迎だ。美少女にお見舞いしてもらって嬉しくない男はいない。
「ごめん。やり過ぎた」
「いや、全然怒ってないよ。こちらこそ変な行動してごめんね。赤嶺さんの剣撃を躱すのに必死で混乱してたんだ」
よし、これで赤嶺カズサの無力化が確認できた。俺が弱いことを微塵も疑っていないようだし、興味も薄れたことだろう。
あとは実力をひた隠し、平穏で敵のいない日常を送るだけだ。
「昼休み明けぐらいには戻ってくるから、先に教室に戻っていいよ。だってほら、僕のために長居させるのも気が引けるって言うかなんと言うか……」
荷物をまとめるふりをして、そこはかとなく退席を促す。
赤嶺がいる状況ではシラユキに報告できない。迅速な情報共有のためにも赤嶺を部屋から追い出したいのだ。
すると、赤嶺は
「ああ、その前に一つ聞きたいことがある」
「ん?なぁに?」
「シラユキって誰だ?」
…………。
「んー? 頭がくらくらして聞こえなかったナー。もう一度言ってくれない?」
「だから、シラユキとは誰だという話だ。お前が契約している精霊なんだろ」
「………────────!???」
言葉にならない悲鳴が出た。
なぜシラユキの存在がバレた!アイツは赤嶺の事を心底嫌っているから前に現れることなんてないだろうし、そもそも俺はシラユキという単語を話題に出していない!
誰だ、そのトップシークレットを流出させた奴は!
「その情報が本当かどうかは一旦置いておいて………それをどこで?」
「九坂クラマがそう言っていた。体育館でシンラが精霊を従えているのを見たと」
「ンンンンンンン!!!!」
テメェも運命からの刺客ってことか九坂クラマァ!
主人公にべったりだったから特に危険視していなかったが、まさか伏兵として背後から刺してくるとは。攻略に必要なメインヒロインじゃなかったら存在ごと消しているところだ。
苦し紛れに目をそらすも、赤嶺がずいっと顔を近づかせてくる。
「で? どうなんだ? お前は本当に精霊と契約しているのか?」
「えーと、それは嘘です。九坂さんのでっち上げと思います、はい」
「そうか? でも九坂には嘘をつくメリットがない」
「うっ」
やばいやばいやばい、赤嶺の瞳が興味で輝き始めている。さっきまでのションボリカズサさんはなんだったんだよ。なぁ、なあ!!
後に引けない、というか赤嶺に詰め寄られ過ぎて壁に背がついている。
物理的にも精神的にも、もう逃げられない。
「ど・う・な・ん・だ?」
「あ、ああ、あああ」
進退ここに
────────だれか、助けて。
「驕るな小娘。貴様はいつから質問できるような立場になった?」
キンッと耳障りな金属音に目を見開く。
次の瞬間、長く伸びた爪が赤嶺の喉に触れていた。
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