第17話 この手に感じた違和感が

 目の前で起こった出来事は、私の人生の中で最も不可解な謎を残すことになってしまった。


「な……!?」


 私は今、目の前で起こった出来事に困惑していた。

 目の前には頭から血を流して倒れる神薙の姿がある。突然木刀を掴んだと思えば自分の頭にそれを打ち付けたのだ。


 完全な自傷行為。理解できるはずもない。


「お、おい神薙!大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄り、体を抱き起こす。

 …………よかった。ただ意識を失っただけのようだ。

 血が湧き水のように吹きだしているが、回復薬で治る範囲。命に別状はない。


「よかったぁ……」


 安心して胸を撫で下ろす。しかし、ホッとしたのもつかの間のことだった。


(どうして神薙は自殺行為に走ったんだ?)


 その疑問に私は頭を悩ませる。


 あいつは私の太刀筋を完全に見切っていた。つまりは、私と互角以上のレベルの技術を有していたということ。


 にもかかわらず、あいつは自らの頭蓋を木刀で打ち砕いた。

 どうしてそんなことをしたんだ? 勝利を諦めたわけでもないだろうに。……いや、待てよ。


(そもそも、どうして神薙は一度も反撃をしなかったんだ?)


 攻撃のチャンスはいくらでもあったはずだ。

 私は剣技に絶対の自信を持っているが、それでも完璧には程遠い。隙は探せば見つけられつけただろう。

 なのに、あいつは一度も攻撃をしなかった。


 もしかして……舐められていた?


(そ、そんなわけない。拮抗状態になった時、神薙は確実に全力を出していた。手加減しているようには見えなかった。じゃあどうして……)

「あれ? 赤嶺さん……だっけ?何やってんの?」


 ふと、背後から声が聞こえた。

 振り向くと、そこには見覚えのある女子が立っている。


「えっと……確か九坂だっけ」


 そうだ。『紅魔使い』九坂クラマだ。

 新入生代表の一之宮ハルキの幼馴染で、同学年の黒魔術使いにおいて右に出る者はいないと言われている実力者。一度手合わせをしてみたかったから名前は覚えている。


 九坂は怪訝そうな顔をしてこちらに近づいてきた。


「さっき神薙君が担架で運ばれていったけど、あれって赤嶺さんがやったの? 頭から血が出ていて服もボロボロだったよ」

「あ……うん。私がやったようなものかもしれない」


 私は歯切れの悪い返事を返す。

 九坂の言う通り、傍から見れば私が神薙を気絶させたようにしか見えないだろう。そして神薙の真意が分からない今、私は九坂の言葉を否定することができなかった。


「私って昔から熱くなるととまらない性格だからさ。よく周りから『もう少し冷静になれ』って言われるんだよね。……神薙には悪いことしたなぁ」

「そうなんだ」


 やっぱり、私の見当違いだったのかもしれない。神薙は思ったよりも凡人で、私の剣に反応できても反撃できず、トチ狂って自分から気絶した。

 魔法を唱える隙も与えないように立ち回っていたし、しょうがない。私が強すぎたんだ。きっとそうだ。そうに違いない。


 少し落胆しつつも立ち上がり、私は神薙に謝ろうと保健室にむかう。


「赤嶺さん、木刀忘れてる」

「え?」


 九坂に言われて振り返ると、そこには二つに割れた木刀が転がっていた。

 ああ、それがあったな。私物だから回収しとかないと。


 木刀を拾おうと手を伸ばす。


「赤嶺さんって剣士なんだ。初めて知った」

「まあね。実家が道場だから、剣士以外の道がないんだ」

「へぇ。……ところでさ、神薙君の精霊をどうやって倒したの? 教えてくれない?」

「え?」


 何気なく言われた九坂の言葉に思わず手を止める。

 ……今なんて言った?


「……ちょっと待って。どういうことだ? 神薙は魔術師だろ?」

「どういうことって……そのままの意味だけど。神薙君は高位の精霊を従えてる精霊使いだよ」

「は?」


 私は九坂の言っていることが理解できなかった。

 あいつは魔法杖を持っていたし、精霊を召喚するようなそぶりを見せなかった。


 そもそも、精霊使いは儀式によって精霊に選ばれた人間がなるものだ。そして精霊は経験と素質を何よりも尊ぶ。

 素質はともかく、経験に関しては私達はまだダンジョンにも入ったことがないド素人。精霊に認められるわけがない。


「ハハハ、冗談を言うな。精霊使いだったら学校中大騒ぎになってるはずだぞ。それに、お前は神薙の精霊とやらを見たのか?」

「うん。少ししか見てないけど、たしか『シラユキ』って名前だったはず。背が高くて威厳があって、精霊よりも神霊って言葉が似合うほどきれいだった。……そう言う赤嶺さんは神薙君が魔法を使っているところを見たの? 魔法が使われた割には地面が荒れていないみたいだけど」

「……」


 九坂の口から出てくる言葉の一つ一つが私の理解を超えていた。

 ダンジョンも踏破していない神薙が精霊使い? そんなわけない。

 あいつはボロボロだったじゃないか。何度攻撃しても怯まずに向かってきたじゃないか。精霊に認められるだけの実力があるなら、あんな醜態を晒すはずがないじゃないか。


 ……でも、神薙は私との戦いで一度も魔法を使っていない。それどころか、魔法戦術の要とも言える杖を盾にしていた。


 どっちが正しいのか。神薙の真意はなんだったのか。

 私には分からない。


「ちょっと神薙のとこ行ってくる」


 ────────ならば、やることは一つ。ぶん殴ってでも神薙に真実を吐かせるだけだ。


 即断即決即行動。私は保健室に向かった。

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