第16話 VS赤嶺

「よしお前ら!結界石を受け取ったら早速試合開始だ!」


 担当の教師が威勢よく叫ぶと同時に、結界石から半径20メートルほどの半球結界が展開される。

 結界石の結界は内側で放たれた魔法を封殺し、外部と完全に遮断する強力なもの。加えて内部には任意の衝撃を吸収する特性があるらしく、中でいくら暴れても校舎や生徒に被害が及ぶことはない。周囲の安全を守るための道具だ。


 ……しかし逆を言えば、結界内は外部からの干渉を受けけないデスマッチ会場作成機でもある。俺は赤嶺が満足するまで延々と叩きのめされることになるだろう。


「さっ、始めようか」


『赤嶺活心流』と彫られた木刀を右手に構え、赤嶺は楽しそうに笑う。


 対する俺は魔法杖だ。何かを握っていないと赤嶺から文句を言われそうなので、学校からの貸し出し物で余っていた物を適当に選んだ。(ちなみに魔法は一つも覚えていない。何故なら、魔法面で強くなる必要が皆無だから)


「どうぞお手柔らかに……」

「はははっ、無理を言うなよ。お前に手加減ができるわけないだろう?」

「ハハハ……マジで人生終わったわ」


 そして教師の笛の音と同時に試合は開始した。


「どりゃあっ!」


 先手は赤嶺だ。風を切りながら一気に距離を詰め、上段から木刀を振り下ろした。


 よし、これを肩口に受けて即退場! 勝負アリで俺の目的は達成され────『びりっ』


「……アっ!?」


 違和感のある音が耳に届いた瞬間、俺は反射的に横に跳んでいた。


 嫌な予感がしてとっさに右肩に手を当てる。

 …………肩袖が千切れかけのジャージと、そこから覗く変色した肌があった。


(にゃ、にゃああああ!?破れたところから呪いが丸見えだにゃん!)


 ビックリし過ぎて猫になってしまう。


 ふざけんな!なんで木刀が軽く当たっただけでジャージが裂けるんだよ!どこぞのエロゲーじゃあるまい…………ああ、そう言えばこのゲームのシナリオライターって同人エロゲー出身だったな! せめて男用ジャージの強度ぐらいはちゃんとしていて欲しかったDEATHデス


「ん? どうかしたのか?」

「い、いやいやなんでもない!」


 右肩を隠しつつ赤嶺から距離をとる。

 なんてことだ。完璧な作戦だったのに本番で特殊敗北条件の存在が明らかになった。


 呪いの存在を赤嶺に悟られてはいけない以上、木刀による攻撃を受けるわけにはいかない。

 とどのつまり、俺は攻撃を受けずに負けなければならないという矛盾した状態で戦わなければならなくなった。


(絶望的だ……)


 はっきり言って無理ゲーすぎる。赤嶺を気持ちよく勝たせるためには攻撃を受けなければならないし、そうすれば必然的にジャージの耐久は減っていく。


 ……進退窮まったこの状況、一体どうすれば勝ち筋が見えるというんだ?


「ほら、ぼーっとしてると怪我するぞ!」


 木刀を肩に担いだまま、赤嶺は地面を蹴った。


(また胴狙いかよ!)


 左足を軸として横薙ぎに放たれた斬撃をしゃがんで躱す。しかし、避けた先に赤嶺の第二撃が飛来していた。


 それを俺は小さく悲鳴を上げながら背をそらす。喉元に迫る木刀を首を捻って躱せば、次には木刀の勢いのままに回転する赤嶺の姿が映った。


「いい身のこなしだ!でも、これは見切れるか!!?」


 弾んだ声を出しながら、今度も胴を狙った攻撃を繰り出してくる。

 これはMP消費15の『昇竜連斬』の構え!序盤での経験値周回ではよくお世話になりましたっ!


「ぐッ!」


 杖を犠牲にしてなんとか赤嶺の攻撃範囲から脱出する。

 身代わりになった杖は渾身の五連撃を受けて木くずと化した。


 流石は攻撃力25を誇る赤嶺活心流木刀+昇竜連斬のダブルパンチ。最強アタッカーの名は伊達じゃない。


「はぁ……はぁ……」


 頬に垂れた冷や汗をぬぐう。


 幸い、シラユキとの縁による成長と事前に技を知っているおかげで太刀筋は見切れる。油断しなければ耐久できるだろう。

 しかし、それでも時間がたてばたつほど状況は悪くなる。現在進行形で呪いが進行しており、それに合わせて痣の範囲も増えていくからだ。


 早く胴体以外を狙ってくれないと痣が……痣が……。


「ん? またぼーっとしてるのか?」

「んなぁっ!?」


 木刀が側面から飛んできたので、それを真剣白刃取りで受け止める。


(どうせなら頭にカチこんでくれよぉ!)


 肉薄する赤嶺の気迫に押され、ギリギリと刃が胴体に近づいてゆく。


 やめろ、やめて、やめてください!それ以上は本当にいけません!

 ただでさえ呪いで筋力が激減しているというのに変な体勢のせいで力が入らないんです!このままじゃあ……このままじゃあ……!


「隙ありっ!」


 ジャージがグイッと引かれる。

 見ると、赤嶺の空いた左手がジャージの襟をつかんでいた。ブチブチと繊維が千切れる音がする。


 いやぁあああ!俺のジャージがぁ!


(どうする、どうすればいい!)


 絶体絶命の状況。木刀から手を離せば横腹に攻撃が飛んでくるし、かといって手を離さないと襟が破れる。どちらにしろジャージの耐久が終わる。

 ……詰みだ。俺の敗北は確定している。


 終わりなのか? こんなくだらないことで俺は終わってしまうのか?

 嫌だ、そんなのは嫌だ! 俺はまだ死にたくないっ!


(何か……何か手はないのか!?)


 必死に脳みそを回転させ、打開策を考える。

 しかし、そんな都合よく解決策が浮かぶわけもなく、無慈悲にも木刀が俺の手をすり抜けた。


 く、くそったれがぁああ!!


「どうにでもなれぇええ!!」


 気づけば、俺は赤嶺の木刀を掴むと自分の頭に叩き込んでいた。


 頭突きを食らった木刀はへし折れて刀身が宙を舞い、赤嶺の手からは木刀が離れる。


「え……?」

「へへ……お前の剣では死なぬ……ってな」


 朦朧とする意識の中で、俺は苦笑する。

 赤く染まった視界には、唖然とした赤嶺の姿が映っていた。


 これで俺の負け。気絶すれば赤嶺も俺を攻撃する必要もないだろう。

 少々無理やり負けに持っていた感は否めないが、最悪の事態は防げた。負けという事実を残した以上、赤嶺の興味をそらすことができるはず。


「お、おい!」


 赤嶺は慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。しかし、俺はそれを無視して地面に倒れ込んだ。


 大丈夫……だろう。知らんけど。

 薄れゆく意識の中、俺は勝利を確信するのであった。

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