第15話 体は大切にね!

 結局、一、二時限を過ぎても体調は回復せず。だが今の気分的には最高だ。

 絶好調と言ってもいい。全身にまとわりつく倦怠感、歩くたびに痛む関節は体が限界を訴えていることを実感させるし、口の中がすっぱいような独特な味で満ちているのも最高だ。


 マスクの下にニヤニヤを隠しつつ、二時限目の終わりを告げるチャイムが聞こえるのを心待ちにしていた。

 そして────その時が来た。


(終わったぁ!)


 10分の休み時間に突入し、更衣室への移動が始まる。

 その瞬間、俺はカバンを持って一目散に教室の出口へ駆けだした。


「よぅ、シンラ!」


 だが、教室を出る直前で誰かに肩を叩かれる。反射的に振り返るとそこには……赤嶺がいた。


「げっ!」

「『げっ』てなんだよ、『げっ』て……あ、そうそう。昨日の話、答えは出たか?」

「ああ、もちろんさ!」


 昨日の話と言えば、ダンジョン学での班分けの件だろう。安心しろ、対策済みだ。

 俺は声高らかに言い放つ。


「あの後家に帰って考えてみたんだけど、僕ってやっぱり赤嶺さんとは不釣り合いだと思うんだよね!」

「おいおい、唐突に卑屈になるなよ」

「卑屈なんかじゃないさ。事実を言っているだけ」

「そんなことを言われても、私には謙遜をしているようにしか見えないな。安心しろよ、お前は十分に強いからさ!」


 そう言って赤嶺は俺の背中をバシバシと叩く。


 グフッ、普通に痛い。お前にボロボロにされるためにコンディションを最悪にしてきた俺だが、戦闘訓練前にボロボロにされたらシャレにならん。


「だから強くないって。……まぁ、戦闘訓練の授業で分かると思うからそれまで待ってて」

「ん? そりゃどういう……」

「じゃ、僕はこのへんで!」


 俺は赤嶺から逃げるように廊下に出て、生徒の流れに乗って更衣室へ向かった。

 よし、これでいい。あとは着替えを済ませて戦闘訓練が始まるのを待つだけだ。


 ドアを開けると、中では先に到着していた生徒が肌着姿でたむろしている。


(うへー全員筋肉ついてやんの。ここはマッスル美術館か何かなのかよ)


 流石は創作物の世界、高水準の体格がわんさかいる。デブでさえ重戦車体型だ、同級生とは思えない。


 俺はとりあえず端っこの方で着替えを始めた。更衣室は広いのだが、空いているスペースが限られているため必然的にグループを作って座ることが多い。端っこでないと居心地が悪いのだ。


「……ん?」


 襟に手をかけたところで、ある違和感に気付く。

 自分の肉体に、半透明の黒蛇が巻き付いていたのだ。


 蛇は俺の体を絶え間なく這いずり回り、通った跡に鱗状の痣を残していく。


(・・・アカーン!!)


 すぐさま着替えを中断してトイレに飛び込み、鏡の前に立って改めて自分の状態を確認した。


「なんてこった……」


 見れば、鱗の紋様は腕から胸にかけてを幾重にも回ってる。気づかないまま着替えていたのなら、たちまちクラスメイトの目に留まっていただろう。


 何故だ……なんて自問自答を繰り返すまでもなく、理由は一つしかない。


「シラユキィ!」

「だから言っただろう、オススメはできないと」

「う わ で た」


 鏡の中の情景がねじ曲がり、俺の後ろにシラユキが現れる。

 マジで現れる奴がいるかよ。呼んだのは俺だけど、ここ男子トイレだよ?


「おいシラユキ! どうすんだよこれ、どうしてくれんだよこれェ!!」

「大体、呪いを作戦に組み込むこと自体が無茶な話だ。体に支障をきたせば表に出るのも道理。なぜ隠し通せると思ったのか……憑いてきて正解だった」

「じゃあ止めろよ! それか表に出ない程度の呪いをかけろよ!」

「呪いの効き目には個人差がある。指向性はある程度決められるが、症状がどうなるかは呪いをかけた妾にもわからんのよ」


 クソッ、なんつー博打だよ。俺が呪われていることがクラスメイトにバレた暁には、作戦の遂行以前に授業の出席すら危うい。最悪、家族に連絡がいった後に再び教会へ強制連行だ。

 またマリアさんから大目玉を喰らうことになってしまう。


「痣を消すことは?」

「術者が妾だから容易にできるが、それと同時にシンラの体調も元に戻るぞ。痣は呪いの進行を視覚化したものだからな」


 なるほど、呪われていますよって大っぴらに教えてくれる親切設計ってわけか。もうちょっと被害者のプライバシーを尊重しても罰は当たらないと思うんだが。


 ……まぁいい。嘆いていてもしょうがない。

 鏡に映る自分と視線を合わせ、気持ちを切り替える。


「オーケーオーケー、ノープロブレム。つまりは、痣がバレないように立ち回ればばいいんだろ。簡単だ、任しとけ」

「できるか? 貴様には土台無理な話だろう」

「できるさ、俺には前世の経験から培った陰キャ流処世術がある。肝心なのは、誰かの影に隠れること。それだけだ」


 シラユキが呆れた様子で額に手を当てているが、そんなのは知ったこっちゃない。


 俺が前世でどれだけ陰キャとして生きてきたと思っているんだ。中学時代、印象操作で授業で当てられるのを回避し、テストでそれなりにいい点をとったにもかかわらず三年連続オール3を達成したこともあった男だぞ。そこら辺の陰キャとは格が違う。(ちなみにそのせいで高校でのあだ名は『ナイスネイチャ』だった。クソが)


 集団に紛れるスキルと存在感を消す技術を融合させた陰キャの真骨頂をご覧に入れてやろう。


「だから安心して見守っててくれ。……あっ、それと家にあるジャージを持ってきてくれると助かる」

「そう言うと思って持ってきておるわ。それ」


 シラユキが鏡の境界に手を沈めると紺色のジャージが出てきた。


 俺はそれを手早くカバンに詰めて背負いなおす。

 よし、これで準備は万端だ。あとは戦闘訓練でボコボコにされて神薙シンラ=弱いの方程式を証明すればいいだけだな!


「どうなっても知らんからな」


 シラユキの溜息を背中に受けながら、俺は更衣室を後にした。

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