第14話 時には自分だって利用する

 シラユキは俺のベッドに寝っ転がり、俺は床であぐらを組む。

 いつもの作戦会議の体制だ。


「まず初めに、収束作用とて人を自由に動かせるわけではない。そもそも、収束作用は人に定められた運命を無理やり捻じ曲げて整合性を取ろうとする力。ある程度融通が利くとはいえど、人の精神や思考に干渉して行動を縛るような真似はできん。……故に、小娘の興味を削いでシンラとの縁を断ち切った時点で妾達の勝利だ。よほどのことが無い限り縁が修復することはないだろう」


 シラユキが言うとおり、明日の目標は赤嶺の興味をそらすことだ。赤嶺が俺を「面白くねー男」認定した時点で俺の勝利が確定する。


 しかし、言うのは簡単でも行動に移すとなると非常に難しい。

 赤嶺は俺がただのモブではないということを見抜いており、今一番のトレンドと言っていいほど執着している。彼女の興味を削ぐのは生半可なことではない。


「でもよ、すでに俺の実力は悟られてる。精一杯の弱者アピールをして見たが、効果は薄かったぞ」

「確かに、入学式での一件を偶然で片付けるには無理があるな。自身の何倍もある虎を投げ飛ばした瞬間を見られておるからには小手先の言い訳なぞ通用せんだろう」

「うーん……じゃあ、シラユキのおかげってことにすればいいんじゃないか? お前は神様なんだから、ゴッドパワーで限定的に強化されただけってことにすれば案外納得してくれる気がするぞ」

「そうすれば筋が通るが、せいぜい数週間の付け焼刃にすぎん。一時の嘘はいつかボロが出るものだ。バレた途端に関係がこじれる、むしろ悪化するかもしれん」

「そう……だな」


 シラユキが冷静に否定する。

 確かに、秘密を抱えて学園生活を送るのは難しい。嘘をつき通しても、必ずどこかで失敗するのは自明の理だ。


「あーもうどうすればいいんだよ。八方ふさがりで俺の手札が足りねーよ。楽な方法はねーのかよ」

「あるぞ。小娘を呪って二度と口をきけぬようにすればよい」

「却下。縁以前に世界の運命が途切れてしまう。赤嶺はラドクロスバースの超重要キャラなんだから、健康体で過ごしてもらわなくちゃ困るんだよ」


 赤嶺はヒロインだけあってシナリオの展開にかなり重要な位置を占めている。だから、呪い殺すというプランはあまり現実的ではないのだ。

 展開や運命を強引に捻じ曲げてしまえばシナリオも捻じ曲がるだろうし……やはり危ない嘘をつき続けるしかないのだろうか。


………………ん?


(いや、待て……呪うという発想自体はアリかもしれない)


 ある一つの可能性に思い至った俺は、カバンからプリントを引っ張り出して明日の時間割を確認する。

 俺の記憶が正しければ作戦が実行できるはず……


(古典……歴史……ダンジョン学────来たッ、戦闘訓練!)


 戦闘訓練という文字を見て、俺の脳がフル回転を始める。

 戦闘訓練は一対一の模擬戦闘。生徒が自身の実力を確かめる初めての機会だ。


「シラユキ、呪いの強さを調節することってできるか?」

「ん? 調節はできないが、術によって呪いの属性が変わる。運勢に関わるものから感情に作用するもの、身体に害を及ぼすものまで様々だぞ」

「それでいい、一つ試してみたいことがあるんだ」

「構わんが、シンラよ。一体何を何を考えている?」


 俺はニヤッと口角を上げると、シラユキに作戦を伝えた。


「なぁ、俺を呪うことってできるか?」


 *****


 時刻は7:00。天気はすこぶる快晴で、鳥のさえずりが爽やかに聞こえてくる。

 窓から差し込む日差しが肌を撫でる心地よい朝。誰もが笑顔でその日を迎えることが出来るような、そんな優しい朝だ。

 しかし────


「お、悪寒がとまらない……布団から出たくない……」


 俺の調子は最悪だった。

 頭痛と倦怠感が常に身体を襲い、ベッドから這い出るだけでもやっとだ。熱があるわけではないのに全身が燃えるように熱く、今にも気絶しそうで気持ち悪い。


 そんな俺を、ベッド脇のシラユキが呆れた目で見つめている。


「自分が選んだ道だ。恨むならバカな作戦を思いついた昨日の自分を恨め」

「いや、これでいいんだ……想像以上に絶不調で最高だ……」


 振るえる膝を気合で動かしながら精一杯の笑顔を作る。


 うん、全然体に力が入らない。眩暈、吐き気、手足のしびれ、思考混濁のクアトロ役満で気分は最悪だ。

 多分、授業に出席すれば俺は本来の力の四分の一も発揮できない。仮に握力が100㎏あったとしても25㎏になるはずだ。


 今の俺は、間違いなく弱い。


「ありがとうシラユキ。この貧弱さと大量デバフがあれば全力でボコられることができる……あっ、鼻血が出た。ティッシュティッシュ」

「作戦が思い通りになって喜びたいところだが、どう考えても貴様は喜べる状況ではないぞ。あとそれはちり紙ではない、白色の折り紙だ。目もまともに見えていないのか」


 折り紙もちり紙も同じだろ、知らんけど。


 俺は鼻にティッシュを詰めて、せき込みながら部屋を出た。

 もちろん朝食はとらない。不健康を貫き、少しでも体を弱体化させるのだ。


「シンラ、朝ご飯は食べないの?」

「ああ、ちょっと食欲が無くて……お気遣いなく」

「本当に大丈夫? お兄ちゃん、すごく顔色が悪いよ」

「はは……気のせいだよ。じゃ、行ってきます」


 不思議そうに訊いてくるマリアさんとイヨから逃げるように家を飛び出す。

 カオスなコンディションの中、俺は重いスキップで通学路を歩いて行った。

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