第13話 バタフライエフェクト
家に戻ると、我が家はどす黒いオーラで淀んでいた。
並々ならぬ邪気……いや、ここはあえて蛇気と言った方がいいだろうか。
「ただい……ま……」
「あっ、お兄ちゃん! シラユキさんが!」
「ん、シラユキがどうかしたのか?」
玄関で出迎えてくれた妹のイヨは、慌てた様子で俺をリビングに引っ張り込んだ。
……うわ、とんでもない量の開運グッズがある。
「どうしたどうした? 廊下の空気は淀んでいるし、リビングは開運グッズで溢れてるし…………何があった?」
「どうしたもこうしたも無いよ! いきなり白蛇様の奇声が聞こえたかと思ったらお兄ちゃんの部屋からどす黒い空気が噴き出して………もう家中が大パニックだよ! なんとか縁起のいい物をかき集めて聖域を作ったけど、いつまで持つか……!」
イヨが数珠を持って身震いする。ていうか、邪気って開運グッズでどうにかできるもんなんだな。意外と判定がガバガバなのかも知れない
「ナマンダブナマンダブ……神様仏様お兄様……」
「シラユキも神様だし、俺はそんなに大層なものじゃねーよ。……ったく、大体のことは把握した。要するに、俺がいない間にシラユキが暴走したんだな」
「う、うん。だからお兄ちゃんにどうにかして欲しくて」
「了解。お兄ちゃんに任せとけ」
俺はイヨの頭をポンと叩く。そして、寒気を禁じ得ない廊下を歩いて自室に足を踏み入れた。
……そこはまさに地獄だった。
邪気で淀んだ空気は部屋中に充満し、まるで瘴気の満ちたダンジョンのようだ。
その中心にはシラユキが鎮座していて、一心不乱に何か煽っている。
あれは……消毒用アルコール?
「シラ……ユキ?」
「やっと信じられると! 邪魔されないとッ! なのに……なのにィ!」
俺が声をかけると、シラユキは血走った目で振り返った。
その目と表情を見て、俺は全てを察した。
(コイツ、禁酒令が出てるからってアルコールを直飲みしてヤケ酒してやがる!)
度数74%の消毒用アルコールがシラユキの口へと吸い込まれていく。
「ああもうッ! どうして妾はいつもこうなのじゃっ! 信じた者がことごとく逃げようとする!妾はっ、妾はただ共にいて欲しいだけなのに!」
(そりゃ薬物の使用用途も守れない異常者を側に置きたい奴なんてねーよ!)
「妾は……妾はっ! 」
豪快なラッパ飲みと共にシラユキの肌から鱗が浮き出て、はらりと剥がれる。
舞い落ちた鱗は雪のように溶けると黒い瘴気となって部屋中に充満した。
まずいまずいまずい!
「落ち着けシラユキ! マリアさんから禁酒令を出されているからって消毒用アルコールに手を出すのはやめろ! せめて料理酒かみりんを飲め!」
「うるさいうるさーいッ!どうせ人間は妾の事も顔が良くて姿が美しくて力がある神としか思っていないのじゃろっ! 何でもできる都合のいい蛇としか思っていないのじゃろっ!」
「やけに自己肯定感の高い自虐だな!」
「もう酒を飲まねばやっておられんっ! こうなったら一気飲みじゃ!」
「やめろ! 暴れる分には構わんが今だけはやめろ! お前の力が必要なんだ!」
なんとかアルコールボトルを取り上げると、シラユキの動きがぴたりと止まった。
「む、う? 必要……? 妾の力が……?」
「ああ、そうだ。お前は唯一無二。今、この瞬間においてお前が役に立たないわけがない!」
なにせお前は俺の事情を知るただ一人の人物だからな! 今さら逃がせるかってんだ!
「シラユキは俺にとってただ一人の理解者だ! だからお前の助けが必要だし、助けられないと生きていけない自信がある! 誰よりも大切な存在だ!」
「理解者……大切……」
「一旦座って相談にのってくれ。悩みを聞いてもらいたいんだ」
ベッドを前にして床に座り込む。すっごく恥ずかしい事を言った気がするが気にしないでおこう。
シラユキが暴れないように刺激せず、黙って反応を伺う。
「………そうよな。シンラと妾ははなから一蓮托生よ」
────すると、シラユキはぼふっと俺の太ももに腰を下ろした。
身長180㎝弱の体重が太ももにのしかかる。
「ぐっ、おも────」
「重いと言ったら殺す」
「滅相もない。新雪のように軽いです」
どういうわけか知らないが、機嫌が直ったらしい。
全身からあふれ出ていた邪気が薄まって、浮き出た鱗が引っ込んだ。
シラユキが全体重を俺の体に預けてもたれかかってくる。
「それで、相談とはなんだ?」
「ああ、実は学校で厄介なことが起きてな」
気を取り直して。俺はシラユキに洗いざらい全て打ち明けた。
赤嶺がシナリオに沿わず、俺に興味を持ってしまったこと。このままいくと、一之宮ハルキの班の火力がジリ貧になって世界を救えなくなる可能性があること。
……そして、どうにかして赤嶺の興味をずらさないと今後の俺達の計画に支障をきたしてしまうことも。
シラユキは説明の間、ふむふむと相槌を打ちながら黙って話を聞いていた。
「やはりそうなったか」
「やっぱりって、もしかして分かってたのか?」
「忌々しいことだがな。実は────」
シラユキは歯ぎしりをしながら、留守番中に起こったことを話し始めた。
えーと、噛み砕いて話すと、俺が運命を変えたせいでシナリオの流れが変わり、それを本来の軸に戻そうと世界が辻褄合わせに動いてしまった……というのが大まかな流れのようだ。
スケールが大きすぎるのでよく分からないが、とりあえず風が吹けば桶屋が儲かる的なことなのか。
「んでもよ、シラユキ。どうして赤嶺がその収束作用(?)とやらの影響が俺に興味を持つって言う形で現れたんだ?」
「知らんよ、奴は仕組みの分からぬ計算機のようなもの。外側から観察することしかできない我らに理解することはできんよ。……しかし、小娘がシンラにとって厄介な存在であることは事実だ。なにせ、本来の運命であればすでに貴様は死んでいる。存在自体が世界にとっての異物なのだからな」
「うん、そりゃそうだ」
「能天気な反応をしている場合かッ!」
シラユキが怒りで俺の太ももをバシリと叩く。
「あの小娘がどう貴様を殺すのかはわからぬが、必ず小娘の行動は貴様を殺すように働く!世界の破滅云々の前に、貴様が破滅するぞ!」
「えっ」
「妾は『シンラは運命に殺されようとしている』と言いたいのだ!小娘は運命の修正力の体現者、刺客に他ならん!このままいくと貴様は、確実に、死ぬッ!」
シラユキは爪を俺の胸に突き立てた。
ズキンと鋭い痛みが心を貫く。
「俺が赤嶺に殺される……?」
「そう、無自覚にな。だからこそ、貴様は一刻も早く小娘との関係を絶たねばならん。世界のためではない、自分のために」
シラユキは語気を強めて言い切る。その眼には有無を言わせぬ強い意志が込められていた。
そうか、これが運命か。なるほど、俺が相手にしているのはそういうモノなのか。
……正直、舐めていたかもしれない。入学式ですでに運命を変え切ったと勝手に思い込んでいた。
どうやらシラユキの言うとおり、もっと真面目に世界の命運とやらに対して向き合わなくてはいけないらしい。
「わかったかシンラ。あの娘の気を引いてはならない」
「そりゃ……もう嫌と言うほど理解した」
「ならば対策を練ろうではないか。小娘の興味を削ぎ落とすための何かをひねり出すぞ」
シラユキはそう言うと、俺の太ももからピョンと飛びのいた。
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