第12話 君の運命の人は僕じゃない。展開的に
赤嶺カズサ。剣術道場の一人娘で『ラドクロスバース』での攻略対象。
彼女は一年生編で登場する三人のヒロイン、いわゆる初期メン三人衆の一人で、剣の天才である。
その才能はゲーム内性能にも反映されており、戦闘ステータスの平均が高く、特に攻撃力と素早さがずば抜けている。序盤はもちろん、中盤、終盤も隙の無い速攻アタッカーとして活躍してくれる。ストーリー攻略には欠かせない存在だろう。
……だから、俺の目の前に赤嶺カズサがいる状況は非常にマズい。シナリオ的にも、俺の今後的にも。
「アタシの名前は赤嶺カズサ。あんたに興味があるんだ」
主人公に言うべき出会いのセリフを、モブ俺に言っている。
ぱっちりとした黒い目が爛々と注がれ、俺の一挙手一投足を見張っている。
何だよこの状況、俺の知るラドクロスバースじゃない。
「誰? 会うは初めてだよね?」
ひとまず、軽い様子見として赤嶺のことを知らないふりをした。
何かの間違いや気の迷いで俺に声をかけてしまったのであって、肩透かしを食らえば別の誰かを物色しに行くだろう。きっとそうだ。
「赤嶺カズサだ」
(ヒィ!?)
が、改めて距離を詰められた。
その目は獲物を狙う肉食獣のものだ。心なしか瞳孔が開いているように見える。
おかしい。本来なら、彼女は真っ先に主人公のところに向かうはずだ。
そして噂になっていた主人公の強さに興味を示していることを伝え、手合わせがしたいと申し出る。何の変哲もない、脳筋IQ3ヒロインの王道で普通の登場だ。
なのに、どうしてモブの俺なんだ!どこでフラグが建った!
「シラユキ! 助けてくれ!」
『なんだ、今妾は忙しい。後にしろ』
唯一の仲間に助けを求めるが、あっさりと切り捨てられた。
保健室では「最後まで貴様と共にある」なんて言ってくれたくせに……薄情ホワイトスネークの二枚舌にはあきれたぜ。
(落ち着くんだ神薙シンラ、状況を整理しよう。まだ慌てる時じゃない)
仕方ないので、一人で解決に当たるとしよう。
赤嶺カズサのシナリオ脱線がなぜ起きたかについてはこの際どうでもいい。問題は『今のままでは赤嶺カズサが主人公ハーレムに加入しない』という点だ。
赤嶺はラドクロスバースを攻略する上で火力要因として必須な存在。主人公とダブルヘッダーで雑魚処理からボスのHP削りまで幅広く活躍してくれる。RTAで「Not Kazusa」の項目が別カテゴリーとして用意されるぐらいに重要な存在なのだ。
(赤嶺が主人公ハーレムに入らないのは一種の縛りルート。世界の存続がかかった状況で舐めプなんてさせるか!)
やることは一つ! どんな手を使ってでも赤嶺を主人公の班にぶち込む!
覚悟を新たにし、俺は赤嶺と向き合った。
「あ、赤嶺さん?」
「む? なんだ?」
「どうして僕なんに興味を持ったの?」
まず相手の目的を知るべく質問を投げかける。
草薙シンラはただのモブだ。スペック面で言えば主人公の下位互換と言って差し支えない。
つまり、主人公で満足できない特殊性癖でも持たない限り、赤嶺が言う理由は全て「一之宮ハルキでよくね?」で論破できる。
(さあ、赤嶺カズサ!俺の低スペックに恐れおののき、主人公ハーレムの固定枠を目指せ!)
その答えで今後のシナリオの攻略難易度が変わるのだ。絶対に聞き逃すわけにはいかない。
俺が期待に目を輝かせていると、赤嶺は楽しそうに笑いながら答えた。
「そりゃ、生徒会長の従弟と聞けば興味ももつだろ」
「……」
そ、そうきたかァ……!
確かにマリアさんの強さは学校外にも轟いており、その関係者というだけで俺に注目するのも頷ける。ごくごく自然な回答だ。
「学園最強の人物を従姉に持つ男が気にならないわけあるか」
「は、はぁ。そりゃあもっともです」
完全に出鼻をくじかれた。俺は自分が思っている以上にモブじゃなかったらしい。今後の反省だ。
……だが、まだリカバリーチャートは残っている。
期待を持っているのなら、わざと失望させて幻滅させればいいだけのこと。俺が凡庸な人間とわかれば、赤嶺も興味をなくして主人公の方に行くだろう。
気を取り直して、論破再開だ。
「ですが赤嶺さん。僕はそんなに面白い人間じゃありませんよ。そりゃあマリアさんの従弟だから特別に見えるかもしれませんが……だからと言って僕が特別だとは限りません」
「自分が特別じゃない? ハハッ、謙遜すんな」
「いや、謙遜ではなく本当に……」
「私は体育館で虎の化け物を持ち上げるところをちゃんと見たぞ。普通の人間ができる芸当じゃないだろ」
「…………」
速攻でカウンター論破された。しかも作中屈指の脳筋キャラに。
「お前が特別じゃないってなったらこの世のほとんどは凡人以下だろ? 違うか?」
「うう……」
ああクソっ! クソがッ! 俺の全てが裏目に出てるじゃねーか!
万策尽き、過去の自分を呪い、情緒がぐちゃぐちゃになった俺はその場で崩れ落ちる。
「どうかしたか?」
「いや、気にしないで欲しい。こちら問題だ」
一回、落ち着こう。再思考だ。
赤嶺の様子を見ていると、赤嶺の矢印は完全に俺に向いていて主人公などアウトオブ眼中だ。つまり、赤嶺の興味をそらして主人公班にぶち込む俺の計画は最初から破綻していたことになる。目指すべき到達点を見誤っていた。
(……なら、諦めるのはまだ早い。赤嶺はまだ一之宮ハルキという金の卵を認識していないだけだからな)
そう、まだ希望は潰えていない。ようは主人公という選択肢を提示させればいいのだ。
主人公君のポテンシャルをプレゼンすれば、彼女は必ず鞍替えしてくれるはず。幸い
「あ、あのさ。僕じゃ君のパーティーメンバーとして役不足だと思うんだ。ほら、他に僕より強い人はいるよ? 例えば一之宮君とかさ」
気弱さを存分に演出しつつ、さりげなく主人公を推す。
赤嶺は「一之宮」という名前に反応して、ピクリと眉を動かした。
よしよし、食いついたな?
「確かにあいつは強そうだが……周りが面倒だしなぁ……」
が、評価のほどは微妙だった。
え!? なんで!? あなたの運命の人でしてよ!? あんな強い・カッコいい・性格いいの三拍子そろった優良物件は他にありませんよ!?
まごう事なき運命、あなたの鞘です!
「あ、赤嶺さんは一之宮君のことが嫌いなんですか?」
「いや? 嫌いじゃないぜ。ただ、私は一之宮に群がる周りが嫌いなんだよ。しかも弱い奴等が傷のなめ合いをする集まりなんて、見ていて気分のいいもんじゃない」
「……」
主人公に群がるクラスメイトを遠回しにディスる赤嶺。
赤嶺の言う通り、主人公君を誘うやつの中にはヒロイン以外のモブが多く混じっている。設定資料集に載っていた赤嶺カズサのプロフィールにも『嫌いなもの:弱い奴、妥協』と書いてあった。
彼女からして見れば、モブに混じってハーレムの席を狙うのは弱い人間と同レベルの行いだと感じるのだろう。
「だから、私にはお前しかいない! 謙虚なところも気に入った!」
(き、キメ顔で言われても困るぅ~!)
キラキラした視線が俺を射抜く。絶対に逃がさないという強い意志を感じる目だ。
……撤退だ。俺だけじゃ無理。シラユキに相談して体制を立て直そう。
ああ見えても、シラユキは俺よりも頭がいい。きっと何かしらの助け舟を出してくれるはずだ。
「い、一日だけ考える時間をくれ! 絶対に結論は出すから!」
「本当か?」
「ああ、そうだ! 天地神明に誓って!」
「むぅ……いいだろう。確かに一朝一夕で決められるものじゃないからな。お前の都合もあるだろう」
赤嶺は眉間にしわを寄せつつも、渋々引き下がってくれた。
だが、諦めてくれたわけではない。まだまだ解決には程遠いのだ。
(帰ったらシラユキに報告して、作戦を練り直して……ああもうっ、本当にどうしてこうなったんだよッ!!)
自分の席に突っ伏しながら、俺は自身の不幸体質に嘆き机を叩くのであった。
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