第11話 イレギュラー!!

 ラドクロスバースには、『ダンジョン攻略』という一風変わった授業がある。

 これは、一年生の後期末にあるダンジョン攻略試験に向けての準備期間であり、ダンジョン攻略に必要な知識や技能を身に着けるための授業だ。


 そして、『ダンジョン攻略』の授業はシナリオにおいて大きな分岐点となっている。

 ステータスを上げることはもちろん、この授業で主人公とヒロインが出会い、そこから様々な事件に巻き込まれる。ラドクロスバースのイベントは主に『ダンジョン攻略』の中で発生すると言っていい。


 ……要するに、『ダンジョン攻略』でしくじれば、俺の未来は暗いということだ。常に最善の行動を心がけなければならない。


 朝礼で、担任の先生が教壇に立つ。


「今日からダンジョン攻略の班分け期間が始まります」

(来たか)


 心の中で身構える。運命の時だ。


 班は二人~六人の生徒で構成される。成績の良し悪しやクラス内のバランスなどを考慮して人員を振り分けると言っているが、まぁそれはあってないような話で、実際は本人たちの好きなように組まされる。前世の知識で言うと、修学旅行の班決めに近い。


 さて、ここで重要なのが『俺は誰と組むのか』という話だ。

 班を作るということは、他の生徒と協力し合うということ。つまり、交友関係を構築することになる。

 交友関係=人脈と情報網、そして俺の行動制限だ。慎重に行動し、シナリオを変える上でなるべく都合のいいメンバーを集めなければならない。


(……さて、誰と組むべきか)


 俺は教室内をぐるりと見回す。

 まず最初に目に入ったのは、主人公であるハルキだ。彼は入学試験をトップで通過し、入学式では新入生代表の挨拶を行ったことで一躍時の人となっている。そして彼の周りには男女問わずたくさんの生徒が集まっており、一番人気と言って差し支えないだろう。


 幸い、俺はハルキに顔と名前を覚えてもらっている。他のモブよりも有利な立場にいるので頼み込めば班に入れてくれる可能性が高い。


 ……が


(流石にパスだな。ダンジョン攻略はヒロインの好感度を稼ぎやすいイベント。最大で五枠しかないポジションなのに、俺のせいで一枠潰すのは愚策だ)


 ハルキには世界を救う役目がある。それにはヒロイン達の助けが必要不可欠で、好感度の不足度合いによっては育成が足らずイベントで詰みかねない。

 俺がハルキと組むことになれば、その代償としてヒロインの好感度が上がらない可能性が高い。それはシナリオ進行の難易度を上げることに繋がる。


 俺の目的はあくまで『シナリオの改変』であり『ハルキの邪魔』ではない。よって、組むのは無しだ。


 次に目に入ったのは、席についたまままったく動いていないモブ。陰キャの連中だ。

 ハルキやヒロイン、クラスカースト一軍を見て萎縮してしまい、誰とも班を組めていないのだろう。


(狙うならアイツ等だな)


 陰キャはコミュニケーション能力が低い。なので、こちらがうまく誘導すれば比較的簡単に仲間に誘うことができる。

 しかも彼らは我を表に出すことを好まない。ビジネスライクの関係を築けるので、余計な人間関係のトラブルも避けられる。


(よし、そうしよう)


 俺は陰キャたちに声をかけるべく席を立とうとした。

 ────だがその時


「たしか、神薙シンラっつったか?」


 俺の行く手を人影が遮った。

 外に跳ねたくせっけのある赤い髪、鋭い目つき。百人見て、百人が活発な印象を感じるであろう溌剌はつらつな少女だ。


 彼女は俺の目を見ながら、不敵に笑う。


「お初にお見受けする」


 ……俺はこの少女を知っている。いや、知っていた。

 何度も何度も見た。耳が痛くなるほど声も聴いた。彼女の火力には何回も世話になったし、彼女の紙耐久にいくつものコントローラーが犠牲になった。


「アタシの名前は赤嶺カズサ。あんたに興味があるんだ」


 赤嶺カズサ。『ラドクロスバース』におけるヒロインの一人にして、攻略対象。

 そして────


(戦闘系tierGODヒロインじゃねぇかぁあああ!!)


 世界滅亡のカウントダウンが始まったことに、俺は心の中で頭を抱えた。


 *****


「ぐぬっ……ぐぬぬっ……!」


 現在、妾は運命と格闘していた。

 玉を作ってしまった紐をほどくように、複雑に絡み合った運命を丁寧にほどいていく。


 運命を操作するのは並大抵のことではない。妾の力をもってしても、運命をねじ曲げるには相応の労力が必要となる。

 特に、人の縁に関する運命は固い。出会うべき場所に出会い、出会うべき人に出会い。そして、結ばれるべくして結ばれる。


 運命とはそういうものだ。妾がいくら努力しても、運命はかたくなにその形を保ち続けようとする。


(この人たらしめがぁ……!)


 その上、シンラの運命は、妾の想像をはるかに超えて複雑だった。

 運命とは本来、一本の糸だ。多少曲がったり他の糸と接しているものの、最終的に行き着く場所は同じである。


 だがシンラの場合は違う。シンラは運命を捻じ曲げた存在だ。

 運命を変えたせいで紡がれるはずのなかった可能性が枝分かれしており、いくつもの人間の運命を巻き込んで絡み合っている。これでは運命が複雑化するのも必然だ。

 しかも厄介なことに、巻き込まれた糸は一本ではない。幾重にも絡み合っている。


(認めん、認めんぞ! シンラはやらぬ! あやつが必要とするのは妾だけ、他の女など必要ない!!)


 一本、また一本と可能性を潰していきシンラを孤立させる。

 まったく、手間のかかる男だ。


『シラユキ! 助けてくれ!』

「妾は忙しい。後にしろ」


 それどころではない。一刻も早く運命を元の一本に戻さねば雪だるま式に絡まるぞ。


(……む?)


 ふと、シンラの糸に絡まっている赤い糸が目に入った。

 まーた女狐をひっかけたな。油断も隙もない男だ。


 糸を手繰り寄せ、その正体を確認する。


 赤嶺カズサ────ああ、いつぞやに妾の鱗をはがしおった男の子孫か。

 憎たらしいほどに才覚にあふれている。もう何年か経てば、祖先と同等かそれ以上の力を手にしていただろう。


 だが、今はその才覚も妾の敵ではない。すぐにほどいて二度とシンラと関われない呪いをかけてやる。


(……む?)


 だが、妾は違和感に気づいた。


(……なんだ?)


 今までとは違い、赤い糸がほどけない。それどころか、時間がたつほどシンラの運命に絡まってより複雑になっていく。

 例えるなら、鉄が磁石に吸い寄せられるような感覚だ。


「馬鹿な、ありえん! 運命はそう簡単に変わるものではないぞ!?」


 初めて見る現象だ。妾のような高次の存在に干渉されるわけでもなく、運命が勝手に変わっていくなどあるはずがない。

 だが現に起こっている。妾の目の前で、シンラと女狐の縁が強くなっていく。


 それこそ、だったとしか思えぬほどに。




 …………待て。定められた運命!



「結果確定の運命収束作用か!」


 運命を変えた際、世界には時に生じる矛盾を解決させようと強制力が働く。


 物語で例えるなら、設定の整合性を取るための辻褄合わせ。登場人物の横暴で脱線してしまった脚本をどうにかして本筋に戻そうと世界が躍起になっているのだ。


 それが今回、シンラと女狐が急接近するという形で現れた。


 たしかシンラの記憶では、あの女狐は『ラドクロスバース』で重要な役割を持っていたはず。運命が変わった場合、真っ先に影響を受ける存在と言えよう。


(まずいぞまずいぞまずいぞ! 収束作用として現れたのであっては妾も容易に干渉できぬ!)


 諦めきれず運命に干渉し、シンラに付きまとう女狐の縁を断ち切ろうとした。

 だが結果は何度やっても結果は変わらない。時に比例して絡まっていく。


(ぬぅうううう!! 世界めぇえええ!!)


 どうしようもないほどに絡まってしまった運命を前に、妾はただ歯嚙みすることしかできなかった。

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