第20話 運命を変えず、『さだめ』を変えろ
保健室の一件から、赤嶺は俺に関わらなくなった。
露骨に避けるわけではないものの、クラスメイトの関係を保つだけで自分から執着したりしない。完全にモブとメインヒロインのあるべき距離感に落ち着いたのだ。
……が今度は別の問題が発生した。
(うぬぬ……)
俺から離れたはいいものの、赤嶺が主人公と接点を持とうとしないのだ。
これは思っている以上にまずいことで、ラドクロスバースのシナリオ的に赤嶺が主人公と絡まないと世界が闇に包まれてしまう。もっと言えば、彼女がシナリオ通りに動かないと運命があらぬ方向にそれてしまい、運命の修正力が強くなる。
それはすなわち俺に対する修正力も強くなるということであり、赤嶺に続く第二、第三の刺客が現れかねない。
だから、せめて好感度レベル1でもいいから仲良くなってもらわないと俺が困るのだ。
…………というか、個人的にも本当にお願いします。せっかくゲームの世界に転生したんだから、リアルな絆イベントが見たいんです。尊み溢れる光景を後方理解者面で見守りたいんです。
(さっさとヤることヤっちまってくっつけよ
『気色悪い焦り方をするな。童貞がバレるぞ』
席の机をバンバンと叩いていると、頭の中にシラユキの声が響く。
(童貞は関係ないだろ、非処女神)
『誰が非処女神だ、この体になってからはまだだぞ。…………って、そんなことはどうでもよい。なぜそんなに焦っておる。様子がおかしいぞ』
(どもうこうもねぇよ。カレンダーを見ろ)
もう入学して一ヶ月が経とうとしている。これをラドクロスバースの時系列になおすと第一章終盤だ。
つまり、もうすぐ一章ボスの賢月熊ミヒャルド、もといプーさん戦が近いのである。
ここで、第一章のあらましについて軽く振り返っておこう。
入学から一か月がたった頃、一之宮ハルキと仲間たちはダンジョン学の授業で学校の近くにある☆1ダンジョン、『木漏れ日山』で探索をする事になる。
『木漏れ日山』はプーさんがダンジョンボスをしているダンジョンで、近辺で最も難易度の低いダンジョンだ。プーさんに手を出さなければ初心者でも探索できる程度には平和で出現モンスターも温厚────────はずなのだが、主人公が潜入した時だけは様子が違っていた。
山を覆うように瘴気が充満し、在来のモンスターも狂気にあてられたのか凶暴化。さらに黒い汚泥を纏う謎の「化け物がダンジョン内を闊歩しているという異常事態。
異変を感じた主人公たちは異変の原因を探るべくダンジョンの深くへと踏み込み、その最奥で狂気に墜ちたプーさんと戦闘になる。………と言った具合のストーリーだ。
きな臭さが香ばしいあらすじからもわかる通り、プーさん戦はラドクロスバース内でも大きなターニングポイント。経験値や好感度稼ぎはもちろん、今後の展開に関わってくる重要なイベントだ。
なので、その時までに赤嶺をなんとかして一之宮軍団に加入させないと予定されたシナリオから大きく狂ってしまう可能性がある。
それに
(プーさん戦の前に赤嶺の単独戦闘があるんだよ。それが非常にまずい)
【単独戦闘だと?】
(ああ。下手すれば赤嶺が死んでしまうぐらいには厄介な戦闘だよ)
一章のプーさん戦に入る前に赤嶺は汚泥を纏うモンスター二体相手に五分間の耐久戦のフェーズが入る。
後に鬼蝕種モンスターと呼称されるそのモンスターはラスボスの力を植え付けられたという設定を持つ強化個体で、舐めてかかると余裕で死ねるぐらいに強い。今の赤嶺ではまず勝てないだろう。
(途中で主人公たちが合流して、それに驚いた鬼蝕種モンスターが逃げることで戦闘終了になる。……が、そのためには主人公が赤嶺の近くにいることが前提条件だ。主人公が助けに来るまで戦闘は継続される)
【ふむ。要するに、小娘に好き勝手に動かれては敵わんということだな】
(そういうことだ。赤嶺はシラユキ相手に啖呵を切るような女だぞ、どんな強敵が相手でも突っ込んでいくに違いない)
【で、あろうな。あんなちんちくりんでも世界を救うために必要なのだから困ったものだ】
以上のことから、俺は赤嶺が主人公に関わらないことに焦りを感じている。
赤嶺の死及び再起不能=シナリオの破綻だ。かといって過度に干渉すればそれもまたシナリオの破綻に繋がりかねない。俺達はあくまで傍観者であり監視者、ストーリーを紡ぐのは主人公達だ。
どうすっかなぁ。一番いい進行は赤嶺が鬼蝕種と戦っているところに主人公達が偶然通りかかり、共闘したことをきっかけに行動を共にすることだが、それは希望的観測が過ぎる。何かしらアシストしてあげないとその状況に持っていくことはできないだろう。
(アシスト……アシスト、ねぇ。急にお助けキャラになれって言われたってやること分かんねぇよ。しかも表舞台に出たらアウト、はっきり言って無理ゲー)
影で活躍するって想像以上に難しいな。努力でどうにかなった方が百倍マシだった。
【ならいっそ、先に化け物を間引いて置くのはどうだ。戦闘が起らなければ小娘も危険に脅かされまい】
(いや、ダメだ。それだと赤嶺と主人公が関わらない。俺達が目指すのは赤嶺が主人公と行動を共にするよう促すこと。赤嶺が生き残ったところでプーさん戦に巻きこまなければ意味がない)
イベントをスキップさせるのは今後の展開にズレを生じさせる可能性が高いし、後々のことを考えるとやはり主人公と赤嶺の関係を構築したほうが建設的だ。
どうしたら赤嶺と主人公をぶつけることができる?
【……促す、の】
(どうしたシラユキ)
と、シラユキが含みのある言葉を発した。
そしてしばらく考え込み、俺に質問する。
【シンラ、その戦闘に必要な条件は何だ】
(へ? えーと、まずダンジョンの第三階層で水晶のギミックを……)
【違う、ゲームの話ではない。その戦闘の場所と登場人物の話だ。どうすれば再現できる】
再現? ゲームの状況を再現するだって?
あれは偶然が重なってできるイベントだ。タイミングや人々の思考がうまくかみ合ってできるもの、一から作れるものではない。
(無理無理。できるわけがない)
【できるわけがないと決めつけるのは少々早過ぎだ。確かに小娘や一之宮ハルキの思考は読めぬし、化け物の行動もわからぬが】
(そうそう。だから────────)
【しかしな、シンラ。生き物というものは似たような条件下に置かれれば、おのずと行動が一本化するものだ。向こう側選ぶ権利があるなら、向こうが選ぶより先に選択肢を潰してしまえ】
……つまり?
【相手の出方を伺って駒を打つのではなく、いっそ全てを膳立ててやればよい。妾達が主人公等、小娘、化け物、熊を同じ場に居合わせるよう仕向ければ、ゲームと似たような展開がその場で行われるはずだ】
(まぁ、極端な話をいえばそういうことになるな)
【人なら助けを叫ぶだけで誘導できる。畜生ならばうまそうに歩いているだけでおのずと寄ってくる。いずれにしても、誘い込むこと自体は決して難しい事ではない】
(…………)
え?もしかしてシラユキ、俺に獣のエサになれって言ってる?
わざわざ凶暴なモンスターの前に出て、命を賭けた鬼ごっこを展開しろって言ってる?
というかモンスター抜きでも、四つの動く点を同時に管理しろって言ってる?
……うーん、過労死確定☆
(できるかぁ! 動く点Pでトラウマを覚えるクソ雑魚脳ミソに高度なことを求めんな!)
【よかったな。シンラの望み通り、努力でどうこうできる範囲に収まったぞ】
(そうだけどさぁ!)
もうそれ別の運要素が絡んできててない!? 赤嶺が都合よく動いてくれるか以前に俺の体がもつかどうかの話なんだけど!?
【では不確定要素を抱えたまま天命に身をゆだねるか? 運がよければ何も起こらぬやもしれぬぞ】
(うぬぬ……)
【当たるも八卦、当たらぬも八卦。全ては神のみぞ知る、というやつだ】
シラユキが機嫌よく告げる。
まったく、食えない蛇神だ。これが最適解だってはっきり言えばいいものを。
ふと、主人公軍団と赤嶺を見やる。
俺は彼らを御すことができるのだろうか。バラバラに動く個性の塊ども一人一人に気を配るなんて、考えるだけでも頭が痛くなる。
赤嶺だけでも精一杯だった俺に務まるのか。
(…………頑張るしかないか)
悩みに悩んだ挙句、結局『死ぬ気でやればなんとかなるかも』という淡い結論に落ち着いた。
もちろんプランも秘策も何もない。あるのはあてにならなくなったゲームの知識と空元気だけだ。やはり頑張るって言葉はいつになっても好きになれないな。
(ああ、どうかこの世界が努力が報われる世界でありますように)
どうしようもなく狂ってしまった世の中で、ひっそりと天に願った。
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