第38話 燃ゆる思いは一方通行

『明日の11時半に駅前のカフェで待ってる』


 それが、九坂からの手紙に記された文章であった。


 なるほど。簡潔にまとめられた短い文言。必要最低限の情報しか与えず、相手に動揺を誘おうという思惑が感じられる。いかにも九坂がやりそうな手口だ。

 不安をあおることで俺の視野を狭くし、行動を短絡化させる。IQが高くないとできない賢い作戦だといえよう。


 素晴らしい。それでこそ主人公の隣にいるべき人物だ。一ノ宮ハルキを陰ながらに応援する者として、頼もしいことこの上ないよ。心からの賞賛を君に送ろう。


 …………だが、甘かったな。俺が以前の死にキャラだった神薙シンラだったならいざ知らず、この前世の知識がインストールされた神薙シンラを相手にするには少々対策が足らなかったようだ。


 ─────だから現に、俺はこうして背後をとらえている!勝利を確信し、無防備に音楽を聞いているお前の後ろになぁ!


(ああ、敗北を知りたい! 俺TUEEEE!)


 マスクにサングラス、そして厚手のジャケット。完全なる変装コーデに身を包み、カフェのテラス席で優雅にほくそ笑む。


 まさか俺が別人を装って背中合わせの席に座っているなんて、流石の九坂も予想していないだろう。

 そりゃそうだ、だって九坂は俺が策略に気づいていないていで話を進めているのだから。切り捨てた可能性を作戦に加えるバカがどこにいるって話だ。


「~♪」

(クックック。鼻歌まじりにでも勝てるってか? 舐められたもんだな!)


 俺の手腕が凄すぎて読み合いに負けたことにも気づかないとは実に嘆かわしい。もしかすると、俺の賢さパラメーターは九坂以上なのかもしれない。確認できるなら今すぐにでもしたいところだ。


 …………さて、自画自賛はここまで。このまま愉悦に浸っていると本当に高笑いしてしまいかねないので、さっさと行動に移してしまおう。


 何も言わずに振り返り、九坂の肩を叩く。


「ん……」


 イヤホンを外し、九坂は気の抜けた声で振り返った。

 そこに俺は


「動くなよ九坂、立場をわきまえろ」


 袖に忍ばせた暗器針を眉間に突き付けた。

 前世の世界なら簡単には手に入らない代物だが、この世界はゲームの世界だ。武器屋に行けば暗殺者及び処刑人の職業武器として簡単に手に入る。


 命の危機を感じた九坂の表情が驚きに変わる。


「誰」

「おっと、これは失礼。顔を見せなきゃな」

「! ……神薙君、これはどういうつもり」

「ハッハッハ、無感を装うのも大概にしやがれよ」


 果たし状を向けておいてよく言うぜ。殺す気満々の癖によ。


「まぁ、お前の事だ。十中八九一之宮ハルキ関連だろうが、一応聞こう。?」

「っ……知らない。あ、あとそんなに大きな声を出さないで。恥ずかしいから」


 揺さぶりをかけてみたところ、九坂は周りを気にするそぶりを見せて話をはぐらかそうとした。

 ほう、まだ認めないか。だが強気の演技をするには少々動揺し過ぎだ。声が震えている。

 さらに詰めれば完全優位に立てるぞ。


「ふぅん。まだ認めないのか」

「だから知らない。何のことかわからないけど、神薙君は勘違いしてる」

「しらばっくれんな! じゃあこの果たし状はどう説明するんだよ!完全に俺を殺りに来てる証拠じゃねぇか!」


 バーンッと果たし状を突き付ける。九坂の瞳に焼き付けるようにして、しっかりと見せつける。


 どうだ!呼び出す用件も拝啓も敬具もない! あるのは場所指定だけの手紙!

 これを果たし状と呼ばずに、一体なんて呼ぶんだァ!


「これは……その……」


 九坂が果たし状から目をそらして言い淀んだ。


 ほら、やっぱりそうだ!九坂は俺を殺そうとしたんだ! この紙は果たし状なんだ、そうなんだろ!?


「……────から」

「ああ!? もっと声を大きく!私はこんな理由で神薙シンラを呼び出しましたって、ほらぁ! 」


 俺の言葉に、九坂がびくりと体を震わせる。


「それでもあれか!? 疚しすぎて言えないってか!? そんなに物騒なこと考えてたのか!?」

「……────たかったから」

「はいはい全然聞こえねぇ!さらに腹から声出して!お天道様と一之宮ハルキに面と向かって言えるようにさぁ!」

「っ……………うぁああああ────!」


 さらに煽ると、ついに九坂は発狂しながら言った。


「私、九坂クラマは一之宮ハルキに恋をしている!でもハルキは鈍感過ぎて何をやっても気づいてくれないし、優しいから他の女の子を吸い寄せる!だからどうすればハルキの気が引けるか、神薙君に相談したかった!」

「………………は?」

「内容を書かなかったのは赤嶺さんに知られないようにするため! あの子、口が軽そうだから! できるだけ知られたくなかったから!!」


 それを言い終わると、赤面した九坂はテーブルに突っ伏して動かなくなった。


 ……………お、おう。話をいったん整理しようか。


 まず初めに、九坂クラマは一之宮ハルキが好きだった。

 うんうん、それは分るよ。ゲーム内でも同じだからね、うん。彼女のアイデンティティとも言える設定だね。


 そして次に、九坂クラマはどうにかして一之宮ハルキの気を引きたいと思っていた。でも一之宮ハルキは良くも悪くも主人公属性だったので、この手のアピールには鈍感だった。

 うん、そうだね。主人公君は鈍感だね。男として失格だね。


 最後に、一之宮ハルキがなかなか自覚してくれないことに業を煮やした九坂クラマは、どうすれば一之宮ハルキの矢印が自分の方を向いてくれるかを俺に相談しようとした。

 そこで何故俺に相談するのか……と問われれば、それは俺と一之宮ハルキが似ていると(彼女が勝手に)思っているからだろう。以前そんなことを言っていたような気がする。

 俺なら一之宮ハルキの気持ちが分かるはずだと、そう思ったのだ。


 つまり


(勘違いがアクセラレーションしてとんでもない地雷を踏みぬいちまったな俺ェ!)


 あろうことか、俺は恋する純情乙女のSOSを果たし状と勘違いし、さらに無理やり世界の中心で愛を叫ばせてしまったということだ。ヒロインの恋を応援する愛の戦士として、この行動は万死に値する大罪である。


 ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る九坂に声をかける。


「あ、あのぉ? 大丈夫?」

「…………」


 完全にぶすくれてるねぇ!ゲームで爆弾パラメーターが爆発した時と全く同じだから完全に終わっちゃってるねぇ!


「ああああああああ! 本当ッ、マジで誠に申し訳ありません! この神薙シンラと赤嶺カズサ、あとついでにシラユキが腹を切ってお詫びいたします!」


 だから、だからどうか────


「どうか機嫌だけは直してください、何でもしますからァアアア!」


 この後、俺は九坂が満足するまでの小一時間謝り続けた。


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