第37話 あの娘からのドキドキの手紙

 五月二日の午前九時。俺の携帯から着信音が鳴る。


「はい、神薙です」

『ん、シンラ。わたしわたし』

「ああ、赤嶺か。どったの?」


 電話の主は意外にも赤峰だった。

 この前赤峰の家に行った際、番号とメアドを交換させられたので一応登録だけはしていたが、実際電話がかかってくるのは初めてだ。


 俺が用件を促すと、赤峰はおずおずといった様子で話し始める。


『んにゃぁ……別に私が用件があるってわけじゃないんだけどさ。別の人がっつーか、クラスメイトがシンラにどうしても話があるって言っててさ』

「クラスメイト? 誰の事?」

『九坂クラマって知ってる?』

「!?」


 九坂クラマという言葉に、俺は思わず言葉を失った。

 赤嶺からその単語が出てくるとは思わ…………いや、よくよく考えてみればダンジョン学の模擬戦後、赤嶺に俺の情報をリークしたのは九坂だ。接点自体はあってもおかしくはない。(まぁ、プライベートでも付き合いがあるってのは意外だったけれど)


「んんっ……まぁ、ちょっと話したことがあるくらいかな」

『そっか、なら話は早い。昨日、九坂が私に手紙を渡してきたんだよ。「神薙君に渡して欲しい」ってさ』

「んー?」

『なんか重要な用件らしい。中身を見るなって五回ぐらい念押しされたし……今思えば、結構焦ってる感じだった。心当たりあるか?』

「はぁ、何のことだかさっぱりだ」


 首をかしげながら答える。


 誰かに見られたくない手紙。安直に考えればラブレターが最有力候補だが、九坂が一之宮ハルキ以外に恋慕するというのはまずないだろう。


 なぜならヒロインの中で一番嫉妬深く、恋愛パラメータの爆弾管理が最も難しいのが彼女だからだ。

 他ヒロインとのデートを目撃されたら爆発、デートイベントでミス選択肢を五回連続選んだら爆発、一回のダンジョン探索で三回以上棺桶に入れたら爆発。俺達を苦しめた九坂の恋心が簡単に移ろうはずがない。

 と、なると……ダンジョン絡みだろうか? 前回の?


「赤嶺、手紙の形はどんな感じだ? ハートの封とかされてない?」

『カタチ? んーと待ってな』


 電話越しに引き出しの擦れる音がする。


「……なんて言えばいいんだろ。こう、白い封筒に便せんみたいなのが入ってて、封はされてない。ちゃんとした手紙と比べると不格好な感じ』

「なるほど」


 ならラブレターじゃないな。期待しなくてよかった。


 俺は椅子の背もたれに体重をかけ、溜め息を吐く。

 それにしても九坂が俺に手紙を出す用事なんて心当たりがない。頼りごとなら主人公を頼るだろうし、事務連絡なら赤嶺に言付けておけばいい。

 なぜ俺なんだろう。俺にしか頼めない事って────と。


『あっ………』

「ん?」


 赤嶺が息を飲むのが聞こえた。

 これはあれだ。点と点が線でつながった時に発する感嘆だ。


「どうした?」

『なんでもない。万が一、億が一の可能性なだけで、絶対あり得ないとは思うけど……』

「なんだよ歯切れの悪いこと言いやがって。この際何でもいい、言ってくれ」


 赤嶺がここまで言いよどむのは珍しい。よほど変な事なんだろうか?


 俺が催促すると、彼女は数秒押し黙った後、意を決したように口を開いた。


『あのさ、これ』

「うん」

『…………九坂からの果たし状なんじゃないか』

「えー、ハタシジョウ?」


 なんという超解釈。昭和の極道映画やヤンキー映画の世界ならまだしも、青春恋愛RPGの世界において果たし状なんて血なまぐさい単語を聞くとは思わなかった。

 俺は苦笑しながら、電話越しに赤嶺へ文句を垂れる。


「九坂クラマに限ってそれはないだろ。あいつ、超が付くほどの良い子じゃん。クラスきっての優等生が暴力に訴えるか?」

『だから可能性だって。九坂ならあり得るかなーって』

「いやいや、微粒子レベルでも無いだろ。理由がない」


 俺は鼻で笑う。

 確かに俺はどちらかというと嫌われ者のポジションだし、九坂に好かれている自信もない。だが、だからといって彼女の逆鱗に触れるような真似をした覚えもない。

 九坂が俺へ果たし状を出す理由なんて、ないはずなのだ。


 しかし、赤嶺は一呼吸おいてから言う。


『果たし状って言ったって、それが悪意あるものとは限らない。例えば、そう……九坂はシンラのことを試したい、とか?』

「そんなことあってたまるか! もしそうだとしたらお前と完全にキャラ被ってて萎える!同じ作品に戦闘狂二人は激萎えだわ!」

『おい』


 ごめんて。でもホントにキツイもん。


 ともかく、九坂が俺に果たし状を出す理由なんて無い。脈絡も伏線もない憶測だ。

 俺はそう結論付け、赤峰との会話を切り上げようとした────


『私だって考えなしに言ったんじゃない。根拠ぐらいある」

「はんっ。聞こうか、そのくだらない理論の根拠とやらを」

『この前のダンジョン学の模擬戦が終わった後にさ、九坂に聞かれたんだよ。「神薙君の精霊をどうやって倒したの?」って、対シンラの戦い方を』

「……マジで?」

『マジマジ』


 赤峰は軽々しい口調で答える。


 嘘だそんなの……と否定したいのはやまやまだが、赤嶺には俺に嘘をつく理由がない。つまり、本当に九坂は俺の攻略法を知りたがっていたということだ。

 そして、九坂が俺について調べる理由なんて────一つしかない。


『えっと、動機に心当たりある?』

「……ある。下手したら殺されるかもしれん」

『えぇ……』


 運命の修正力。それしか考えられない。

 シラユキの話によれば、運命の修正力の影響を受ける人間は世界に置いて大きな役割がある人間だという。もちろんヒロイン第一号の九坂クラマもそれに当てはまるし、なんなら一之宮ハルキの次に影響を受けるだろうキャラだ。


 とすると、だ。


 赤嶺の場合はイベントの変化という穏やかな形で現れたが、今回はド直球に俺の殺害という形で現れた。そして、果たし状を送るほど進行が進んでいる。

 九坂がどういう思考回路に至ったかは知らない。けれど、九坂が俺の情報を調べ、殺害計画を練っているのは確実。


 さらに言えば、九坂クラマの賢さはマリアさんの次に高い数値だ。彼女の殺害計画なら完全犯罪も可能かもしれない…………少なくとも、俺に逃れられる程度のモノではないはずだ。


『もしかして怒らせるようなことした? それなら私が取り持ってあげるからさ、何があったか言ってみなよ』

「無駄だ。たとえ俺がプリンを差し出して五体投地したところで九坂クラマは俺を殺す。絶対に」

『本当に何やったの……?』


 何もやってないからこうなってんだよ、九坂もお前もな!!


 ごくりと唾を飲み込み、俺は思考を加速させる。

 俺を呼び出すってことは、計画は最終段階まで進んでいるはず。リサーチ、シミュレーション、シチュエーションに至るまで完璧に整えて俺を仕留めにくるはずだ。


 今のままでは俺は九坂に殺される。それは絶対だ。

 だが、ただで殺されてやるつもりもない。徹底抗戦上等、前世の記憶を持って抵抗してやろうではないか。


「…………分かった。今から果たし状を取りに行く」

『それはいいけど……本当に大丈夫?当日ついていこうか?』

「いや、いい。それを許すほど『紅魔使い』は甘くはないだろうさ。巻き込まれるだけ損だぞ」


「とりあえず玄関で待っとけ。わかったな」と赤嶺に指示を出し、俺は通話を切る。

 そして、ハァと息をついてから呟いた。


「ダンジョンでは好感触だったんだけどなぁ」


 心苦しいが、彼女には痛い目を見てもらうとしよう。




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