第36話 虚構の灰姫は何者なのか?
「つまり貴様は妾達が怒っている最中、道すがらに女子を口説いて帰ってきたと言いたいのだな。臆病者のくせに性欲だけは一丁前だ」
「シラユキ、お前の読解力はどうかしている」
どう解釈したら俺が女泣かせのプレイボーイに見えるんだよ。過激派フェミニストばりの拡大解釈をするんじゃねぇ。
玄関先で謝り倒し、一時間後にようやく家に入れたもらえた俺は、嬢ヶ崎オリヒメのことについてをシラユキに話した。そしたら床に座らされこの始末である。
そりゃあ嬢ヶ崎オリヒメを性的な目で見ていないといえばウソになる。しかし、流石の俺でも性欲と損失を天秤にかけて自身の損失の事を優先するくらいの理性はあるのだ。
「どうだかな。我が身可愛さで
「いや、それがマジなんだって。大体、俺みたいな童貞拗らせ陰キャに初対面の女子を口説く度胸はない。そうだろ?」
「 ……それもそうだな。他所の女に手を出す度胸があるならとっくに妾の寝込みを襲っているはずだ。的を得ている」
「おい、少しは否定しろ」
素直に納得すんなや。余計惨めになったじゃねぇか。
「まぁ、妾は寛大だ。英雄色を好む、その一例だとしておいてやろう」
「へいへい。白蛇様は懐が広いこって」
「─────で、肝心の本題だ。自虐のためにこの話をしたわけではなかろう」
茶番劇には飽いた、といわんばかりにシラユキは欠伸をして言った。揚げ足をとったのはお前の方だろうに。
でもまぁ、彼女の判断は正しい。
「そうだな。俺が心配しているのは嬢ヶ崎オリヒメという存在が運命からの刺客かどうかということだ」
赤嶺の一件から推測するに、彼女が俺に声をかけたのは運命の修正作用の影響だと考えられる。
なぜなら本来、俺と嬢ヶ崎は出会わない。彼女が作中に登場する時にはすでに俺が故人になっているからだ。話題にも上がらない他人の関係である。
ただ───
「正直、嬢ヶ崎がストーリーに絡まなくてもゲーム自体はクリアできる。世界を救うという点だけを見れば、嬢ヶ崎オリヒメはあんまり重要なキャラじゃないんだよ」
「ふむ。つまり『運命からの刺客と断じるには早計だ』と言いたいわけだな」
「そういうこと」
ラドクロスバースは嬢ヶ崎をパーティーに加入させるか否かで展開が変わる。加入させればDLCで追加された特殊エンディングが見られるし、加入させなければDLC以前のエンディングが見られた。
ならば、この世界がDLC以前のエンディングを迎える世界線だと仮定した場合、嬢ヶ崎は登場もしないモブとなって運命からの刺客になりえない。俺との接触は偶然だということになるのだ。
楽観的と言われればぐうの音もでない。しかし、あながち無視できない可能性である。
「そこで運命の専門家であるシラユキの意見を仰ぎたい。どう思う?」
「確かに、な。あり得なくもない話だ」
しばらく熟考して、シラユキは顎に手を当てる。
「前も言った通り、運命に影響を受ける人間は例外なく重要な役割を持つ。世界を救う、あるいは滅ぼす、それらを助ける、貶める────派閥や主義に関わらずな」
「…………」
「だが今回の場合、嬢ヶ崎オリヒメとかいう女はそれ以前の問題だ。主義もなく派閥もなく、世界をどうこうしようとする気概もない。
ごくりと唾を飲み込む。女はただのモブなのか。それとも、やはり刺客なのか。
張り詰めた緊張の中、シラユキはつんと澄ました表情で言った。
「つまり、つまらん女ということだ。考えるだけ無駄、忘れ去っていい人間よ」
………………そ、そっか。うん、まあそうだよな。よかったよ。
安堵して脱力する。
つまらんという評すには少々インパクトのある個性だったと思うが、シラユキの目にはそう映ったらしい。
「おそらく、今後シンラとその女が接触することはない。所詮はたまたま出会っただけの他人だろう」
「だといいけどな。なんというか、妙に引っかかるんだよ。フラグを踏んだというか……なんていうか……」
偶然で済ませるには少し強引な気がしているのだ。違和感、といえばいいのだろうか。
ボタンを掛け違ったような、ちょっとした不自然さが拭えない。
「なんだ、まだ引っかかっておるのか。この小心者が」
「なんだかなぁ、ミスリードしてる気がするんだよ。4月の時がそうだったからさ」
「…………はぁ。これだから人間というものは」
シラユキは肩を竦めると、俺の額に足を置いた。
足裏の柔らかな感触が額越しに伝わった。
「どうだ、心地は」
「踏まれ心地がどうだって言われても……まぁ、惨めさが4割で心地よさが6割って感じ?」
「貴様に自尊心は無いのか…………まぁいい。ただ、それだけだ」
ただ、それだけ? 意図を理解できず首を傾げる。
シラユキは足をグリグリと動かして言った。
「今貴様を踏んでいるのは、かつて厄災として名を刻んだ蛇神だ。見ることさえ禁忌とされ、触れた者は例外なく呪われるとさえ伝えられてきた怪物。そんな存在が、今、触れている。────どうだ、それでシンラは呪われたか?」
「…………いいや」
「そうだ、呪われはしない。結局、妾は妾。どうあがいたって変わらず、変わったのは周りからの見方。その程度なのだ」
「それは……」
「どんと構えていればいい。どうせ
一時の間を置いて、「ま、流石に悪感情を持っていたのなら話は別だがな。その時は妾が責任もって食らってくれよう」とシラユキは足を退ける。
……在り方、か。流石は上位存在、見ている視点と年の功が違う。
「ああ、そうだな」
卑屈だった心持ちが、シラユキの言葉によって上を向かされた気がした。
俺は俺でいいんだと。俺が思うままに動けばそれでいいのだと、少し前向きになれた気がするのだ。
「……ありがとな、シラユキ」
「礼などいらん。これはただの蛇足、戯言にすぎん」
ツンと顔を背ける彼女に俺は笑って返し、心の引っかかりを忘れるにことにしたのであった。
────ただ、この時の俺はまだ知らなかった。
この『在り方は変わらない』という法則が嬢ヶ崎オリヒメにも当てはまっていたということ。
シラユキが感じた『空っぽ』が思っている以上に重要な言葉だったということ。
そしてやっぱり、俺は俺でしかないということ。
「多分、大丈夫だと思う」
能天気な俺は、この先に訪れる絶望をまだ知らなかった。
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