第33話 これが序盤ってマ?

 波乱万丈、激烈怒涛のダンジョン学実習を終えて時は四月の二十五日。

 青春の幕間を感じさせる斜光が窓から差し込む、一般ピーポーにとってははごくごく普通のありきたりな日だ。事実、俺の周りではクラスメイトが砕けた口調で歓談および冗談に興じている。


 まぁ、学校での昼の1時休憩なんて高校生にとって何の生産性もないひと時であるべきなのだ。休憩とは読んで字のごとく自らを休んで憩うためのもので、決して頭をフル回転させていい時間ではない。


 そう────俺は休まるべきなのだ。本来は。


「シンラ。今日の午後って空いてるんならアタシんに来ないか?」

「話に脈絡をつけろ、脈絡を」


 しかし、俺の目の前の光景は休憩と程遠いものであった。

 例えるなら、そう、殺し屋に銃口を突き付けられている感覚。明確な死が目に見える形で存在している恐怖だ。


 彼女の指先は俺にとってのナイフ、彼女の足は俺にとっての鎌。触れようものならたちまち命を奪ってしまいかねない危険をはらんでいる(運命的な話で)。


 そんな俺の事情はつゆ知らず、赤嶺は手をひらひらとさせて


「いやぁさ、そういやシンラってアタシの事まったく知らないんじゃないかって思ってさ。せっかくパーティーを組んだってのに、いつまでもそれじゃおかしいだろ」

「知らないか知っているかと言えば……まぁ、知らないな? 赤嶺カズサという人間の概要は知っているけれど、赤嶺カズサがどういう日常を生きているかと聞かれれば、それは知らないとしか言いようがない」

「そう、その通り。だからここは親睦を深めるために、一度アタシの家に招待しようって寸法だ。理解できるよな」

「お、おう。そうだな」


 赤嶺カズサの家、か…………ゲームではベッドの下を探ったら装備品『ウサちゃん印の元気下着』が手に入るんだけど、現実こっちでもそうなのかなぁ。なんて思いつつ適当な相槌をうつ。


 この女の言う通り今から一週間前、俺は単位欲しさに赤嶺と悪魔の契約を結んでしまった。

 その内容とは「この一年間、俺と赤嶺は班を組み続ける」というもの。ダンジョン学の担任曰く、「ダンジョン学の成績は通年で出される。つまり来年の三月時点で神薙君と赤嶺さんが班を組んでいなかった場合、神薙君の成績はソロとして換算されて4月の実技は0点だ。赤嶺さんの機嫌を損ねないよう気をつけろよ」とのことで、俺の運命は文字通り赤嶺に握られている。彼女は後々俺を殺すかもしれないってのに、夢も希望もない。


 …………で、今回の自宅への誘いだ。

 ちなみにラドクロスバース本編では赤嶺が主人公を家に招くという描写はないので、この招待は本編には一切関係ない行動と言える。多少対応をしくじっても焦る必要がない問題だ。


 むしろ、進級のためにもできるだけ忖度をしてあげたいところ。余計なことで爆弾を抱えて本編に支障をきたしたくない────のだが


「誰が行くか。生娘の住処なんぞシンラにとって毒だ、毒。不健全極まりない」


 突然、後ろから腕がにゅっと生えてきて俺の首に絡まる。

 存在を明かしてからついに学校にも現れるようになった自重無き女、シラユキだ。


 こいつ、先週の一件から束縛が強くなったんだよな。元々メンヘラ気質なところがあったのは理解していたが、ここまでとは。場合によっては赤嶺よりも厄介だ。


 シラユキは露骨に不満げな顔をすると、俺をイスごと自分の方へと引き寄せる。


「この卑しい獣め。我が親友をたぶらかすな」

「いや、俺にべったり抱き着いてる状態で風紀を語られても説得力が────」

「部外者は黙っておれ」

「うぐっ」


 ドスの効いた声とともに気道を締められ発言権を失った。渦中の人間なのに部外者と判定とは、解せぬ。


「小娘。再三言っておるが、貴様とシンラでは格が違う。妾は認めておらぬぞ」

「確かに、シンラは私にはもったいないくらいの男だ。事実、ダンジョンではシンラの強さに助けられたわけだし、その評価は甘んじて受けよう。…………けれど、それはあんたに言われることじゃないね。そもそもあんたがちゃんとしていれば私が助け船を出ようなすことにもならなかったんだし」

「ぐっ!?小娘風情がぬけぬけと……ッ!」


 赤嶺が勝ち誇った顔をし、シラユキがこめかみに血管を浮き上がらせる。


 保健室でぶん投げられたせいでシラユキに苦手意識を持っていた赤嶺だが、ダンジョン学の一件でなぜかトラウマを乗り越えたらしい。今ではキレッキレの返し文句を言える程度にはメンタルが回復している。(まぁ、それと比例するようにシラユキのストレスと酒の消費速度がマッハなわけであるが)


「つーわけで、口出しは無用だぜ。だ」

「ほう、五回ほど死にたいようだな。来世も残さず呪に沈めてやる」

「わー、タンマタンマ! ここでケンカするな、班で問題を起こしたら俺の成績に関わるから!一応評価項目なんだぞ!」


 挟まれる身にもなってみろ! 物理的にねじられた胃がさらにねじれるわ!


 手をぶんぶんと振って二人を制し、視線を集める。


「なっちまったもんはしょうがねぇんだよ! ただでさえ二人は我が強いんだから、お互いが我慢しねーと班として成り立たない! わかる!?」

「だってこいつが」「だって小娘が」

「『だって』とか子供っぽい言い訳を使ってんじゃねぇ! とにかく、俺は二人にできるだけ譲歩するから、お前らも互いに譲り合いの精神を持つこと! これ、この班の掟ね!」


 無理やり場を仕切って話をまとめて、俺は背もたれに流れこんだ。二人も決して満足な顔をしてはいないものの、俺の機嫌を察して頷く。


 はぁ、疲れる。どうしてゲーム世界の連中はこんなにもキャラが濃ゆいんだ。キャラゲーだからと言われればそれまでなんだけれども。


「んで、赤嶺。自宅への招待の話だったよな」

「ん、ああ」

「別にいいぞ。ロクに部活もやってない身だからな、時間は有り余っている」

「なっ、しかしシンラ! 妾達の立場からしてみれば────」

「黙ってろシラユキ。確かに危険な手かもしれないが、『赤嶺を知れる』ということはとても重要だ。どんなピンチでも、事前に知ることができれば対策が打てるからな」

「うっ、それもそうだが……」


 ダンジョンにて鬼蝕種が3匹ではなく5匹いたように、もしかしたら赤嶺の情報が俺の知るラドクロスバースでの設定と違うかもしれない。いくら転生者でこの世界の知識を持っているといっても、手にある情報で慢心するのは危険だ。

 実際、俺はそれで足元をすくわれたからな。


 もう絶対に油断をしない。赤嶺の招待を受けるのも未来への先行投資だ。


「じゃ、今日の放課後ね。楽しみにしてるよ」


 俺がそう言い終わると同時に、昼休みの終幕を告げるチャイムが鳴った。

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