蛇足話 深刻な問題とサークル活動のノリ
赤嶺の実家は由緒正しき実践型剣武術、その名も赤嶺活心流の総本山である。
昔、名の知れた剣豪だった赤嶺のご先祖様がこの地で私塾を開いたことが始まりで、今では全国に道場を持つ剣道の大手流派だ。
だから、赤嶺の家には当然のごとく道場がある。それはそれは威風堂々と、母屋にも負けずがっつりと。
「ここが私ん家の道場だ!」
「はえー」
右から左に読むタイプの看板に赤嶺活心流の歴史を感じつつ、俺は呆けた相槌をうつ。
ラドクロスバース内で描写されていた外観とほとんど同じだから分かってはいたけれど、やっぱりリアルで見ると言葉で表しきれない荘厳さを感じる。
スゲー、維持費どれぐらいになってんだろ。
「……そんなに面白いか、その道場とやらが」
しかし、感嘆の声を漏らす俺とは裏腹にシラユキは不機嫌だった。
こいつ、俺が先に帰っててもいいと言ったにもかかわらず「行かぬとは言っておらんだろう」というツン属性特有のめんどくささを展開してついてきたんだよな。そのくせぐだぐだといじけてるし、ホント何しに来たんだよ。
シラユキが退屈さに負けて、磨かれた床を足で撫ぜながら
「伝統あると言っても、精々200年ほどの建築。妾からして見れば刹那的な歴史だ、面白みも深みもない」
「あんのなぁ……シラユキにとっては一瞬でも人間にとっては200年は途方もない時間なの。少なくとも古さに対して感傷に浸れるくらいには想像できない」
「はんっ、浅慮なことだ。前の住処に行けばその程度の年代物などいくらでもある、何なら千年物の反物や宝具も腐るほど持っておるぞ」
「そこで張り合われても…………待って、それ初耳なんだけど。お前、そんだけの財産があるのに俺に酒をねだってたの?」
「…………酒は奢ってもらった方がうまい」
ふざけんな! よりにもよって純米大吟醸を買わせておいてそりゃないぜ!
………が、聞き捨てならない情報が出てもこれ以上話の腰を折るわけにはいかないので、今はぐっと飲み込んでおく。今は赤嶺の道場についてを深堀りするターンだ。
「赤嶺、話を続けてくれ。一旦シラユキは無視しよう」
「お、おう……。まぁ、こんな感じで、ウチには道場がある。私の自慢だ」
「道場なんて普通の家にはそうそう無いよな。……ってことは、赤嶺は物心ついた時からここで稽古してたってことか?」
「んー、そう言われるとそうなのか? あんまり自覚はなかったけど、今思えば確かにそうかも」
「でもまぁ、
当たり前。赤嶺カズサという人間にとって、剣は身近な存在であった。身の上、環境、期待、伝統。それらの要因があったから、赤嶺カズサは剣士なのだ。
この世界がゲームの世界だと知っている俺からしてみれば、赤嶺カズサの概要なんて制作側が考えた単なる設定で当たり前だと思っていたけれど、改めて言われるとやっぱり違うと感じてしまう。
設定資料と同じことを言われているのに重みが違うな。これも赤嶺が生きてきた年齢分の歴史が言葉に乗っているからだろうか。
「なんだ、ニヤニヤして」
「いいや、何でもない。普段の赤嶺のことが知れてちょっと嬉しくなったんだ」
「っ────そ、そっか。それならよかった。元々、そのためにシンラを呼んだんだからな」
? 顔を赤らめてどうした? 何か悪い事でも言ったか?
「ンン゛ッ、とりあえず中に入ろう。知って欲しいことがいっぱいあるんだ」
そう言って、赤嶺は扉の取っ手に手をかける。
…………ん?
「ちょっと待って赤嶺。道場の中が騒がしいんだけど、中に誰かいたりする?」
開けたわずかな隙間から喧騒が聞こえる。赤嶺からはそんな話はまったく聞いていないんだが……。
「あ、そっか。今日って木曜日か」
「それが何か?」
「ん、いや。せっかく立派な道場を持ってるのに赤嶺家だけで使うってのももったいないってことで、家の人が使わない平日の昼間なんかは定期的に貸し出したりしてるんだよ。今日はたまたまその日だったってだけ」
「へぇー」
小学校の体育館が申請すれば貸し切れるように、赤嶺の家の道場もそういう制度があるらしい。近くで道場がある場所と言ったらここしかないし、そういうこともあるのだろう。
「木曜日だから、今日は大学サークルの人たちかな」
「大学サークル……やっぱり邪魔しちゃ悪いから紹介はあとででいいよ。大学の人たちも練習に集中したいだろうし、部外者の俺が入ったら調子狂っちゃうから」
「ああ、心配しなくても『剣豪会』の人たちは気さくな人たちだから。多分大丈夫だと思う」
「ちょっと!」
俺の謙遜を気にも留めず、赤嶺がナチュラルに扉を全開にする。
赤嶺にとっては馴染みの人たちなんだろうけど、俺にとっては初対面の年上なんだよ! まだ心の準備が────
「我らの盃は喉にあり! 注がず乾かすことなかれ! それでは、カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
「「……………」」
絶句した。なんかもう心の準備とかそう言う以前に情報量が多すぎた。
扉の先では竹刀の代わりに酒瓶を持ち、頭に巻いているはずの綿タオルをぶんぶんと振り回している集団が声を張り上げている。
俺はもちろん唖然としてるし、隣の赤嶺に至っては口をパクパクとさせて目の前の光景を理解できていない。
えーと、剣豪会の皆さんだっけ。酒豪会じゃなくて?
「赤嶺さん? これはどういうことです?」
「……ちょっと三秒だけ目をつぶってくれ。私は今から慈悲を捨てる」
次の瞬間、置き場から抜き取られた竹刀が司会者の頬をかすめた。
剣道では時々手から離れた竹刀が天井や壁に刺さことがあるとは聞いていたが、まさかそれをこの目で見ることになるとは。それも剣の申し子、赤嶺カズサの物となればそれは神速の勢いに達するだろう。
事実、衝撃で突き刺さった後も竹刀が震えている。これが数センチずれていたら余興では済まされない大惨事が起こっていたはずだ。
「先輩方、これはどういうことで?」
「「「「「…………!」」」」」
赤嶺の存在を認識した剣豪会の皆さんが追い詰められた鼠のごとく隅に背をつけた。
そして、少しの間をおいて一人の女大生が集団からはじき出される。
「なっ、この卑怯者共っ………や、やぁお嬢。今日はご機嫌だね」
「春子さん、私がご機嫌に見えますか? もしそうだとしたら、春子さんの頭はすでに酒が回っているようですね。一旦吐きます?」
「いやいやいや! とんでもない!私はシラフさ、うん!」
女大生、改め春子が冷や汗ダラダラで親指を立てる。
なんとなくだが、赤嶺と剣豪会の皆さんの力関係が分かったような気がする。本当になんとなく、気づきたくないほどなんとなくだけど。
「まぁまぁ、そんなカリカリしないで。せっかくお友達が────」
「正座」
「……はい」
「後ろも」
『はい』
わぁ、すごい
約30人程の二十歳越えがただ一人の少女にひれ伏す様は、俺の感動を生むには十分なほど壮観だ。俺がシラユキに五体投地する様が重なって涙が出てくる。
「まぁ、ここにいるロクデナシ軍団がシンラに紹介したかった剣豪会の皆さんだ」
『ドーモ、ロクデナシ軍団デス』
「あ、ああハイ。神薙シンラと申します」
これが、俺と剣豪会の殺伐とした出会いだった。
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