第5話 あの日変わった私の従弟(★)

 入学式には出会いがつきもの、かく言う私もその意見は同意する。


 新しい環境になれば必然的に刺激が多ければ多い程人は惹かれていくものだ。

 例えば、自分のクラスに超絶美少女がいたら? 例えば、隣の席にちょっと可愛い女子が座っていたら?

 そんな状況に誰だって興味を持つはずだ。


 いつか、シンラにもそういう人ができるのだろうか。



「お姉ちゃん、行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 玄関で靴のかかとを整え私、神薙マリアはイヨに手を振る。

 生徒会長の朝は早いのだ、今日も在校生演説のための原稿を携えて学校へ向かう。


 それにしても……シンラはこの一カ月で変わったと感じる。

 中学生から高校生になったからということもあるが、シンラはどこか大人びたというか……落ち着いた雰囲気になったと思う。

 一か月前の夜遅くにシンラが帰ってきた時、あの子は何もかもが変わっていた。


 もちろん見た目や中身の話ではない。外見はほとんど変わっていないし、内面もそうだ。

 シンラはシンラで、私とイヨの従弟だ。どこか抜けているけど天然で可愛い弟みたいな存在。

 だが、何かが違う。言葉では説明できないが、この子はもう子供じゃないと感じた。


 突然白蛇様の謎を解き明かしてダンジョンに挑み、白蛇様をシラユキと呼んで親しげに話す姿を見た時は驚いた。まるで別人のようだったから。


 私の知るシンラは物静かで、友達を作るような性格じゃなかった。ダンジョンに単身で挑むなんて大それたことはしなかったし、運動は苦手で外で遊ぶなんてこともしなかった。


 彼の何がそうさせたのかは分からない。しかし、今のシンラは前に比べて良い意味で人間らしくなったと思う。

 それはとても喜ばしいことだ。


 ……だけど、やっぱり不安もある。


 だって、あんなにカッコいい男の子を女の子が放っておくわけがないのだから。

 最近のシンラはとても輝いているように見える。もしかしたら、これからもっとモテてしまうかもしれない。カノジョを作ってしまう可能性だってあるだろう。


 その時、私はどんな反応をしてしまうのだろうか。

 私とは違う形の青春を送っていることに嫉妬してしまうのか。それとも、あまりのことに頭が追い付かず呆然としてしまうのか。


 でも、願うことなら応援してあげたいかな。従姉として。


「ふふっ、私ったら何を考えているのかしら」


 考えすぎよ。まだ決まったわけじゃないし、そもそも彼女ができたとしても私がお姉ちゃんなのは変わらないのだし。


 そんなことを思いつつ歩みを進めていると、学園広場のまえで人だかりができていた。どうやら、誰かが問題を起こしたらしい。


「はぁったく……」


 生徒会長として、見過ごす訳にはいかないわよね。

 人混みの隙間から覗いて見ると、そこには男子生徒が立っていた。モデルかと思うほど端麗な顔立ちで高身長、長めの黒髪を靡かせており、凛々しい眼光が特徴的だ。

 隣には杖を持った少女が立っており、倒れた不良たちに睨みを利かせるように立っている。


「ちょっとあなた達! 学校でケンカはやめなさい!」

「げっ……生徒会長……!」

「やばい、逃げろ!」


 私が来たことに気がついた不良たちは蜘蛛の子を散らす様に去っていった。

 まったく……最近はこういうヤンチャな子が多いんだから、と呆れながらその男を見ると目が合ってしまった。


 しまった、つい見ちゃったわ……。まぁ大丈夫でしょう。

 彼は軽く会釈すると、そのまま校舎に向かっていった。


 まったく、新入生を怖がらせるのも大概にして欲しいわね。私がいたからよかったものの、本当に危ないところだったわ。


「さて、早く行かないと……」


 私は生徒会長の責務を果たすべく、足早にその場を後にした。


 *****


「……よし、マリアの登場でチュートリアルの終幕を確認。ラドクロスバースのシナリオが始まったな」


 入学式当日、俺は一足先に学校に行って体育館の裏に張り込んでいた。

 目的は主人公の行動を捕捉し監視すること。この行動は俺の生存において重要なファクターとなる。


 見たところ、主人公に変わった動きはない。ここからは俺自身の頑張り次第だ。


 まずは主人公に関わらない事。

 そして、できる限り目立たず、普通に生活する事。それが平穏のための第一歩だ。


 卒業式の会場である体育館に入る前に、俺はシラユキに念話を送る。


(シラユキ、誰かにバレていないよな?)

(無論だ。この屋敷の上で待機していればいいのだな?)

(ああ、その通りだ)


 シラユキには体育館の上に座っているように指示してある。


 改めて言っておくが、シラユキには俺を助けるつもりは全く無い。俺が何度も頼み込んだものの、下げた頭を踏まれるだけで彼女の意志は変わらなかった。


 だから、俺は発想を変えた。頼み込んでも無理なら、自然と巻き込まれるように仕組んじゃえばいいじゃないかと。


 現在、シラユキが座っている地点は俺が入学式の時に座る席の真上だ。つまり、虎が外から強襲しようものなら結果的にシラユキと鉢合わせする。そうなればシラユキは計らずとも俺を助ける構図になり、俺の生存確率が格段に上がるという寸法だ。


(帰ったら焼肉でも奢ってやるよ)

(期待して待っていよう)


 念話が切られ、シラユキとの会話は終了した。

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