第4話 努力! 努力! やりたくないけど努力!
エンドコンテンツダンジョンでの死闘から二週間がたったある日、すっかり俺の部屋の居候が板についたシラユキにこんなことを言われた。
「はっきり言おう、シンラ。お前の顔には強い死相が出ている」
「おう、知ってる」
シラユキがベッドに寝そべり、俺が床に正座しながら、いつもの会話が始まる。
なんでこいつは上から口調で物を言ってくるんだよ……。
「このままでは近いうちに死ぬぞ。確実にな」
「だから余命一カ月だって言ってんだろ。俺はこのままだったらでっかいトラに踏みつぶされて死ぬ。神薙シンラは哀れなモブとして一生を終えるんだよ」
「ではなぜ足掻かない。死ぬのが怖くないのか」
「……え? 足掻き終わったんじゃないの?」
シラユキが何を言っているのか分からず目を見開く。
すると彼女は呆れたようにため息をついた。
「仮に、だ。シンラの言う通り、貴様が寺子屋の入学式で巨大なトラに踏みつぶされるとしよう。……その時、いったい誰が貴様を助ける」
「シラユキが助けてくれると思う」
「はぁ? 何で我がそのような面倒なことせねばならぬのだ。妾はただの暇潰しに付き合えと言っただけであろうが」
「んなっ、そんな殺生な!?」
こいつマジか。俺の超簡単フラグブチ折りプランが瓦解したんだけど。
確かに、言われてみればシラユキが俺を助ける理由が無い。期待するのも図々しい話だが、シラユキならやってくれるという漠然とした固定観念があった。
だってRPGだと大抵そんな展開になるじゃん。裏ボスの原点にして頂点、ダーク◯レアム様もきちんと仕事してくれるじゃん。制作陣に接待されてる自覚を持ってよ。
「故に、とりあえず貴様を強くする。修行というやつだ」
「は?なんで?」
「今のシンラはそこらの犬畜生に負けるぐらい弱い。その程度ではこの先生き残ろうにも生き残れんだろう」
「その弱い俺に負けたシラユキはなんなんだよ。犬畜生未満か」
「ぐっ……あげ足を取るなッ! では言うが、シンラは妾と相対した時のように毎回死にかけるつもりか!? 血反吐をぶちまけるのがそんなに好きか!?」
「う、うーん」
そう言われるとどうにも言い返せない。
俺は別にドМじゃないし、血を流さずに無双できる事ならそうしたいさ。シラユキと縁を結んだことで成長補正的な伸びしろはものすごくあるのだろう。
だが、その潜在能力を引き出すためにどれだけの訓練が必要だ? 腹筋を毎日百回繰り返した人間がオリンピック選手になれるってわけでもないだろ? 俺が1ヶ月みっちり修行修行したところで、至れる境地はたかが知れている。
それなら失敗するかもしれない可能性に賭けるよりも、ちゃんと強いと分かりきっているシラユキがトラをぶっ倒した方が効率的だ。
ノブレスオブリージュ。強さに対する責任を持って弱者を守れ。
「こちとら人生かかってんだよ。一生のお願いだからさぁ? ねぇ?」
「どうしようもない腑抜けめっ…………いいだろう。そんなに死にたいか」
……って、あれ? なんか、もう既に訓練が始まってる気がするんですけど。
気が付いたら目の前に暗黒微笑を浮かべたシラユキがいて、俺の首に手刀を突きつけている。
「あの、シラユキさん?」
「妾がなぜ甲斐甲斐しく説法を解いているのか、本音を言ってやろう。……シンラは家に引きこもり過ぎだッ! 面白い男だと思って家に押しかけてみれば、なんだこの体たらくは!? 妾はこんな愚者に打ち負かされたのか!? 妾の威厳が貴様の人間性と連動しているのがわからんのか!」
「そ、それは、まぁ……なんかすまん」
どうにも言い訳できない。
実際、入学式のイベントがあるまではずっと暇なので、朝起きて飯食って風呂入って寝るだけの生活だ。必要以上の努力をしたくないし、最悪シラユキがどうにかしてくれると思っていたので余生を謳歌していた。
「こやつッ、他力本願もここまでくると清々しいな……」
「お願いします白蛇様。どうか私めのためにトラを退治してください。ヘルプミーマイベストフレンド」
「くどい」
土下座をするも、頭を踏みつけられる。あっ……意外に悪くないかも。
シラユキは白磁のような足先で俺の顎をあげた後、指で頬っぺたを引っ張ってきた。
「いいか、シンラ。貴様は妾と縁を結んだことで潜在能力が格段に上昇している。鍛えればこの国の誰よりも強くなれよう。……しかし、それだけでは駄目なのだ。妾の親友である貴様は人間の枠組みを越えなければならぬ。目指すは現人神、妾と同じ神の領域だ」
「シラユキ、お前は俺に人間をやめろというのか? 『俺は人間をやめるぞ、イヨーッ!!』って言えっていうのか?」
「そういうことだ。神の親友がボンクラなんて誤りなどあってはならぬ。妾の誇りが許さん」
「えぇ……」
いや、さすがに無理じゃね? だって俺、ただの人間だよ? 主人公くんみたいに過去の偉人の生まれ変わりとかだったらワンチャンありそうだけど、あいにく普通の一般人だから。
そんないきなり強くなれと言われても……。
「大丈夫だ、妾がついておる。自信を持て」
「そうかなぁ……」
俺が首をひねると、シラユキが俺の頭を優しく撫でる……足で。
「ああ、そうだ。始を司る神の名に誓って保証しよう……だからまず初めにこの町を五周してこい。ほれ行け!」
「えっ、ちょっ」
こうして、俺は窓から蹴り出された。
***
シラユキに無理やり体づくりを強制されてから、この世界について分かったこと何個がある。
まず、この世界において親密度は絶対の法則だということ。それはもう正義と言ってもいい。
自分に対する親密度が成長速度に反映されるのがこの世界の常識だが、それは俺の想像を超えるレベルで絶対的だった。
……だって、走り込みを始めて三日で俺の足がアスリート並みの筋肉量になったんだからな。
ファンタジーな世界であることを加味してもキモいと思ったよ。朝起きたら足がパンパンなんだもん。体がアンバランスすぎて人前に出たくなくなった。鏡も見たくない。
そして次に、俺は思った以上に弱いということ。
走り込みをしていた時に公園で友達と遊んでいたイヨを見かけたのだが、運動音痴設定にあるまじき動きをしていた。ジャングルジムを上ったり逆立ちしたり、鬼ごっこでも余裕の表情で逃げ切るのだ。
正直、その光景を見た時は「あーはいはい、すごいですねぇ」としか思わなかった。
だが、ある日ドッチボールでに誘われた時があった。
その時は暇だったこともあり素直に参加してみたが、俺は散々な目にあった。
初めてヤムチャ視点というものを味わったし、栽培マンに自爆された後のヤムチャみたいにもなった。一日中ヤムチャになったのである。
まぁ、成長速度だけは栽培マン並みなので次の日にはナッパになってボコボコにしてやったので問題はない。(ちなみに後日、大人げないとぷりぷり怒ったイヨに人望力53万の
ともかく、俺はこの世界を舐めていた。良くも悪くも努力しなければ何も得られないことを嫌というほど思い知った。シラユキが忠告してきた理由がよくわかったよ。
最後に、この世界において俺がどう考えても異質だということ。
というのも、ラドクロスバースの世界における俺の成長速度は異常すぎる。
俺の繋がりは伯父のミチハルさんと伯母のカナデさん、マリアさんとイヨ、シラユキの五人だけだというのに俺はイヨよりも強くなった。人脈が誰よりも広く、作中屈指の可能性の塊だと開発プロデューサーが発言したイヨよりも陰キャボッチの俺の方が強いのだ。
おそらく、シラユキと縁を結んだ結果だろう。裏ボスさんパネェっす。
「ふぅ……」
「まぁ、だいたいマシになったな。体つきも見違えるように良くなってきた」
「おう、サンキュー」
家に帰ると、シラユキがタオルを投げつけてくる。
最初はタオルを渡してくれることに違和感を覚えたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。ツンデレキャラというのもなかなかいいものだ。
「ついに明日は入学式だな。シンラの命日か」
「命日の予定だけどね。てか、お前は来ないのか?」
「ふん。こっそり来てやるわ。貴様の最期に誰もいないというのも寂しかろう」
俺の問いに、シラユキは当然と言わんばかりに鼻を鳴らす。
明日はいよいよ高校デビューの日だ。緊張しているのかしていないのかよくわからないが、心は不思議な感じである。
大丈夫な……はず。計画は綿密に
立てたんだ。きっと上手くいく。それに、シラユキもいるからな。
なんにせよ、まずは入学式のイベントをクリアしないことには始まらない。これが成功すれば俺はこの先の未来を見られる。
「……よし、頑張るか。生きても死んでもチャンスは一回だ」
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