第3話 この完璧なる不条理の世界で

 人形を投げ続けること三時間。


「ふぅ、やっと最奥部に着いたぞ」


 長い戦いの末に俺はついに白蛇様の元へたどりついた。

 ここまで来ればもう安心だろう。エンカウントも発生しない。


 ……しかし


「……あれ?」


 肝心の白蛇様の姿が見当たらない。どこに行ったんだろうか?


「もしかしたら、まだ来てなかったのか?」


 そう思って祭壇を見ると、一冊の本が置いてあった。

 近づいて確認すると、それは古びていてかなり年季が入っているように見えた。

 題名は掠れて読めないが、おそらくこの世界の神話に関するものなのだろう。


 ちょっと読んでみるか……。


「それに触るな痴れ者が」

「っ!?」


 突如、背後から声が聞こえ振り返る。だが、誰もいない。

 いや違う、よく見るとすぐそばの壁から大きく白い胴体が伸びており、その先には蛇の顔があった。


 白蛇の目は血のように赤く、こちらを見据えている。


「貴様、その脆弱なる身で妾の神域を侵すとは。愚かにも程がある」

「し、白蛇様……」


 その威圧感と美しさを前にして自然と膝をつく。これが神と呼ばれる者の存在感なのか?

 まるで心臓を鷲掴みにされているような気分だ。


「それにしても……どうして人間が妾の住みかまで来ることができた? 番のコウモリ共はどうした?」

「に、逃げてきました。全部」


 白蛇様は信じられないと言わんばかりに目を大きく開く。

 まぁ、そりゃそうだよな。普通は死ぬもん。

 あのドレッドバットが群れになって襲ってくるんだ。いくら鍛えても無理だろ。


「逃げてきただと? …………ふはっ、フハハハハ!! 面白いことを言う男だ、逃げてきた身で妾に挑むとは愚の骨頂! 呆れて笑いしか出ぬわ!」


 白蛇様は大声で笑うと、俺をじっと見つめる。


「よかろう、興が乗った。妾に力を示せば好きな願いをかなえてやろう。愚者なりに足掻いて見せよ」


 白蛇様が牙をむく。最終決戦の始まりだ。


 白蛇様は体をくねらせて岩肌の隙間を縫うと、その尻尾を俺に叩きつけてきた。

 それを俺は……


「ぐはっぁ!」


 気合で受けきる。

 骨が軋み、内臓が破裂し、衝撃が体を突き抜ける。肺に肋骨が刺さり、口から大量の血が噴き出した。

 もう死んでいるのか生きているのかわからないような感覚のまま地面に叩き付けられる。


「ふん、たわいもない」

「へへっ……これで残りHP1ってところか」

「何?」


 声をあげた俺に、白蛇様が驚嘆する。

 そう、俺はまだ死んではいない。これも作戦の内だ。


 ド根性雑誌。HP満タン時に即死攻撃を受けると一度だけHPを残してくれるアイテムである(ちなみに定価は税込580円だ)。

 俺はこれを懐に忍ばせていたおかげで助かった。これが無ければ9999ダメージを受けて死んでいる


「白蛇様、もうあんたの負けだぜ」

「なぬ?」


 白蛇様は俺の言葉に首を傾げる。


 ───だが、すぐにその意味を理解したようだ。

 次の瞬間、白蛇様の体に俺と同じ傷が生まれたのだから。


「な……」

「丑の刻参りセット。自分のHPが3パーセントを下回った時に相手を発動者と同じHPの値にする呪いの藁人形。俺もお前も残りHPは1だ」


 攻略掲示板で理論上最強と呼ばれていたデスマッチ戦術だ。俺はこれを最初からこれだけ狙っていた。

 この戦術の難点は実践する機会が無い事。序盤は殴った方が速いし、中盤以降はそもそもHPの調整が難しくて実用性が無い。「強いよね、出来ればの話だけど」ぐらいの戦術だ。


 でも、俺に限ってはその戦術が使える。なぜなら俺は弱くて、白蛇様の攻撃でHPを1に調整することなんて造作もないことだから。


「この勝負、俺の勝ちだな」

「ほざけぇ……! 貴様も死に体、もはや何もできまい!! 回復する前に食い殺してくれるわ!」

「できるんだよ。アイテムならね」


 そう言って、俺は最後にガラス玉を地面に叩きつける。


「!?」

「下級つぶて玉。必ず先制攻撃できる石ころだよ」


 その瞬間、ガラス玉から鋭い石が飛び出し、白蛇様の眉間を貫いた。

 血が噴き出し、巨体がのたうち回り、地鳴りを上げて横たわる。


「ワンターンキル完了。対戦ありがとうございました」

「貴様、こんなふざけた方法で妾を……!」

「舐めてたのはそっちだろ。俺は別に馬鹿じゃない、ちゃんと考えて戦っている。事実、こうなることを見越して回復薬も持ってきてんだ。クソ高かったがな」


 俺は最安値回復薬『ナオール』を口に含み立ち上がった。


 そして、死力を振り絞って白蛇様にのもとに行く。


「 …………願いはなんだ。早く言わないと妾は死ぬぞ」

「死んでもらったら困るんだよ。いろんな意味で」


 そして、俺は回復薬を白蛇様へとふりかけた。


「白蛇様、俺と友達になってくれ」

「……はぁ?」

「俺にはお前がいないと避けられない未来がある。一生のお願いだ、俺と友達になってくれ」


 額を地面につけ、誠心誠意の土下座をする。

 プライドとかもうどうでもいい。いまの俺にできることは白蛇様の許しを請うことだけだ。


「……ふっ、はっはっはっはっ!! 何を申すかと思えば妾に縁を結べと! 人間に疎まれ、この地に封印された妾とか!」


 白蛇様が楽しそうに笑う。

 あれ? 思ったより好感触? これはワンチャンあるんじゃ……。


 白蛇様は俺の顔を睨むと、大きく口を曲げた。


「断る。妾は人間が何よりも嫌いだ」

「ええっ!? そこをどうか!」

「ダメなものはダメだ。友など弱者の作る幻想よ、妾には不要だ」


 くっ……やっぱりダメか。ゲームのシナリオでは結構チョロい感じだったんだけどな。やはり腐っても現実リアル。俺が思っているほどうまくいかないということか。


「……そうか、それは悪かったな。お前に用はない。帰る」

「えっ」

「じゃあな。おそらく三年後くらいにハーレム野郎がお前に挑んでくるだろうが、そん時は仲良くしてやれよ」


 回復薬の残りをふりかけ、俺はダンジョンの出口ポータルに足を運ぶ。


 まぁいい。最有力択が潰れたのは痛いが、他に候補が無いわけでもない。


 そうだな……今度は一章ボスのプーさんにしよう。ロイヤルなハチミツをあげると簡単に倒せる半チュートリアルボスの上に体力と攻撃力に成長補正をかけてくれるコスパのいい熊さんだ。本当の名前はミヒャルドっていうんだけど俺はプーさんと呼んでいる。


 そう思いながら踵を返すと、背後から白蛇様の声がかかる。


「待て、どこへ行くつもりだ」

「帰るんだよ。家に」

「なっ、願いは!? 妾にかかればどんな望みも叶えることができるのだぞ!! 最強の剣を手にいれることや世界の法則を捻じ曲げることも可能だ!なのにいらぬと言うのか!?」

「…………」


 困惑する白蛇様の言葉に、俺は足を止めた。

 ────それじゃダメなんだよ。クソッたれなことにな。


「いらねぇ」

「何故だ」

「っ………神剣は筋力が一定以上ないと装備できないし、世界の法則を捻じ曲げるって言ってもこの世を多重婚アリの世界にするだけだろ! 死んだら全部意味ねぇんだよ!不死のお前にわかるか、余命一カ月の俺の苦悩が!」


 理不尽に殺されるモブの気持ちが、ただの演出で退場させられる儚い命の辛さが誰かに分かってたまるか!

 シンラが死んで何が生まれる? ストーリーの重厚さ? マリアとイヨの曇らせ要素? 主人公が二人を口説く口実?

 俺はそんなしょうもない理由で死ななければならないのか?


 ……全部クソくらえ。そんなものはクソゲーだ。


「俺はお前を必要とする理由はな、この完璧なシナリオで作られた不条理の世界で『俺が生きた世界線』を見るためだ!『俺が死んだ後の物語』なんて知ったことか! 俺は俺の物語を生き抜く!そのために必要だからお前の力を借りたいんだよ!だから白蛇様……いや、! 頼む!俺と友達になってくれ! 俺に未来そのさきを見せてくれ!」


 白蛇様の本当の名前を呼び、もう一度深く頭を下げる。この世界ではじめての、心からの叫びだった。


 白蛇様と俺の間にしばらくの静寂が訪れる。


「………はぁ」


 頭上からの溜息が沈黙を割った。


「呆れた、本当に愚かな男だ」


 何を思ったのか。その声には怒りの色は無く、むしろ愉快そうな口調であった。


「顔を上げろ人間」

「………」

「妾は貴様とは友にはならぬ。人と対等であっては神としての矜持が成り立たないからな」

「……そっか」


 やっぱり無理なのか…………当然と言えば当然だ。不釣り合いだもんな。


「……だが、貴様のいない世界というのはあまりにも空虚だ。こんなに面白い男がいない世界なぞ、妾にとって価値がない」


 ん?


 俺は期待を込めた目で見つめると、白蛇様の口角が歪んだ。


「一つ、今後妾以外に縁を結ぶな。二つ、妾の邪魔をするな。三つ、何が起ころうと妾の暇つぶしに付き合え。四つ、妾のことはシラユキと呼べ。それが条件だ」

「………………と言いますと?」

「貴様の願い、少し格上げしよう。貴様は我にとって唯一無二の親友だ。これからもよろしくな、


 その瞬間、白い大蛇の体が光り輝く。ラドクロスバースで白蛇様を倒した時に見ることができる演出だ。

 しかし、目の前の光景は俺の知る演出と少し違った。


 光が収まるとそこには女がいた。


 白い髪に紅の瞳を持つ絶世の美女。なめらかな肢体を持ち、絹の着物のような衣装に身を包んでいる。

 彼女は俺に向かって微笑みかけた。


 俺の心臓がドクンっと跳ね上がる。綺麗だ、素直にそう思う。


「ところで、貴様の名前は何という」

「シンラ……神薙シンラだ」

「ではシンラ。早速だが……食い物をもっているか? 実は妾、腹が減っておるのだ」


 いつの間にか、俺とシラユキの間に縁が繋がっていた。


 ***


「帰ってこれたぁ……」

「ほぅ……これが今の世か。なかなか蹂躙しがいのありそうな景色ではないか」


 ダンジョンの入り口である石碑までたどり着き、地面に倒れ伏す。横を見ると、シラユキが朝日に照らされる町を見ながら満足気にうなずいていた。


「そう言えば、妾を封印していた要石を壊してくれたのはシンラであったか。礼を言うぞ」

「そういやそんな設定もあったな」


 設定資料集という名の鈍器本でちょこっと見た気がする。実は石碑が要石で……的な。

 まぁいいや。それより今は……眠い。


 せめて家に帰りついてから眠ろうと必死に足を動かす────と


「────ラー!!」

「え?」

「む、誰か貴様の名前を呼んでおるな」


 シラユキの言葉通り、遠くの方から誰かが走ってくる音が聞こえる。

 そう思って音のした方へ目を凝らすと、見覚えのあるような無いような人物がこちらに走って来ていた。


「シンラ、今までどこに行ってたの!」

「あ、マリアさん」


 シンラの従姉、マリアが息を切らしながら俺の前で立ち止まる。


「まったくもう! 昨日も家に帰ってきてないし! 父さんも母さんもイヨも心配してたのよ!」

「すいません……ちょっと色々ありまして」

「怪我とかはないのね? 大丈夫なのよね?」

「はい、無事です」


 マリアが俺の顔や腕をペタペタ触って確認してくる。

 俺は苦笑いを浮かべながらそれを見ていたが、シラユキが俺の肩に手を置いた。


「おいシンラ、この小娘は誰だ」

「痛い痛い痛い痛い! 軋んでる!鎖骨がギシギシ言ってる!」


 暗黒微笑に威圧のオーラを乗せて俺の肩をギリギリと握るシラユキ。どこで気に障るようなことが起こったのか全然わかんない。

 マリアは俺に詰め寄るシラユキを見て首を傾げている。


「シンラ、この人は?」

「えーっと、この人がマリアさんの探していた白蛇さ────」

「シラユキと呼べ」

「まぁあああああ!?」

「ちょ、ちょっとやめてください! シンラが嫌がってるでしょう!?」


 マリアさん、俺の代わりに怒ってくれてるのかもしれないけど、多分逆効果だと思うんだ。

 案の定、さらに笑顔になったシラユキは俺の頬っぺたを引っ張ってきた。


「貴様、妾というものをたぶらかしておきながら、まさか他の女にも手を出していたとはな。これは少し仕置きが必要かもしれぬ」

「優しく殺してぇ……」


 シラユキはマリアに近づくと、その顔をまじまじと見つめる。


生憎あいにく、シンラには妾がおる。他をあたれ」

「な、なんの話ですか!? 従弟を勝手に取らないで下さい!」

「む……貴様、シンラの家族か?」


 シラユキが手を離したので、俺は掴まれていた場所をさすりつつ立ち上がる。


「だからやめろって言っただろうが……。紹介するよ、俺の従姉のマリアさんだ」

「えっと、私はシンラの従姉のマリアといいます」

「ほう……ではあんまり害はなさそうだな。妾の名はシラユキ。シンラの親友ゆえ、よしなに」


 シラユキが朗らかな笑みを作る。大丈夫か、こんな調子で……。


「あなたが白蛇様……ねぇ。まあいいわ。とにかくシンラ、説教は家でします。早く帰る準備をしなさい」

「は、はいぃ……」


 ともかく、俺は計画の第一関門『フラグもへし折れる力を手にいれる』の可能性をゲットしたのであった。

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