第2話 男は黙って知識チート
「あら、やっと起きたわね」
リビングに行くとシンラの伯母で二人の母であるカナデさんが料理を作っていた。エプロン姿がよく似合っている。
「おはようございます。ミチハルさんは?」
「お父さんは仕事に行ったわよ。昨日残業してきたから早出するんだってさっき連絡があったの。だから、今日の朝ご飯は私が作ったのよ。ほら、冷めないうちに早く座ってちょうだい」
促されるまま席に着き、手を合わせる。
「いただきます」
「「いただきまーす」」
パンを口に運びつつ、時計を確認。
……陰陽50年三月二日。大体ゲームが始まる一カ月前と言ったところか。
ここで誰かに「今って何年?」と聞くのは愚か者のすることである。本当に社会に溶け込みたいのなら、常識的な情報は自分で集めるものだ。未来を知っているなんて悟られようものなら、その時点で俺の知っているシナリオが改変されてしまう可能性がある。それだけは避けたい。
「美味しいですね。……そういえば、マリアさんはどこに行ったんですか?」
「マリアちゃんなら裏山よ。自由研究で『白蛇様』の伝説を調べたいらしくて。もうすぐ帰ってくると思うけど」
「『白蛇様』ですか……」
そう言えばそんな設定があったな。
この町には古くから伝わる言い伝えがあり、その伝承に登場する神獣が『白蛇様』なのだ。
……ネタバレをすると、その正体は表ボスの姉であり、ラドクロスバースのやりこみ要素を担当する裏ボスなのだ。
めちゃくちゃ強くてガチ装備で挑まないと死ぬのだが、短いターンで倒すごとに選択肢の中から願いを叶えてくれて、5ターン以内に彼女を倒した暁には縁を結べる。
しかもこの裏ボス、全パラメータに成長補正をかけてくれるので主人公のステータスがさらに化け物になる。エンドコンテンツだから許されるぶっ壊れキャラというやつだ。
「ふぅ、ごちそうさまです」
「あら、もう終わり?」
「今日はやることがたくさんあるんで」
食器を片付けて部屋に戻る。今日中に強くなるためにできることを考えなくては……。
まずは、どのレベルまで鍛えるかが問題になる。
ゲームでは最初のダンジョンエリアは誰でも行ける設定なため、序盤攻略の推奨レベルは10~12ぐらいだ。順当に経験値を獲得できれば達成できるぐらいのもの。
しかし現実となると、ゲームとは比べ物にならないほどきつくなっている。
レベルの概念が無いため自分がどれくらい強くなればいいのかも分からない。だからどれだけ頑張ればいいかも分からない。そもそも自分がどれだけ強いかも分からない。
そんな曖昧な状態でどう鍛えればいいのか。
「やっぱり確実なのは誰かの親密度を上げることだよなぁ……」
そんなことを思っていると、本棚の上のぬいぐるみが目に入った。
「あ、身代わり人形」
効果は必ず戦闘から逃げれるというなんとも微妙なものだ。
これを使えば最期の時に死なずに済むのでは? という考えが脳裏に浮かんだが首を振って否定する。このアイテムはボスキャラに効かないんだよ。
序盤はお世話になったんだけどさー。最大十個しか持てなくて、アイテムボックスも埋めるし……。
逃走アイテムで持ち物欄を圧迫するぐらいなら普通回復薬とか火力アップアイテムを入れるよなぁ。
…………ん、待てよ?
「アイテムを使う……?」
それはいい考えだ。
シャブ漬け戦法も立派な戦術。備えあれば憂いなし、死ななければ全てが正義だ。
それに……
「あの地雷戦法を使えば、白蛇様も速攻撃破できるかもしれねぇ……」
物量戦法の極致を見せる時が来たようだ。
*****
「よし……行くか」
最強への道を見出した夜、準備を終えた俺は家を出る。目指すは町の外れにある祠。普通の人間は存在すら知らず、ストーリー後で手に入る巻物でようやく存在のヒントが得られるエンドコンテンツだ。
……まぁ、そのやり方を踏襲するほど俺は善人ではない。過程が飛ばせるならメタであろうとバグであろうと使ってやる。
「確か、この辺りだったかな?」
前世の記憶を頼りに森を進むと、やがて石碑にたどり着いた。
そこにはこう書かれている。
『恐れを知らぬ者よ、畏れに打ち勝てる力を求めるならば来るがよい』
なるほど、これは分かりやすいボス案内だ。間違いない
さっそく裏手にまわり、石碑を全力で押す。
「ぐぬぉおおお!! 重いッ!!」
ゲーム画面ではあっさり動いたくせにビクともしない……が諦めてたまるかッ!俺にはどうしてもやらないといけないが目的があるんだッ!
────そして岩相手に悪戦苦闘すること三十分。俺はようやく石碑をずらして下にあった穴を出現させることができた。
ラストダンジョン『深淵へと至る道』の隠し通路発見である。
「ぜぇ、ぜぇ……。くそ、こんなに苦労したんだ。絶対クリアしてやる……」
息を整えながら、垂らされた古い縄梯子を下りていく。
「うわ、真っ暗だ……」
地下へ降りると、そこは暗闇に包まれていた。
そんなことだろうと懐中電灯を持ってきていたのだが、それでもやっぱり暗い。暗いものは暗い。
だが、ここはまだ入り口に過ぎないのだ。本当の地獄はこれから訪れる。
「クルルルル……」
「ですよねー」
目の前に赤い目を持つコウモリが現れた。
このダンジョンでエンカウントするモンスター、ドレッドバッドだ。
異常に強い癖に高確率で仲間を呼んでくる強力なモンスター。プレイヤーから『鬼畜コウモリ』、『運営のヤケクソ』などの蔑称が付けられるほど厄介な相手だ。
ドレッドバッドは俺の姿を見て飛びかかってきた。到底勝てる相手ではない。
……なので
「あばよ!」
俺はバッグいっぱいに詰めたある物をドレッドバッドに投げた。
────そう、身代わり人形である。
「クルァ!」
かかったなアホがァ!
ドレッドバッドが人形に反応し飛び掛かっていく隙に俺は全力で駆けだし、ダンジョンの奥へと進む。
あとは単純作業だ。敵が現れたらひたすら身代わり人形を投げて逃げる。そうして奥を目指す。
この作業を延々と繰り返すだけの簡単なお仕事です。
レベルを上げて殴るなんてナンセンス。真の弱者はレベルを上げずに敵から逃走するんだ。卑怯とは言うまいな。
「あとは時間との勝負だ。早く抜けて体力を温存しないと」
大量の人形を抱えて、俺は深い闇を突き進んだ。
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