第24話 どうにもいかない事だらけ

 鬼蝕種モンスターの乱入により、俺の作戦はものの見事に破綻した。


「グォアアアァツ!」

「うおっ!?」


 パニックを起こたミヒャルドの爪が鼻先をかすめた。

 皮が切り裂かれ、血がにじみ出る。


 どうして、どうしてこんなことにッ……!


「呆然とするな! 裂き殺されるぞ!」


 不幸中の幸いだったのはシラユキが冷静だったことだろう。俺の後ろ首を引っ張りミヒャルドから遠ざける。

 少なくとも自分の周りにいれば守れるという判断からだ。


『#$%&!』

「ガァアア!!」


 興奮したミヒャルドがシードウォルフに突撃し、シードウォルフも狂気に満ちた相貌でミヒャルドに襲いかかる。


 そして二匹はお互いの肉に噛みつき、爪を突き立てながら森の奥へと消えていった。


 周りの安全を確認したシラユキが俺を離す。


「行ったか」

「あ、ああ……」


 腰が抜けてへなへなと座り込む。


 怒涛の展開で理解が追い付かないが、危ない場面だったことはかろうじて把握できた。

 これがダンジョン、食物連鎖の縮図……。


「なんだ、怖気づいたか」

「まぁ、な。怖すぎて足が震えてる」


 軽く笑ってみせるが、そんなものは虚勢だ。

 俺の心はすでにぽっきり折れており、立ち上がる気力もない。鼻をぬぐった時についた血が間一髪の出来事だったことを物語っている。


 一歩踏み込んでいたら、近くにシラユキがいなかったら。そう思うと頭が真っ白になった。


「はぁ……甘く見過ぎだ」


 露骨にため息を吐かれる。ぐうの音も出ない。

 自分が特別だとは思っていない。けれど、『死なないだろう』という根拠のない安心を持っていた。


 所詮は序盤ダンジョン、注意するのは作戦を無事に遂行できるかだけ。

 俺はプレイヤーで、他の人間は勝手に動く駒。それこそゲームのような感覚でいた。


 ……ああ、そうだよ。これは驕りだ。慢心だ。

 ラドクロスバースにおいては俺も駒の一つに過ぎない。それを完全に失念していた。


 そんな俺を、シラユキは叱るでもなく慰めるでもなく


「もうすぐ小娘共が来る。いじけて止まってる時間はない、立て」

「分かってる」


 空元気で立ち上がり、ズボンについた土を払う。


 作戦は振り出しに戻ったが、まだチャンスはある。

 いくら鬼蝕種とはいえミヒャルドに勝てるとは思えないし、多分二匹の戦いは痛み分けで終わるはずだ。生きているなら巻き返しがきく。


 前向きにいこう、前向きに。


「とりあえず、イベントに必要な役者は全員そろったな。鬼蝕種が一匹しかいないことは気になるが、まぁ残りはすぐに見つかると思う」

「あー……そのことなんだがな。少々現実と齟齬が生じている」

「え?」


 シラユキが顔を曇らせ、俺に地図を見せてくる。


「シンラがいじけている間にミヒャルドと鬼蝕種の生態情報を地図に反映させた。小娘共と同じように、地図で奴らを追跡できるぞ」

「おっ、サンキュー……って言いたいところなんだけどさ──────」


 あのー、気を利かせて地図をアップデートしてくれたのは感謝しますけど…………


「赤色の点の数、やたら多くない?」


 なぜか個もある。点の最大数は主人公組の3個のはずなのに、赤い点が5個もある。

 うーん、笑えないですね。


「その地図の表記間違ってない? ちゃんとデバックした?」

「間違っておらん。地図に示されている通り、この森には鬼蝕種の魔物が5体いる。おそらくシンラが生き残ったが故の運命の変化だろう」

「ワッツ!? なんで俺がいるだけで鬼蝕種モンスターが3体も追加されんの!? 生きてるだけで丸儲けってやつ!?」

「知らんわ」


 驚異で脅威な150%増量に涙を禁じ得ない。ただの人間一人を殺すのにここまでしますかねぇ、ねぇ!


「つまり、赤嶺がイベントに突入する前までに2体まで間引かないとシナリオが破綻しちまう! 鬼蝕種5体を相手にして生き残れるはずがない!」

「そうなるな」

「シラユキ、四の五の言わずぶっ殺すぞ! 今こそ裏ボスの威厳を見せる時だ!」


 俺だけの力じゃ間に合わないが、シラユキなら鬼蝕種モンスターをワンパンで沈められる。多少のタイムロスはあれどギリギリ許容範囲内だ。


 …………が


「いや────────それは無理だ」

「……え?」

「他にやることができた。申し訳ないが側にいてやることはできぬ」


 ついて来ない? なんの冗談だ?


「おいおい、話が掴めないぞ。他にやることができたって、はぁ? 世界の命運以上に優先することがあるのかよ」

「本来ならシンラについて行くのが正しい選択なのだろう。……が、さりとて無視できぬ障害を見つけた。万が一ということもある」

「障害ってなんだよ! はっきり説明してくれよ!」

「知らなくてよい。これは妾にしかできぬことだ」


 俺が説明を求めるも、シラユキは上の空で話をはぐらかすのみ。

 視線も明後日の方向を向いている。


 んなっ、そんな抽象的な言葉で俺が納得できるわけねぇだろ!


「シンラだけでも鬼蝕種は間引ける。なんてったって、妾に認められた男だ」

「無理だって! さっきもシラユキがいなければ死んでた! 俺はお前が思っている程すごくも何もないんだよ!」

「なら強くあれ、いつか打ち明けられるほど強く」

「逃げるな!」


 シラユキの体が霊体化し始めたので触れようと手を伸ばし、からぶる。

 急過ぎる、急過ぎるってシラユキ!


「そうだ、手持無沙汰だろうから妾のを預けておく。大切なものだ、必ず生きて返せ」


 次の瞬間には既に麗人の姿はなく、一振りの刀だけが残された。

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