第25話 俺だけで何ができるってんだァ!

 シラユキが俺に預けた刀、銘をツムカリという。元ネタは日本神話に出てくる天叢雲剣アメノムラクモノツルギ、八岐大蛇の尻尾から出てきた神剣だ。


 ゲームでは作中最高の水属性値と高水準の物理攻撃力を持ち、『ツムカリを握った瞬間がラドクロの真エンディング』と全プレイヤーに言わしめさせたバランスブレイカー。当時のプレイヤーだった俺も初めて使った時に出た感想が「ぼくのラドクロスバースこわれちゃった」だったのでよく覚えている。


 そして、そんな代物が俺の前に置かれている。しかも作中で手に入るレプリカではなく、れっきとしたオリジナルが。


 借り物とはいえ、最強武器を振るえるなんてラドクロスバースをプレイした者の夢だ。普通なら喜ぶべきなのだろう。


 …………が、今回に限っては引き換えに失ったものが大きすぎる。


「抜き身の刀一本で何ができるってんだァアア!!」


 膝から崩れ落ちた俺は心の丈を叫ぶ。


 ええ、すごいよ! わかってますよ! なんてったって作中最強武器ですからねぇ!ええ!


 でも、それは最強無敵の一之宮ハルキ主人公が握っているから最強なわけであって、剣術ド素人の俺が握っても意味ないんですよ!

 最強×最強だから強いんです!初心者×最強の方程式の答えは例外なく「宝の持ち腐れ」なんです!そこんとこわかってますかシラユキさん!?


「リセマラで覇権キャラ引いたら無双できますか!?カードゲームで 環境デッキ握ったら大会優勝できますか!? そういうことだよシラユキィ!!!」


 ぜぇ……ぜぇ……叫び過ぎた。ちょっと水────────ふぅ。


 一旦、勘違い白痴蛇の話はおいて置こう。次会ったら目の前でツムカリをブチ折ってやるってことで、まずは目下の問題を片付けるのが先だ。寛大な俺に感謝しろ。


 兎にも角にも、シラユキがよくわからん急用で離脱してしまった。

 俺に残されたのは学校から支給された最低限の回復ポーションと初心者用冒険ツール、使いかけのハチミツ、地図、そして最強武器が一本。

 聞こえだけはいいものの、実際の状況は最悪だ。


 考えろ、どうすればいい。どうすれば一人で怒り狂ったミヒャルドを誘導しつつ鬼蝕種になったシードウォルフを三体屠り、なおかつ主人公達と赤嶺をイベントの発生場所まで導ける。


 …………。


「────────まずは不穏因子から排除しよう」


 全てを同時進行でこなすのは不可能だ。一つずつ片付けるのがいい。


 そう考えると、やはり鬼蝕種が邪魔になる。

 さっきみたいに誘導中に乱入されるとも限らない。それなら先に鬼蝕種を排除して、安定して誘導できるようにした方が安心だ。


 地図を開き、シラユキが示してくれた鬼蝕種モンスターの点を目で追う。


「やっぱり群れで動いてる。腐ってもシードウォルフってことか」


 シードウォルフの原種は群れで狩りをする。その例にもれず、五つの点も2:3で分かれて動いていた。

 それぞれが独立した群れだとするなら、やはり間引くのは3体の方の群れだ。


 幸い、3体の群れは階層の北西の隅におり、秘密裏にすませるならこの上ないチャンス。良くも悪くも、やるなら今しかない。


 頬をパンッと叩き、気合をいれる。


「虎に比べればどうってことない」


 むしろ、そうであって欲しい。


 *****


 二十分後、北西にたどり着いた俺は手ごろな木に登って鬼蝕種の到来を待っていた。


 すぐ下にはトラバサミと、道すがら撲殺したハネウサギの肉をセットしている。

 なんてことはない、シンプルな設置型罠だ。


「これで何とかなるといいんだけどなぁ……」


 トラバサミ罠はあくまで拘束用の手段で決定打とはなりえない。

 どうあがいたところで最終的には己の手でとどめを刺さないければならず、そのためには鬼蝕種に近づかなければならないのだ。


 一応木に登って上から奇襲できる形をとったものの、所詮は素人の付け焼刃。生粋の殺戮兵器に通じるかは怪しい。


 ツムカリを握りしめ、息を殺す。


 …………!


(き、来たァ~~!!)


 気配を感じて視線を向けると、鬼蝕種の群れが凶悪な面×3をそろえて近づいてくるところだった。


 体がこわばり、血の気が引く。気分がヤバい、語彙力が死ぬ。


『#$%&’&%$』


 先頭の一匹が俺の罠に興味を示した。

 何を思っているのかは分からない。けれど、近づく意思を感じる。


 今にも叫びだしてしまいそうだ。

 心臓が爆発してもおかしくない速度で鼓動している。シラユキがいないだけでこんなにも心細く思ってしまうのか、俺は。


『&%$#”』


 危険がないか臭いを嗅ぐ。


 臭い対策は大丈夫……なはずだ。

 少しばっちいが、トラバサミ全体をハネウサギの臓物に浸した。血の匂いはすれど俺の臭いは残っていない。多分。


『%$#$%&』


 肉を舐める。完全に食べる気になったようだ。


 だが、まだだ。隙だらけに見えても相手は鬼蝕種。俺より何倍も凶悪で、そして数も多い。

 奇襲をかけるのはトラバサミが閉じてから。閉じて、焦って罠を破壊しようと藻掻いている時だ。


 そう、今じゃない。

 まだだ。まだ……。


 ………………まだ。


『ガシャン』


 金属がかち合う音。トラバサミが閉じた。


『#$%&”#”$!?』

(今だ!!)


 ツムカリを構えて枝を蹴る。

 自分から死地に飛び込む恐怖を押し込み、狙うは首!


「死ねぇぇえええ!」


 跳んだ勢いのまま、ただ一点、弱点である首を穿つためだけに腕を加速させる。

 いける!このまま叩っ斬れ────ッ!!


(────────あ)


 失敗したとわかったのは、トラバサミに残された足を認識した瞬間だった。

 ちぎれている。少し前まで機能していたであろう痕跡を残して。


 つまり


(野郎、足を犠牲にしてトラバサミから逃れやがった!)


 前世の記憶だが、罠にかかったシカは足と引き換えに逃げると聞いたことがある。

 今まさに、トラバサミにハマった鬼蝕種がその再現をしていた。自分が罠にかかったと判断した瞬間、足を噛みちぎり罠から脱出したのだ。


 そして、逃げられないレベルの傷を負った獣が取る選択肢は一つ。


『#$%&’&#”!!』


 ────────復讐だ。


「い゛!?」


 吐き気がするような吐息。逃げることは叶わない死の気配。

 からぶった体を起こした時にはすでに、血に濡れたアギトが首元に迫っていた。

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