第26話 たとえ無力だとしても!

 牙が首に突き刺さる。

 赤く染まる視界、朦朧とする意識、頬にかかった粘っこい液体。

 だが、痛みはなかった。それどころか、全身の力が抜ける感覚がする。


「ぁ、れ……?」


 血が足りないのだろうか?それとも気の迷い?


 いや違う。首から下がグラグラしてよく見えないだけか。

 ということは、つまり。


(……やべー)


 俺ってば今、死にかけてるんだ。


『&%$#”』


 圧力。鬼蝕種が首を噛みちぎろうと力を入れたのがわかった。


 再びの浮遊感。流れる世界と迫る暗闇。

 ああ、ダメだこれ死ぬわ。気道に穴が開いてら。正面に二つ、首の骨にそって一つ。


 死ぬことしか、考えられないや。


(……ま、いっか)


 何がどうなっているかよく分からないけど、俺って頑張った方じゃないか?

 さっきまで半狂乱だった脳内が嘘のように凪いでいる。死の間際ってやつだろうか、すごい静かだ。


「あ、ぁ……」


 ほんと、やってらんないよ。

 ゲームの異世界転生してさ、あと一か月で死ぬとかあり得ない。しかも、それを必死の思いで回避したのに最後は獣に食われて殺されるとかさ、マジでクソゲーでしょ。


 起承転結もへったくれもねぇ、笑える。


「……ああ」


 …………そうだな。クソゲーだ。

 足掻いた挙句のバッドエンド。俺が死んで、なるようになって、全て元通りで、帳を下ろして、はいお終い。ご愁傷様でご苦労様でお疲れ様。

 ド三流のオチで、後味の最悪のZ級シナリオ。



 ────────でもよ。よくよく考えてみると、よ。


(そのクソゲーのシナリオを書いたのって誰だ?)


 少なくとも、ラドクロスバースのシナリオ作家じゃないな。

 あいつ等にとって、俺はすでに死んだ人間だ。この状況も、この結末も、全部なかったはずの出来事。

 考えるまでもなく切り捨てた、世界で一番空虚なフィクション。


 ……だから、このシナリオに責任があるのはラドクロスバースを作った連中じゃない。

 どれもこれも俺の描いた物語だ。


(……んなら、なおさら認められない)


 血を飲みこみ、爛れる臓腑に喝を入れる。

 反吐を吐くような思いをして手にいれた可能性を、俺の手で終わらせていいはずがない。


 紡ぐ、紡ぐ。死んでも続けて、グダグダになってみすぼらしい生き様になったとしても、終わっていいはずがない。

 最後まで諦めない。最後の最後まで足搔く。

 運命の否定者として、やるところまで全力でやる!


「あ”ぁ!!」


 渾身の力を振り絞ってカバンの中から回復ポーションを抜き出し、ビンを鬼蝕種の目にねじ込む。


「$!?」


 痛みから逃れようと鬼蝕種が俺の首から口を放した。


 すかさず回復ポーションの銓を開けて、傷に振りかける。


 痛い。神経が繋がった。死ぬほど痛い。死ぬかもしれない。

 でも、生きてる! 血が抜けたから万全とは言えないが、山場を越えた!


 脳が覚醒した。


「力を貸しやがれ、シラユキィ!」


 治った声帯を震わして叫ぶと、ツムカリが水をたたえて青く煌めく。


(よし、これで────────いける!)


 血を抜いた頭で考えてようやく気づいたことがある。それは、この世界はラドクロスバースの世界であっても『ラドクロスバース内の数字』を引き継いだ世界ではないということだ。

 この世界にはゲームのようにステータスウィンドウなんてものは存在しないし、レベルもなければ能力値だって表示されない。武器の攻撃力、モーション、エフェクト、スキルツリーも存在ない。

 ただ「文章としてのラドクロスバース」が反映された世界だ。


 だから、俺はツムカリを預けられたとき「俺は鬼蝕種を切らなければならない」という固定観念にとらわれていた。だって、ツムカリは『作中最強の剣』で『剣士適性のあるキャラ』にしか持たせられなかったから。


 でも、それじゃダメだ。

 この世界はラドクロスバースだが、ゲームじゃない。だから真面目に「切る」必要なんてないんだ。


「刮目せよ。これが俺の答えだ」


 異世界転生者の俺にしかできない、ツムカリを最大限に生かす最適解。





 それは────────





「必殺・水ビーム!!」


 剣先から水砲が放たれ、鬼蝕種の体を穿つ。

 水砲は肉を貫通して脳天から飛び出し、そのまま空へと消えていった。


 うーん、やっぱりビーム脳になる方が楽だよね。剣を持って斬りかかるなんて狂気の沙汰だよ。うん。


「よぉし!一匹撃破!」

『『#%&$#”#$%&#”#$!!』』

「あ、おい!逃げるな! 今のは試し撃ちで、本番がまだなんだよ!」


 再び剣先を向けて水砲を飛ばすと、片方の鬼蝕種に風穴があいた。

 うはっ、楽しッ! 極限状態のせいか頭がハイになってきてる! もう何も怖くねぇ!


「フハハハ!! 最後ラスト一匹!」

『&%$#$%&’!!?』

「shot!」


 最後の鬼蝕種が悲鳴と共に倒され、今度こそ動かなくなった。

 全滅、ミス無し50000点オールクリア! やったね!!


 仕事が終わった俺はツムカリを地面に突き刺し、勝利の高笑いを上げる。


「 時代はやっぱ剣よりビームだね! アハハハ、ハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハ……ハハ……ハ…………はぁ」


 ひとしきり笑ったところで脳内麻薬が切れた。

 行動こそ狂人だが、倫理はまごうことなき一般人だ。羞恥も感じる。


「…………ダンゴムシになりたい」


 記憶が想起され、そっと目を伏せてうずくまる。


 あぁ、最悪だ。心の底から死にたい。

 血はごっそり抜けたし、喉も相変わらず痛いし、頭も殴られたみたいにクラクラする。自分が死にかけるとハイになるタイプなんて知りたくなかったし、最後の高笑いが中二病じみてて気持ち悪くなってきた。


「早く終わらせて病院いかなきゃ……」


 地図を取り出し、他の点がどうなっているかを確認する。


(お……ラッキー)


 俺が運命の変化を排除したことが幸いしたのか、各々が本来のラドクロスバースのシナリオと同じ動きをしている。あと20分もすれば赤嶺ともう一方の鬼蝕種の群れが接触し、一章終盤のイベントが発生するだろう。


 そうと決まれば移動するのみだ。最終調整といこう。


「よい……しょ」


 回復ポーションをもう一煽りして、俺はまた歩き始めた。

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