第27話 一方、力ある者は(★)
泣きつくシンラを振り切って半刻弱ほどであろうか。妾は霊体のまま胸騒ぎのする地へとたどり着いた。
高台から見下ろし、先ほど感じた違和感を探る。
(ふむ……やはりな)
神でありながら蛇である妾は熱源を感じ取ることができる。
シンラはピット器官?とか言っていたか。まぁそんな感じで、妾は魔力と熱源という二つの情報をもとに広い範囲で探知が可能なのだ。
そして、先ほど何気なく鬼蝕種に探知をかけてみた時、偶然にも気になる人間を探知した。
生物的な熱源を宿しているにも関わらず魔力をほとんど感じさせない者だ。
魔力が無い人間なのか、それとも魔力を徹底的に秘匿した人間なのか。
もし前者だった場合、そもそもこの場にいることがおかしい。魔力がない者が迷宮に挑むなど、よほどの酔狂者か自殺志望者だ。
対して後者の場合、魔力を隠さなければならない事情を持った人間ということになる。力を隠してこそこそと行動するあたり、恐らくロクでもない人間だ。
どちらにせよ解決すべき問題なのは間違いない。すでにシンラの記憶と食い違った事象が起こっている以上、妾はこの不思議を無視することができなかった。
(魔力操作、それも妾が集中してようやく感知できる程の練度となると相当の脅威だ。発展途上のシンラには荷が重すぎる)
という理由で、別行動をとることにして今に至る。きっと今頃シンラは腹をくくって間引きに没頭しているはずなので、妾も自分の領分に専念するとしよう。
────────さて
「迷宮に妾がいたのが運の尽きよ。これもまた運命の収束というべきか」
よくできた結界だ。人の子としては入念に張ったと褒めてやりたいところよ。
「はぁっ!? ウチ渾身のアンチ魔力バリアを切り抜くとかマジあり得ないんですけど!?」
化粧をしていたのであろう。結界の中にいた人物が綿を止めて絶句する。
…………なんというか、思ったよりも珍妙な姿だな。
髪を金色に染めて青い口紅をさし、異常に色彩めいた顔料を目元に塗りたくっておる。
それに、獣に襲われたかの如く破れた衣服から浅黒く焼けた生足を下品に見せつけて…………何故だか知らぬが『ケバい!』と叫びたくなる衝動に駆られる。
なんなのだ、この珍獣は。
「ケバくないし、最先端ファッションだし! オバさん、もしかしてギャルって言葉知らない感じぃ? 時代に取り残されたオワコン……いや化石ってやつ?」
「誰が化石だ珍獣。殺すぞ」
目新しいものは全てシンラに任せておるから心配ない。適材適所というやつだ、うむ。
珍獣は持っていた小鏡を折りたたんで懐に入れると、眉間にしわを寄せる。
「それでオバさん何者? ウチが誰なのかわかってやってる?」
「我が名はシラユキ。……今はただの神だ」
「うっわ、オバさんそういうこと堂々と言えちゃうタイプなんだ。脳ミソ大丈夫?」
「こやつッ……!」
口を開けば人をイラつかせることばかり。不敬の権化みたいな性根の腐り方をしている。まるで鍛錬を嫌がっている時のシンラのようだ。
「5Gに攻撃受けてるとか言わない? 頭にアルミホイル巻く?」
「くっ…………ま、まぁいい。そういう貴様は何者だ。妾に名を名乗らせたのだ。貴様も名乗らねば不敬というものよ」
「んー、確かに。珍獣呼ばわりされるのはムカつくし」
珍獣は片手を腰に当て、ギラギラと輝くつけ爪がついた指を妾に向ける。
「ウチの名前は如月ヤヨイ。魔神クロカゲ様に仕える超魔導科学の大天才、覚えておくし」
「ああ、天才を自称してしまう人間か……。愚かさを通り越して痛々しい」
「その目やめて欲しいんですけど! ウチ、マジの天才だし! 自称神より信憑性も実績もあるし!」
妾の予想では後者だったが、まさか前者だったとは。世の中はままならぬものよ。
……しかし、気になる言葉があった。
「珍獣、クロカゲと言ったか」
「だから珍獣って呼ぶなし! ……うん、言った。天才のウチが敬愛する偉大なるクロカゲ様だし。それが何?」
「なるほどな。合点がいった」
珍獣が天才か否かはひとまずおいて置くが、少なくとも目の前にいる人間が見張っておくに値する者だということは確定した。
クロカゲ────────まさかこんなところで愚弟の名を聞くとはな。
「勝手に納得すんなし」
「いや、すまんな珍獣。こちらの話だ」
「だーかーらー…………ツッコミするのもあほらし」
珍獣が嘆息する。
「オバさん、用がないんなら早く出ていくし。こう見えてもウチ忙しいんですけど」
「断る。ただの人間であるならともかく、クロカゲに通じる者なら放ってはおけぬ。見張らせてもらうぞ」
「…………」
珍獣が目を細め、再び小鏡を取り出す。
「何、もしかして邪魔する気? ウチの事舐めてる?」
「どうだかな。それは貴様次第だが」
「っ……うざったいんだけど! 急に現れて足止めとか訳わかんないし!」
次の瞬間地面が揺らいで、亀裂から蛇腹状の絡繰りが三本現れた。
ほう、珍獣の魔力波長を認識して動いておるのか。器用な真似をする。
「死ね! オバさん!」
絡繰りの先端が回り出し、妾にせまってくる。
当たれば肉がえぐれて辺りに散らばるだろう。人の命を終わらせるには十分すぎる威力だ。
────────はぁ、まったく。シンラを連れて来なくて正解だった。
「のう、珍獣。貴様、少し勘違いしておるな」
妾がここ一帯の魔力濃度を一段階上げてやると、絡繰りは物言わぬ金属像となって停止する。
波長で動かしておるなら、その波長を狂わせてやればいよいだけのこと。至極単純、赤子でもわかる簡単な道理だ。
「なっ……」
「足止めとは、弱者が行うあがきの事。時間稼ぎの別名よ。…………もう一度言ってみろ、誰が誰を足止めしている」
貴様がいなければ、シンラが一人で苦労することもなかった。
貴様がいなければ、妾が苦渋の決断をして出向くこともなかった。
貴様がいなければ、齟齬が生まれなかった。
邪魔をするな? はっ、笑わせる。
足止めされておるのは妾の方だ。
「ほれ、足止めせねば妾がこの絡繰りを壊してしまうぞ。……おお、大層な作りこみではないか。さぞかし時間をかけたろうて」
「ちょっ、マヤコンちゃんに触るなし! 一台何百万すると思ってんだゴラァ!」
「なら、妾の気をそらさせなければなぁ。例えば貴様がこの迷宮で何をしていたのか、だとかクロカゲは今何を企んでいるのか、などを話されると妾も耳を傾けざる負えない」
「はぁ? 誰が言うし────」
「おっと、この仕掛けは面白い。ここがこうなって……」
「あああああ!! 分かった、今から面白いことを話すからやめるし! マジ勘弁!」
妾が絡繰りに手を突っ込んだところで珍獣が手を上げて降参の意を示した。
うむうむ、それでよい。人間は従順な姿が最も
もし抵抗されでもしたら、妾はこの手を血に染めていたやも知れぬ。
それはシンラの望むところでもなかろうて。いやはや、丸く収まってよかった。
「では、吐いてもらうぞ。妾の興が覚めるまで足止めできるといいな」
「へいへい、精々語らせてもらうし。……言っとくけど、ギャルの話は長いっスよ?」
「それは楽しみだ」
珍獣はうなだれつつ正座をして語り始める。
「ウチがここに来た目的は、
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